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6

 夕方を回ると今度は配達の方が増えてきた。やっと僕にもその日初めての配達が回ってきた。


 日がほとんど傾いた街は、母の日だから特別かどうかはともかくとして車も人もまだまだ絶えなかった。スクーターで走れば、受ける風は冷たく、肌寒い。


 受けた3件はどれも母の日のギフトだ。大きさや値段はまちまちだが、どれにもメッセージカードや可愛い飾りがついている。何より…母親を思う気持ちがどれにも込められている。


 店にもアレンジメントや花束を受け取りに来るお客さんがいた。老若男女、皆が皆母親を想って労って…持って帰る人もいれば、その場で渡す人もいた。その場で受け取った母親たちは皆笑顔を浮かべていて、渡す人もまた、幸せそうな微笑みを母親へ向けていた。


 中には小さな子供だっていた。百円玉を握り締めて店へ駆け込んできて、それを背伸びしてカウンターへ出すと「これでプレゼントを作って」と言う。一輪の花にセロハンを巻いてリボンをつけてやれば嬉しそうに店を飛び出して、外で待つ母親に渡していた。


 そう、あんな小さな子供だって親孝行しているんだ。


 それなのに。


 僕はまたため息をついた。


 しつこいとは思うが、どうも自分の中では相当な問題になっていた。悩みと共に膨らむ自己嫌悪。


 休憩の時に考えていたことの続きが、胸の下の方から込み上げてくる。


 結局、僕は…


 「親不孝者…っ」


 無意識のうちに、僕はそう罵っていた。信号待ちで止まって留守になった左手が拳を作り、膝を痛くない程度に何度も殴りつけた。








 住宅街のとある家の前で僕は止まった。


 ごく普通の一軒家だ。その家で飼っているであろう柴犬が尻尾を振りながら柵から顔を出して二度吠えた。撫でてやりたかったが、仕事中なので控える。


 インターホンを鳴らし、家主が出てくるまで犬を眺めていた。懐こいようで構ってほしそうにハッハッと舌を出しながら千切れんばかりに尻尾をぶんぶんと振る。


 程無くしてインターホンからガチャガチャと音がしたかと思えば、無愛想な女性の声が出た。


 「…はい?」


 「すみません、Flower shop Cigogneです!」


 帽子を取ると、「…は、はぁ…」と微妙な返事をしてインターホンは切れた。それから直ぐに40代くらいの女性が怪訝そうに眉をひそめながらゆっくりと出てきた。


 僕は背筋をしゃんと伸ばし、頭を下げた。


 「Flower shop Cigogneです、塩谷紀代様でよろしいでしょうか?」


 伝票を確認しながら問うと、女性はまた「はぁ…」と頷く。


 「塩谷朋美様からのアレンジメントをお届けに参りました」


 「と、朋美から…」


 何を勘違いしてるのか僕はかなり怪しまれているようで、派手な赤とピンクのアレンジメントを受け取っても女性はそれを傾けながらいろんな角度から見ている。たまに僕をチラ見するし。


 ぼんやり立っていても仕方ないので、受け取りのサインを貰おうと胸ポケットからボールペンを出した。当然のことながら、宅配と同じで受け取りのサインが必要になってくる。


 と、その時。


 「ただいま」


 背後から気怠そうな声が掛けられた。


 振り返ると、露出の多い派手な服を着た女の子が立っている。髪は派手な茶色に染めていて、メイクは薄めだけどつけまつげが凄い。片手にこれまた派手なスマホを片手に持っている。物凄い香水の匂いが鼻を突くき、眞鍋さんの匂いの方がよっぽどいい匂いがする、と心の隅で思った。


 女の子は女性の手に持っているアレンジメントを見ると、先程とは打って変わって嬉しそうに声を上げた。


 「あ!無事届いたんだ!良かったぁ」


 「え?」


 きょとんとする女性。今度は女の子とアレンジメントを見比べている。


 「それね、あたしが頑張ってバイトして頼んだの。母の日のプレゼント!こんなんしかあげられないけど…無いよりいいかなーなんて思って!」


 篠崎さんといい、こんな子の口から「母の日」という言葉が出るのが意外で仕方ない…いや、それは偏見なのかも知れない。今の時代を考えると…


 女性は驚いたように目をぱちくりとさせた。すると女の子は照れたようにもじもじしながら


 「その…ごめんね?いつも心配かけて…でもあたし、ママのこと好きだよ!だから…これからもその…迷惑かけるけど…よろしくね?」


 ありがとう。


 僕は今までで一番ギャルというものを見直したかも知れない。


 女性はそこで初めて嬉しそうに頬を緩めた。門を開けて飛び出すと女の子にギュッと抱き付いて、何度も何度も「ありがとう、ありがとう」と震える声で呟くように言った。


 僕も目の前で繰り広げられた親子の感動物語に思わず本当の笑顔を浮かべた。実に微笑ましく優しく…お年頃にも関わらず、こうして恥ずかしがりながらも母親に想いを伝えられるこの子は、今はこうでもきっと真っ当な大人になるんだろう…


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