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 母の日。


 憂鬱な気持ちを払拭出来ないままの僕は、いつも通り…本当、いつも通りに沙苗ママと店長、ケンさんとの板挟みになって働いていた。


 いつもと違うところといえば…やはり鉢物よりもアレンジメントや花束が飛ぶように売れる。アレンジメントを作るのが間に合わなくて、ギフトサービスを勧めることもしばしば出てくる上にそのギフトサービスを申し込む電話も多く、店内には呼び出し音が耳障りな程に鳴りっぱなしだった。


 午前中は配達リーダーのケンさんに配達を組んでもらって、僕は店でアレンジメントを作っては接客、作っては接客を繰り返した…時折沙苗ママが他のクルーたちへする八つ当たりの避雷針にもなった。


 最初は黙々と作っていた篠崎さんも昼を過ぎた辺りから「眠い」だの「疲れた」だの文句を言い出す始末…2年目の母の日は雰囲気最悪の状態で進んだ。


 そんなこんなで僕が漸く建前上の休憩がとれたのは夕方少し前。配達はほとんど落ち着いて、配達組が接客に回ったものの交代で休憩に入っている状態だった。


 フル回転させた頭をぼんやりと休め、煙草に火を付けた。立ち昇る煙がゆらゆらと揺らめき、排気口に吸い込まれて行く。きっと5分もしないうちに呼ばれるのだろう。それまでの時間をいっぱい使ってゆっくりと休みたい。


 あの日の電話の一件からも、僕はずっと母の日のことを考え続けていた。


 母が入院したと聞いて飛んで帰って以来、一切実家には帰っていない。この店はゴールデンウィークもお盆も年末年始も休まず営業。実家を離れて暮らしている僕らのような学生は貴重な働き手だ。


 逆に言えば、その他の休日は休もうと思えば休めるということ。

 

 そして今までも休日に休むタイミングがたくさんあったし、僅かながらも休日に休みを取れたこともあった。


 それでも僕は、帰らなかった。


 交通費がどうのとか時間がかかるとか、或いは実家に帰ってもゆっくり休めないとか…決してそんなことは思ってもいないのに。


 ただ、意味も無く。


 単純に面倒臭がりなのだろうか。


 ほっと吐いた煙が輪を作り、波打つ様に揺らめいて…排気口へと消えていった。


 どんなに上手い言い訳を言ったって、この煙みたいに自分自身に全部論破されるんだ。


 結局、僕は…


 煙草の火を消して、はあっとため息をついた。刹那、喫煙室へケンさんが飛び込んできた。


 やっぱりか、と上体を起こすと、珍しく焦りの色を浮かべたケンさんが僕の腕に飛び付くと強引に引っ張った。


 「ちょ…航!すぐ来て!」


 「なんですか…今休んだところじゃないですかぁ」


 「いいから!」


 実際5分も休憩が貰えずにがっかりしていたが、ケンさんのただならぬ様子に渋々腰を上げざるを得なかった。





 店へ出ると、一人の男性を挟んで沙苗ママと店長が怒鳴り合いをしていた。


 「今更無理に決まってるでしょ?!ただでさえこんなバタバタしてるのに!」


 「うちでやらないで何処でやるんですか!うちを選んで頂いたんですよ!それにお客様のお気持ちを無下にするってんですか!」


 「働き手のことだって考えてよ!こっちは朝早くから休憩無しで働いてんのよ!」


 少し離れたところから早乙女さんが震えながら二人の争いを見ていた。他のクルーもびくびくしながら二人を見ているが、唯一篠崎さんは介入する気もないよう素知らぬ顔でアレンジメントを作っている。いい意味では肝が座っていると言えるが、この状況では非常にまずい。


 男性は困ったように眉を下げてニコニコしている。二人を止める様子も、店を出て行く様子も全く見られない。


 僕は咄嗟に二人の間へ入ると共に深々と男性へと頭を下げた。


 「大変申し訳ございません!お客様の前でこのような…」


 「あぁ…いえ、此方こそすみません」


 僕の謝罪を両手で遮って男性がやっと口を開いた。それまでわあわあと喧しく言い争っていた二人は口をつぐみ、店内も僅かながら安堵の雰囲気が流れる。


 しかしながら店内はしんとしていて作業をする音も殆ど無く、耳鳴りだけが響いていた。


 「無茶を言ったのは僕ですし、お二人も僕が何も言わなければ喧嘩をされることもありませんでしたから」


 穏やかな口調で男性は言った。見た目は僕より少し年上だと思う。身長は高くて、姿からして休日出勤をしていたのだろう。銀縁の眼鏡をかけていて、ちょっとやそっとじゃ怒らなそうな優しさを漂わせている。


 「申し訳ございません」


 再度僕が頭を下げると、男性は大袈裟に首を振りながら


 「そんな…もう謝らないで下さいよ」


 僕よりも申し訳なさそうにまた眉を下げた。

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