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こんな世界はおかしい!  作者: 辻宮 あきら
一章 本当の友人
3/3

判断力




 今日は転校生がやってくるらしい。


 学校はその話題で持ちきりで、由紀ちゃんもとても楽しみにしていた。


「ねぇねぇ、転校生ってどんな子かな」


 真っ赤なランドセルから教科書の束を出し、それを机の中に入れてから由紀ちゃんは、目をまんまるくさせて私に話し始めた。由紀ちゃんの髪は赤いリボンで二つに分けられており、それがなんとも愛らしい。僅かに上気させた頬から、心の底から楽しみにしてるんだろうな、と解る。


「私ね、転校生って大好きなんだぁ」


 賑やかな教室に由紀ちゃんの声が緩やかに響く。


「だって皆の注目を浴びててさ、キラキラ輝いてるじゃん?」

「確かにどんな人なのか気になるもんね」


 私が首肯したのが気に入ったのか「その通り!」と、リンゴみたいなほっぺを更に彩度を高くして、由紀ちゃんは微笑んだ。その柔らかな笑顔は女の子としては百点満点のものだろう。


「女の子かなー……男の子かなー……」

「ふふ、どっちだろうね」


 赤いリボンが揺れる。


 気づけば私自身も転校生に期待をしていて、胸が躍っていた。由紀ちゃんは人の心を動かす天才なのかもしれない。


 でも、同時に恐怖も私の心にはあった。


 もしも由紀ちゃんと転校生が仲良くなったらどうしよう。私には由紀ちゃん以外に友達は居ない。私も転校生と仲良くなれたら良いけれど、現実はそんなに甘くない事も理解してるつもりだ。寧ろ喧嘩をするくらい嫌いになってしまう事だってあるのだ。


 由紀ちゃんが転校生に取られてしまったら。


 それを考えただけで、私の体は石像になっていく。止めどない恐怖が心の隅まで侵していき、段々と体温が低くなっていく。


 楽しそうに笑う由紀ちゃんを見て、私は微かに開いた唇から声が漏らしてしまっていた。


「ねぇ、由紀ちゃん……あのね……?」

 


 ****



 高校生にとって、社会人とは酷く大人に見えるものだ。歳は幾つも離れている訳では無いような人も、社会人と言われれば何処と無く凛々しくて、強くて。そんな格好良い印象さえも受けてしまう。特に月野雅彦(つきのまさひこ)はそうだった。



 どうしてなのか、深く考えた事はない。多分、それは自分がまだまだ小物だからなのだろう。小物だから、一人前が大きく見える。小物だから、そんなことを考える。



 だがこの仕事を始めてから、案外自分の見当が外れていた事に愕然とする。目の前に居るのは三十歳位の所謂サラリーマン風の男。とりあえず1LDKの自室に男を上げたのは良いものの、半狂乱とも言えるその態度には呆れる、としか言いようがない。


「早く妻を探してきてくれと何度言ったら解るんだ!」

「ですから、せめて行き先だけでも心当たりありませんか?」

「無いから此処に来ているんだろう馬鹿者めが!」


 現在高校二年生の自分から見ても、男は何とも情けなかった。精一杯紳士的な口調で尋ねたのだが、言われのない怒声ばかりが雅彦の元に届く。男はしきりに歯軋りを繰り返しながら雅彦に対して刺すような視線を送り続けた。黒渕眼鏡に細い目。日々の仕事のストレスもあるのか、比較的髪は薄いようにも感じる。口調が強いのも疲れからなのだろうか。



 こんな時、帆乃(ほの)が居てくれたらどんなに助かるか、とどうしても考えてしまう。以前の大通の件もそうだったが、彼女は迷わない。こんな仕事をしている雅彦に対しても、反論はあってもウジウジ考えたりするような事は絶対に無い。というか、帆乃はこんな家を借りない気もするが。



 雅彦の部屋は割合綺麗とは言えない。掃除はしていても、そもそも床が軋んでいたり、カビ臭さが何処からともなく漂ってる。家具も多い訳では無いが、生活感がありまくりで、仕事場には全く見えないかもしれない。そんな部屋に案内されれば雅彦に対する信用性も無くなる、と言うものか。そもそも雅彦は高校生。信頼される方が難しいのは承知の上だが。未だ怒声を上げ続ける男に、どうして良いのか解らず、ただ苦笑いを溢す雅彦。その隣には芸術家が造った銅像のように美しい顔立ちで微動たりともしないメイド姿の女が立ち竦んでいた。


「柏原様。そう熱くなっては解決するものも解決いたしませんわ」

「お前に何がわかるんだ」


 彼女は仲原麻希奈(なかはらまきな)と言って、数ヶ月前から雅彦のアパートに転がり込んで来たメイドである。帆乃や雅彦を追い掛けて危害を加えようとした張本人だが、急に隣の部屋に入居してはいつの間にか雅彦の部屋の鍵まで手に入れて勝手に家事をしたりする始末である。本人曰く「昔の事を引きずるのは女の子と放浪の屋敷の主人だけですわ」という事らしく、帆乃に散々反対されたのにも関わらず、メイドとして雅彦の部屋に出入りしてる。何故メイドであるのかは雅彦も解らないし、そういうフェチがあるとは絶対に思わないでほしい。そんなことを言うのは幼馴染みだけで充分だ。というか雅彦のようなあまりにも普通に見える男子高校生の家に歳もそう変わらない女が居る時点で極めて異常である。それがメイドともなれば雅彦がお金で釣っているようにも思われるだろうが、本当に決してそんなことはない、と雅彦は既に何百回と他人に対して説明してきたが最近はもうどうでも良くなって来ているのが実の所である。信頼できる人にだけ言えばそれでいいからだ。雅彦にとって、その幼馴染みは信頼できる、という事でもあるけれど。

 そんな麻希奈も、周りに人が居るときは雅彦の邪魔にならないように成るべく何もアクションを起こさないのだが、今日は思わず溜め息が漏れている。その柔らかそうな唇から「貴方がそんなんだから奥さんも愛想を尽かしてしまったのでは無いですか」などと漏れる前に何とかしなければ。



 キュッと唇を閉じて、雅彦は真剣な表情で答える。


「そもそも、どうして奥様が誘拐されたと思われるのですか?」


 苛立ちを隠そうともせず、柏原(かしわばら)はぶっきらぼうに答え始めた。


 最近はこんな仕事ばっかりだ。


 退屈でそこらの探偵と変わらないような仕事ばかり。別に仕事を差別するわけでは無いが、毎日学校から帰ってくるなりこんな仕事じゃ嫌気も差してくる。

 僅かに雅彦の顔が曇ったのを、麻希奈は直ぐに感じ取ったようで、男の話がある程度切りの良い所に差し掛かったのを見計らってから、お茶を淹れた。



 彼女の淹れる紅茶は絶品。本日はアールグレイのようだ。沸き立つ香りに男も少し落ち着いたようで何となく雰囲気が柔ぐ。


「アールグレイは気持ちを落ち着かせて、ストレスで弱った胃にも優しい素敵な紅茶なんですの。柏原様も色々とお疲れでしょうから。どうぞごゆっくり」


 ふんわりとした茶髪を優雅に揺らして、麻希奈は一礼。雅彦も幾度となくその動作を目に焼き付けて来たのだが、相変わらず綺麗だな、と思う。まあじっと見ていても仕方がない。他者に有無を言わせないような存在感を放つ麻希奈から視線を外して、柏原を見ることにした。



 話は簡単に理解している。要は痴情のもつれ、と言うやつだ。先月あたりに些細な行き違いが原因で柏原夫婦は喧嘩をしたらしい。その時からどうやら奥さんに男の影がちらつくようになったらしく、その男が拐ったのではないか、と思っているようで、そうした心の内を柏原は丸ごとぶちまけた。



 ――心当たりあるじゃないか。



 表情には出ないように脳内で愚痴を溢してから雅彦は「解りました」とにこやかに笑う。


「奥様は絶対に見つけ出して、連れ戻します」

「ああ、頼むよ。くれぐれも内密にな」


 柏原は早口でそう言い残すと、残った紅茶を一気に飲み干して足を踏み鳴らしながら部屋を後にした。


 何故柏原が警察に捜索届を出さないのか。それについての理由は簡単だ。成人した、それも妻の家出ともつかない事件性すら無い失踪で、日本の警察はいちいち動いてられない。しかも警察に行った所を誰かに見られてしまえばどんな噂が立つか解らない。家庭内暴力、不倫。それ以外にも色々な事をまことしやかに囁かれ、会社の御偉いさんにもしその話が伝わってしまえばリストラの理由が体よく出来るような物だ。今の日本では有り得ない事ではない。二重の意味で警察に届けるのは良くない、と判断した柏原は渋々近所の探偵紛いの所へ来た。そういう訳だ。



 それにしても、と雅彦は思う。



 こういう仕事は本当に探偵の役目であり、これを押し付けるのは少しおかしいのではないか。


 高校生としての生活を送っている雅彦としては、あまりこのような時間がかかる依頼は好きではない。ましてや夫婦の痴話喧嘩。俺が出る幕じゃないだろう、と雅彦は溜め息をついた。


「ですが、柏原様が困ってらっしゃるのは間違いない事実。御客様を選ぶような人は何をしても駄目になりますわ」

「解ってるよ……俺だって別にやらない訳じゃないし」


 咎めるような麻希奈の口振りに、雅彦は片手を出して肩を竦める。疲れた様子の雅彦に気を遣ったのか

それ以上何も言わずににこやかな微笑を讃えるだけで、空のカップにアールグレイを注いだ。


「あ、ありがとう」

「いえ。どうぞお寛ぎ下さい」


 大きな瞳を僅かに細めてから麻希奈は狭い台所で何やらし始める。今は午後六時近く。恐らく夕飯の準備をしてくれているのだろう。



 数ヵ月前に雅彦自身にクイックルワイパーを振り回していたとは思えない細腕で、今は家事をしている。人生とは良く解らないものだ。



 とりあえず今は一刻も早く仕事を終わらせて、次の仕事へと繋げたいので、ここは情報を手早に集めるのが吉。紅茶を一口啜ってからスマホを取り出し、登録された馴染み深い情報収集の達人に電話をかけてみることにした。


「……なに?」


 暫くのコール音の後にいつも通り少しだけ不機嫌そうに彼女は答えた。神崎帆乃(かんざきほの)。雅彦の唯一の幼馴染みであり、頼れるハッカーである。


 無口で必要な事以外は喋らないが、胸中に秘められた優しさを雅彦は知っている。今回もその優しさにすがる事になるだろう。


「あー……すまん、そのー……」

「今度は何? 大統領の娘のパソコン? 消えた財宝の行方?」

「いや流石にそこまでの事は知りたくないけど……」


 電話越しにキーボードを弄る軽快な音とモンスターの呻き声のようなものが鼓膜に流れてきた。それを聞いて雅彦はハッとして慌てて詰め寄る。


「すまん、ゲーム中だったか」

「別に構わないわ。アンタと話しててゲームオーバーになる位ならゲーム止めるから」


 つまりゲームオーバーになってゲーム止めなきゃいけなくなったら俺のせいって事か、と心の内で苦笑してから、雅彦は一息。本題に入ることにする。後ろでは麻希奈が鼻唄を歌いながら食器洗いでもしてるのだろう。気持ち良く歌っている邪魔をするのも気が引けたので、スマホに手を添えながら声を潜めて話始めた。


「実は、柏原っていう人の奥さんが居なくなったみたいで居場所を知りたいんだ」

「人探し? アンタの家探偵事務所にでもなったの?」

「そういう訳じゃ無いけど……」

「冗談よ。多分明日には解ると思うから少しの間待ってて。簡単な仕事だからお代は要らないわ」


 カタン、と心地好くキーボードがフィニッシュを告げる。途端鳴り響く獣の叫び。どうやらゲームはクリアしたようで、先程よりも少し機嫌が良くなったような気がする。どのようなプレイをしているかは解らないが腕前が凄い事だけは確か。帆乃とゲームをして勝った試しは一度だって無いし、彼女の子供らしい一面なんてそれぐらいしか見たことがない。でも、それを含めて神崎帆乃なのだ。しっかり者でゲームが好きでパソコンが得意な幼馴染み。それが雅彦の中の帆乃の姿であった。


「ただしアンタの未来に投資してるような物なんだからしっかり自立できるようになってよね」

「う……はい……」


 キチンと釘を刺してから雅彦の憧れの存在は有無を言わせず通話を終了させる。既にハッカーとして裏社会では名の知れている帆乃は、相変わらず同い年とは思えない程大人びているな、と僅かばかりに感動を覚えつつ雅彦は自らの頭をやんわりと掻いた。



 ――さて、これからどうするか。



 木造の我が家は狭く、麻希奈が居るためあまり動くことは出来ない。専ら雅彦が仕事の整理などをするときはロビーか近くにある喫茶店だ。ロビーと言うとお洒落だが、まあ共同玄関のようなもので、住民皆で仲良く使える場所になっている。大家の飯島さんが定期的に掃除してくれているみたいなので、古い作りでボロボロでもそれなりに見えるし、住民と仲が悪い訳でも無いのであまり人の目を気にすることなく過ごせるのも良い所だ。


 そもそも、と雅彦は思う。


 この家のシステムは少し変わってる。いや、かなりと言っても過言ではないか。



 このアパートは住民全員が所謂何でも屋のような事をしているのだ。大家の飯島さんは何でも屋を営んでいて、それが忙しいので、代わりに些細な依頼や、飯島さんの手が空いてない時に普段は飯島さんがやるような大きな仕事も住民で代わる代わる回ってくるシステムになっている。最も飯島さんと会ったことはないけれど。



 とりあえず、飯島さんの下で何でも屋として働く。これがこのアパートに住む上での最低条件。依頼の達成報酬などは四割は飯島さんへと搾取されるが、それ以外は雅彦達の取り分になるし、依頼をこなした数に合わせて家賃も免除される事もある。なかなかに優秀で楽なシステムだと思う。



 故に雅彦はこの年で一人暮らし出来ている訳だ。麻希奈が来る前から自立しているし、これから先も此処に住んでいれば安心で安全だ。


 だから、このままで良い。


 そう思っていても帆乃はそれをキツく咎める。「人っていうのは楽をすると後でとばっちりが返ってくるの。こんなところで楽をしてたら只でさえ愚図でのろまなのに、今以上に手を付けられなくなったらどうするのよ」というのは帆乃の談。雅彦自身もそれは理解は出来るが、理解と現実は別。どんなに精神論を語った所で実行できるかと言われれば素直には頷けない。


 結局為すがままに生きるしかないのだ。


 手持ち無沙汰になっていたスマホを木製のちゃぶ台に置いて、少し余っていた紅茶を一気に飲む。優しい匂いが口一杯に立ち込めて、何だか妙に気持ちが落ち着くのは気のせいだろうか。


「麻希奈、御馳走様」

「あら? お代わりはまだありますが……」

「いやもう大丈夫。ありがとう」


 流石に紅茶三杯は雅彦には辛い。とはいえ麻希奈の事だから断っても更に勧めてくるに違いないので、適当に立ち上がってロビーにでも向かうことにした。


「ロビーに行くなら私も御一緒させて頂きます」


 しっかりとそう断言して麻希奈も後に続く。ロビーに行くなんてまだ言っていないのに勘の良い奴だ、と心から思う。



 依頼を一つ受けただけなのに、既にどっと疲れていて、気が重い。この仕事向いてないかな、なんて杞憂しながら雅彦は部屋を後にした。



 ****



 雅彦の家は二階。外に出るにはまず廊下から階段を降りなくてはならない。そして階段を降りたらそこはロビーと言われる部屋になる。小さなアパートの割にロビーは広い。木造の為かカビ臭さは少々気になるが、所々に飯島さんが飾り付けた観葉植物があったり、大きなテーブルがあったり。寧ろ部屋に居るよりずっと寛げるような空間だった。本来ならここで依頼の受注をしても良いのだが、あまりに声を荒らげる柏原を見かね、今回だけ迷惑にならないよう雅彦の自室に呼んだだけで、普段は雅彦もロビーを使っている。



 いつも通り、テーブルで明らかに一人分ではない量の食事をしている小さな黒髪を発見。雅彦は迷わず声をかけた。


「鳴海さん。こんにちは」

「あー、雅彦ちゃん。麻希奈ちゃんも! やっふぉー」


 口にバゲッドを咥えながら女は楽しそうに手を振る。やっとの事でそれを呑み込むと、立ち上がって雅彦向かって可愛らしく敬礼。篠原鳴海(しのはらなるみ)。彼女はこのアパートの住人である。さらさらの黒髪と小さな身長は男の心に何やら訴えるものがあり、「お姉さんモテるんだよ」と自分で言っていたが、あながち間違いでは無いのだろう。そう思わせるほど鳴海は可愛らしい容姿だった。顔のパーツは少し凛々しいしきつめでも、良く笑うその姿で十分に補っていた。ただ、何がしたいのかは雅彦にも理解できず、とりあえず雅彦も敬礼を返す事にする。後ろの麻希奈もそれに続いた。


「おお! 二人ともなかなか良い敬礼じゃん。良いね良いねー! 青春だねー!」


 上機嫌ににこにこと頬を緩める鳴海。彼女の中の青春は敬礼で構成されているのだろうか。そんなことを考えていると「それよりさー」と鳴海は麻希奈に近付いた。雅彦から距離を置いてこそこそと話し出す。


「麻希奈ちゃん麻希奈ちゃん。もう雅彦ちゃんとエッチした??」


 どんな会話をしているのか雅彦には聞こえないのか、やることがないので二人の様子をぼんやりと伺う事にする。唇をにんまりとさせる鳴海にも、麻希奈は表情を変える事無い。傍若無人とはこの事を言うのかもしれない。「雅彦様とはそのような関係では御座いませんので」と軽くあしらって、さらりと茶髪を揺らした。麻希奈が何か気に触ることを言ったのだろうか、鳴海は口を尖らせる。


「えー、なんだつまんないのー。でもさ、なんかあったら何時でも言ってね? 私こー見えてもスゴいんだから」


 不穏な言葉を残してから麻希奈に自慢気に話す鳴海は何やら楽しげ。こういう話が好きなんだろうな、と麻希奈は察するように頷いた。


「そうだ! 麻希奈ちゃん今日の晩御飯なにー?」

「何でも御作り致しますわ。鳴海さん、何か召し上がりたいもの御座いますか?」

「じゃーお姉さんはオムライスが食べたいなー!」


 ……どうやら、飯まで集っているらしい。全く、呆れた人だ。


「鳴海さん……晩御飯くらい自分で用意した方が……」

「ん? 勿論御礼はするよー!」


 そう言って小さく笑うと、鳴海は何処からかタロットカードを取り出して「まあお姉さんに任せて座りなさい」と目を優しげに細めた。適当にシャッフルしたカードから一枚をテーブルに置くのを後ろから眺める。


「あの……俺別に占ってほしい訳じゃ……」

「まあまあ。折角の御好意を邪険にするのも何ですから」

「そーゆうこと! じゃ、雅彦ちゃんの恋愛運でも占うとするか!」


 楽しそうに笑う鳴海の側で絹のような髪が揺れた。麻希奈のシャンプーの匂いが鼻腔を擽る。素直に良い匂いで、少し顔がにやけてしまいそうになるが、それがバレるのは恥ずかしい。それを誤魔化す為の最善の策は、鳴海の案に乗っかる事が一番か。暫く躊躇ってから、雅彦はゆっくりと頷いた。


「今、少し変質的な事を想像していましたね?」


 咎めるように麻希奈。別にそこまで下劣な事は考えていないのだが。


「えーっと……雅彦ちゃんの基本的な恋愛運は……お、judgment(ジャッジメント)!」


 二人のやり取りを聞いていたのか聞いてないのか解らないが、鳴海は顔色を鮮やかにしてカードの内容を伝えた。青をベースにした背景の真ん中に女の人が天秤を持っている。不思議な絵だ。


「何事も判断が大事、ってね。これは恋愛だけじゃなくて他の事にも言えるんじゃないかなぁ?」

「判断……ですか?」

「そーそー。雅彦ちゃんいっつも流されてばっかだもん。判断力足りないんじゃない~?」


 テーブルに凭れながら鳴海はにやりと妖艶に此方を見つめる。それを言われて雅彦は思わず頭を掻くが、確かに的を得ている。



 判断力は俺に最も足りない物だ、と雅彦は痛感する。例えば隣に居るこのメイドにしたってそうだ。断るに断り切れず、ズルズルと家事やなんやをやってもらっている。



 雅彦の優柔不断な性格は麻希奈も感じてるようで、「雅彦様は物事を難しく考えてるだけなんですよ」等と漏らした。全く、情けない奴だな。俺って。


「でもね! にょなんの相が出てるから気を付けるんだよ!」

「……それって、女難(じょなん)の相の事ですか?」


 案外適当な人だ。やっぱり当たったように思えたのは間違いなのかも知れない。


「それにしても、鳴海さん。いましがたご飯を食べていましたが……晩御飯、食べれるんですか?」

「大丈夫大丈夫。お姉さんね、いつだって空腹だから!」

「それもどうかと思いますけど……」


 笑顔で言い切る鳴海に悪気は無し。これが篠原鳴海の凄さである。本人に至って悪気は無いのだ。まあ、それが雅彦が鳴海を気に入ってる部分でもあるのだけれど。隣で麻希奈は少し困ったように溜め息。乙女には色々考える事があるのだろう。雅彦は深く立ち入れない部分だ。


「そんなに食べていてどうして太ったりしないんですか?」

「良く食べ、良く寝て、良く食べる! これが人間にとって一番良いことだからね!」


 食べて寝てるだけですね、と心の中で突っ込みを入れるが、口にすると五月蝿そうなので黙っておく。食べ物に関しては並みじゃない執着があるのも鳴海の性格だ。というかこんなに社会に不適応な知識しか無くて良く今まで生きていたな。



 ――にしても、判断力、か。



 騒いでいる二人を置いといて、雅彦は思考した。

 自分に一番足りない物って何だろう。それが仮に判断力だったとして、判断なんてどうやって磨けば良いんだ。


 毎日明日死ぬとしたら何をするか、みたいな事を考え続けないといけないのか。でもそれってあまりにつまらないんじゃないか。


「もういっそ死ぬしか無い、と俺は覚悟を決めたのでした。めでたしめでたし……」

「……鳴海さん。勝手に変なモノローグ付けないでくれませんか」


 いつまで考えても纏まってないのを見通されてなのか、後ろから鳴海がテーブルに凭れながら笑う。


「だって雅彦ちゃん今にも死にそうな顔してるんだもんー」

「そんな顔していません」


 勝手気儘な隣人にやんわりと釘を打ってから、ロビーの窓から空を見上げた。九月という事もあり、段々と日が短くなっている。六時現在でも、夕焼けは見えなかった。


 いや、純粋に曇っているだけかもしれない。


 雅彦の心の様に、空は薄暗く、先は見えなかった。俺はどうやって生きていくべきなのか、答えもまだ見えなかった。何も見えないけど、それでも生きていくしかない。



 これが雅彦の判断だった。







お久し振りです。辻宮です。更新が遅くて申し訳ありません。今回は鳴海さんという新キャラが出ましたね。個人的に黒髪パッツンでクール系な顔なのに中身があんなん、というノリで書かせて頂いてますが、実は意外とこの子が好きなんです。沢山出番あるかな(*・∀・*)ノ

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