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こんな世界はおかしい!  作者: 辻宮 あきら
彼女は月に微笑んだ
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プロローグ<1>

本編には若干の百合描写が混じります。苦手な方は御注意下さい。ただし、その際にはキチンとした警告を致しますので今現在では全く問題ありません。ご安心ください笑


 丸めていた背をゆっくりと伸ばすと、全身の筋肉が解れるような不思議な感覚に囚われた。大通。人々の喧騒の中で雅彦は缶のお茶を喉に流し込みつつ、大きいとは言えないが、そこそこ立派な噴水の前に腰を下ろす。



 龍のように踊る噴水の下で、目の前にちらつく前髪を見れば、そろそろ切らなきゃな、なんて雅彦は考えてしまう。冴えない見た目を隠すために染めた茶髪は、どの程度効果があったのか分からないが、変な輩につるまれる事は最近めっきり減った気がする。いや、そもそも噴水の前に一人で座ってる男子高校生になど、誰も話し掛けないだろうか。



 六月だというのに熱い日射しに滅入っている中、丁度水がかかりそうで、気持ち良さそうな噴水を見付けたのだ。そうなれば座るしかないだろう。



 案の定、そこら辺をふらふら歩いているより全然涼しい。雅彦がお茶を飲み干す頃には、少しだけ風も出てきた。


 ――束の間の休息だな。


 脱力した状態で腹から丁寧に息を吐き出してから、そんなことを思う。そもそもこうして休んでる暇は無い。本来なら全力でこの場から逃げ出さないといけないのだが、生憎天気というやつは雅彦の些細な事情など斟酌しないようで、じっとしているだけでも体力が奪われるような炎天下。少し休んでおかないと身体がもたない、というのが素直な感想だ。


 というか、あれは何だったのだろうか。


 一種の幻覚のようなものかと思ったが、触れることも出来たし、何より痛かった。実在している証拠だろう。


「……見つけました月野雅彦!」


 そうそう。確かこんな感じの可愛らしい声で……。


 急に血の気が引いた気がする。不調を訴え始めた身体を無理矢理回転。溜飲を下げたような気持ち悪さが全身を襲うが、それも無視だ。あの悪魔と出会うよりマシ。それが雅彦の判断だった。



 ピンク色のスカートを揺らしながら、悪魔はやってきた。白いフリルのエプロン。あどけない顔。現代にはなかなかお目にかけられないメイドのような格好で、彼女は走ってきた。その服を見事に着こなしている事からも彼女が美少女であることを測り知れる。



 ざわめく人の波を掻き分けてその女に捕まらないよう雅彦は必死に走る。不意にある作戦を思遣って、路地裏へ走りかけていた足を赤い塔へ向けた。


「月野雅彦! お待ちなさい!」

「待てと言われて止まるか!」


 群衆が一斉にこちらを伺い出す。こんな可愛い女の子が誰を追いかけているのか、何かの映画の撮影なのか、そんな風に思考を彷徨わせているのだろう。見れば追いかけているのは冴えない男子高校生。これは視野に入れない方がおかしいだろう。



 好奇の目を雅彦は責める気にもなれず、ただ走る。赤のネクタイを緩めてから勢いをつけて、雅彦は跳ねた。



 それはまるで空中に引っ張られるように。軽々とした動作で近場の木の枝にぶら下がる。女も雅彦と同じようにして雅彦の居る木へと追撃。


 丁度その瞬間。


 木にぶら下がる力を利用して、女の方向へと思いっきり跳ね戻った。重力で加速された雅彦の足に肉体を蹂躙された女は、大きな音と悲鳴と共に地へスライムがへばり付くように落ちた。


 ――暫くの静寂が大通を包む。


 そのまま近場に着地して、動かない女を見ながら雅彦は呼吸を整えた。そもそもどうしてこうなったのか。それは二時間前まで遡る。



 ****



「アンタ。進路とかどうすんのよ」


 石のように姿勢を乱すことなく本を読んでいる穂乃から、唐突に言い放たれた言葉。彼女はいつも通り無愛想な態度でそう言った。こんな姿すら彼女らしいと雅彦はつい思慮してしまう。


 神崎穂乃。それが彼女の名前だ。


 幼稚園からの幼馴染みで博識な彼女から教わった事は沢山ある。今日の講習はどうやら雅彦の進路の事についてらしく、姿勢を正して彼女の話に耳を傾けることにした。


「私は別にアンタがどれだけ惨めな人生を送ろうと知ったことではないけど、あの人の元に居る限りはまともな人生を送れるようには思えないわよ」

「叶華さんはそんなんじゃないよ」

「雅彦はそう思っててもそうじゃないことだってこの世の中沢山あるわ」


 手に持っている本に栞を挟むと、溜め息混じりに穂乃は呟く。それは彼女なりに真剣に話そうとしてるサインだ。放課後の学校というのは意外に話をするのに適当な場所で、静かな空気が漂う中、雅彦は穂乃に向き合うと、口火を切った。


「……穂乃。俺は叶華さんが悪い人とは思えない」

「で? 何が言いたいの?」


 訝しげに穂乃は首を傾げる。さらさらで朝日に照らされた絹糸のような黒髪が揺れているのは、いつ見ても官能的で、彼女が尊大かつ冷静な態度に似合う美人だと言う事を思い知らされる。



 墨色のブレザーすら似合わない雅彦に比べて、彼女の制服の着こなしは完璧と言う他無い。雅彦がどれ程似合わないかと言えば、じっと此方を睨むようにしている女子や、目が合えば頬を真っ赤な林檎みたいにして、顔を逸らされてしまう女子も居る。こんなにも嫌われると男子にとっては悲しいものだ。穂乃はそんな雅彦の事を「鈍感って幸せね」なんて言っていたが、女性というものはたまに意味がわからない事を言うものだ。だから雅彦もそれについて深く追及はしなかった。それに引き換え、穂乃の真っ白なセーラー服は、彼女のアイデンティティーを示すように、共に生命を共有しているとも思える。彼女宛のラブレターを渡すように何度か頼まれたことさえある。無論穂乃は「自分でラブレターすら渡せない男なんて論外よ」と切り捨てるのだが。雅彦はそんな穂乃の切れ長の瞳をじっと見つめる。



 二人が話しているのは他でもない雅彦の事。幼い頃両親を亡くした雅彦が一回り以上歳の離れた兄と共に預けられたのは優しそうな夫婦が経営していた小さな小料理屋だった。そこにはもう一人、雅彦や雅彦の兄とは別に血縁関係がなくても暮らしてる女性が居た。彼女も両親を亡くし、孤児院に入ってた所を夫婦が引き取ってくれたそうだ。その女の人が叶華だったのだ。



 優しい夫婦は「困ったことがあったらいつでも言いなさい。私達を親だと思って頼りなさい」と、三人に良く言ってくれていた。温かな二人に見守られて育った雅彦は、その夫婦は勿論の事、叶華も家族のような温もりを感じている。



 確かに叶華と居て、自分が幸せな道を辿れるかは解らないが、それでも雅彦は叶華と居たいと思えたのだ。叶華は雅彦の初めての師匠であり、憧れ。


 星屑叶華。断絶された星屑家の唯一の跡取り娘の彼女は、親を亡くした雅彦が虐めなどで苦しまないように、彼女の家に代々伝わっていた格闘術を教えてくれた。愛らしい見た目とは裏腹に雅彦なんて目じゃない程の腕前。一族直系とはここまで別格か、とつい頭を悩ませる位である。彼女は最後の星屑、というプレッシャーからつい冷たい態度を取るだけで、普段は優しいし、何より誰よりも強い。


 その強さは雅彦が身を持って経験している。


 如何なる暴力も笑顔で受けきり、更なる暴力で相手を破壊する、というのが正確な分析か。とにかく、まるで虎のような荒々しさを携えて、彼女は笑顔で勝利するのだ。



 だからこそ、雅彦はそんな叶華に憧れている。でもそれについて穂乃は「嫌な身体」とだけ評して何も言ってはくれなかった。


『自分の細胞を相手に直接流し込む技なんて、気色悪い毒と一緒じゃない』


 それが彼女の意見だが、雅彦は違う。星屑の力については少々割愛するけれど、力というのは強くなければ意味を成さないのだ。大切な人をいざという時に守れない力なんて要らない。それが雅彦の考えだった。


 そして雅彦なりの決意を告げる事にしたのだ。


「だから、穂乃に応援しててほしい」

「……なんで私がアンタの応援をしないといけないのよ」

「俺の大切な人だから……じゃ駄目か?」


 少なくともそれは本心だった。


 大切な幼馴染みとして、見守っていてほしい。掌をギュッと握り締めながら言った本音はどうやら雅彦にしては珍しく気の効いた言い回しになったようで、穂乃は若干頬を上気させつつ、滅多に見られない笑みを溢した。垣間見た笑みは思わず見惚れてしまう程に綺麗で。息を飲んでいる雅彦に視線を合わせる事もなく暫しぼんやりとしている彼女であったが。


 そこは神崎穂乃。


 数秒も経たない内に表情を険しくさせて「ま、いいけど」とだけ述べてから何事も無かったように本を読み進め始めた。それは話の終了を意味する行動と取って良いだろう。



 明らかに脱力した雅彦を見て「でもいつまでも私を医者代わりに使うのは止めてね」と釘を刺す所は彼女らしい。流石昔からの付き合いだ。抜かりなし、か。


「じゃあこの話はこれで終わりなんだし、帰っても良いわよ」


 主人の檻の中で座る小動物のようにちょこんと席についていた穂乃があっさりと立ち上がる。鞄を肩にかけて扉へと迷いなく前進し出したので、慌てて雅彦も後に続いた。

 

 カビ臭い校内を出ると、青空が二人を出迎える。

 幼少の頃から穂乃は外があまり好きではなく、雅彦もそんなにアウトドアな人間では無かったのでこうして二人で外に出るというのは、学校に通っているからこそだろう。


 鉛みたいに重い足を引き摺りながら雅彦達は歩を進めた。


「……今日暑いな」

「言われると暑くなるから言わないでくれる?」


 熱湯風呂にでも居るような暑さ。汗でワイシャツはぴったりと肌に貼り付き、額からも汗は滝のように流れてくる。


 それはきっと穂乃も同じ筈なのに、彼女からは不思議とそういうものは感じられない。つるりとした白い肌からは寧ろカミソリみたいな冷たさがあるようにも錯覚してしまう。


 ――本当に人間なんだろうか。


 眼の端でそんなことを思いつつ、コンクリートで塗装された道をまた一歩、一歩と踏み出していくのであった。


 丁度、自宅まで半分程の距離であろうか。


 前方からこの暑いのに長袖で、メイドのような格好をしている女性が、こちらへ向かってゆっくりと歩いてくるのが解った。

 

 ……というわけでプロローグ開始です。未だ謎に包まれた感じにしておりますが、これからどんどん色々な事件を起こしていくつもりですので宜しくお願いします!

 遅くなりましたが、私の名前は辻宮あきらと申します。何かありましたらお気軽に笑



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