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泉に映るもの・下

「魔術師カイル・シオン。良く要請に応じ来てくれた。こんなに若いとは思わなかったぞ」


 朗らかに言ったが、ウェサマーの目は笑っていない。

 老齢を想像していたが目の前に現れた魔術師は若く長身で。それも、ハルと同じ艶やかな黒髪だった。

 動きに合わせて、さらり、と揺れる。


「……それで、問題の娘とは?」

「あ、ああ。もう会うのか? では、呼ばせよう。しばし待て」

「……」 


 敬礼はしたものの挨拶もなく無言で応えるカイルに、それでもウェサマーは表面上はにこやかに応対した。幾ら貴重な魔術師だとしても問題のある態度だったが、ヴェルグの不遜な物言いも受け入れるウェサマーにとっては大した事ではなかった。

 実際、ハルが突然現れた当日、ヴェルグの話から、今は数える程の人間しか操れない魔術が関係しているのかもしれない、と他ならぬウェサマー自身が調査を依頼した為、無礼だなんだとすぐに追い出す訳にもいかない。貴重な存在を動かすには、何かと手続きが必要だった。

 だが、ウェサマーはカイルの美しく整った顏を見た瞬間に嫌な予感が沸き起こり、今すぐカイルを帰らせてしまいたい衝動にかられ困惑していた。

 まだ身振り手振りでしか意思の疎通のできないハルを呼び寄せた事にしても、こちらが出向いた方が遥かに早く会わせられる。しかし、ハルの部屋にカイルが入る事を、どういうわけか心が拒否した。

 初対面だというのに表面上は笑みを浮かべるウェサマーと無表情のカイルは、その実仇敵が睨みあっているかのようで、謁見室の空気はまるで氷室の様に冷え切ってしまっている。


「ウェサマー様。ハルを連れて参りました」

「ウエサマ?」

「っ!」


 まるで春の訪れのように。ハルが入ってきた途端、部屋は一瞬で暖められた。知らず息を詰めていた侍従たちがほっと息をつく中、カイルが息を詰めてハルを見つめた。

 何故呼ばれたのか分からないのだろう。ハルは不思議そうに辺りを見渡していた。

 けれどすぐにハルをじっと見つめる同じ黒髪の男に気付き、目を見開いて顏を紅潮させた。

 ハルのそんな表情を目の当りにしたウェサマーは、嫌な予感が当たり、胸の内を焦がす炎が勢いを増したのを感じた。

 しかし平然を装い先程から重くなるばかりの口をなんとか開く。

 

「件の彼女だ。名をハル、というらしいがそれ以外は言葉が通じず生まれなども何も分からない。報告したが、突然の強い光と揺れと共に庭園に現われた」

「まさか、こんな事が……」


 ウェサマーの稀にみる低い声など耳にも入らない様子で、誰にも聞こえないような小さな声で呟くと、カイルは立ち尽くすハルにゆっくりと近づいた。

 ウェサマーは表面上は笑顔を取り繕って見守っていた。尤も、その背に燃える禍々しい黒い気が内心を吐露していたが、ウェサマー自身も周りの者も、カイルの動向に注目していた為全く気付いていない。

 しかし一人気づいていたカイルはそんなウェサマーに目を細め、見せつけるかのようにハルの頬に手を添えた。

 そしてあろうことか。

 ふわり、とそこに唇を落とした。


「っ! おいカイル!」

『シ、シージー※△×Д~!』

「……」

 

 口づけを受けたハルは顏を真っ赤にして何事かを叫びながら、ばったりと倒れてしまった。訳の分からぬまま人前で見た事もない美形からキスを受け、脳があらゆる神経回路を遮断したのだった。

 ウェサマーは飛びかかる勢いでカイルの腕の中のハルを奪い去ると、そのまま横抱きにして全力疾走でハルの居室へと駆けた。

 その俊足は未だかつて破られていない王国かけっこ大会歴代一位の記録をあっさり破り去る速さだった。

 しばらくは眠るハルの頭を優しく撫でていたが、カイルに用意した居室がハルの居室に近い事を思い出し、急いで謁見室に戻ると一番遠い居室へと案内した。そして気絶している事を理由に今日はハルへ接触しない事を念押ししてそのまま他の執務に戻ったのだった。

 意外にもカイルは素直に居室で大人しくしている様だったが、今後も気を付けなければならない。

 午後のエリックの謁見の際は午前中の上機嫌など雲の彼方。

 侍従たちが日頃見た事のない無表情の主に目を剥く中、エリックはのほほんと今日は機嫌悪いのかな? と首を傾げただけであった。


 エリックの気の抜けた顏を思い出した所でようやく気が収まったウェサマーはゆっくりと目を開き、傍らで笑顔でエリックに自己紹介するハルを見つめた。巻き込まれたヴェルグは迷惑そうにしながらも口元は綻んでいる。

 聞けばハルは最近、体調を崩した者がいて大忙しの厨房へも顏を出し、皿洗いやら掃除やらを懸命に手伝って、そこでも皆を笑顔にさせているらしい。

 初めは不審がっていた者たちも、警戒しながらもウェサマーやヴェルグ、同僚たちの様子を見て、存在を認め始めている。

 きっかけこそ一目惚れという不確かなものであったが、ウェサマーは今やハルの持つ優しく暖かな空気や、傍にいるだけで幸せになれる事に益々惹かれていくばかりでいた。

 笑顔が愛おしい。守ってやりたい。

 だがそう思う一方で。

 その笑顔を自分だけのものにしたい。赤く熟れた果物の様な、美味しそうな顏を、他の男がさせた事が許せない。

 初めて感じる独占欲は思いの外強く、ウェサマーを蝕む程だった。

 いつかのように庭園の小さな泉の淵に腰掛け、仕事を始めたハルを見守るウェサマーは穏やかな笑顔を浮かべていた。

 だが、泉に映るウェサマーの瞳には、穏やかさとは遠い何かがゆらゆらと揺らめいていた。

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