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ことばの森

 医師の言葉通り、娘は翌日はっきりと目を覚ました。

 

 報せを聞いたウェサマーは逸る気持ちを押さえきれず残る執務を全て翌日へまわし娘の部屋へと急いだ。鬼気迫るその早歩きは今だかつて破られていない王国早歩き大会歴代一位の記録を優に超える速さだったという。


 だが勢い込んで部屋の前まで来たというのにウェサマーの足は鉛の様に重くなりそこから一歩も動けなくなってしまった。

 

 どんな顔をして会えば良いのか分からない。


 幼い頃から女性に向けられる視線はほとんどが好意的な物で、倒れる――拒絶ともとれる反応など今までになかった。それを心を捉えて離さない彼女から受けて、また同じ事が起こったら……拒絶されたら。そう思うと胸が苦しくて彼こそ倒れてしまいそうだった。

 

 けれど、会いたい。


「頑張れ自分……!」

 

 声に出し鼓舞する。倒れた時の彼女の表情を思い出す。あれは、拒絶や嫌悪といった表情ではなかった。


 辺境の領主とはいえウェサマーも貴族の一員。領主として、貴族として様々な人間と関わる内に人の機微に聡くなった。加えて人を見る目は先代譲りでもあり自信を持っていた。

 

 頭に浮かぶのは何かに驚きながらも顏を可愛らしく真っ赤に染めた娘の表情。こわばっていた体が解れる。新たに踏み出した一歩は、驚くほど軽やかだった。


「失礼する」


 声は震えていなかっただろうかと思いながらも、しっかりと背筋を伸ばし部屋に入る。はたして彼女は、居た。

 ベッドの上には変わりはないが昨日までの眠り姫でも再び倒れてしまう事もなく静かにウェサマーを見ている。


 その輝きでウェサマーの心を捉えた瞳が、まっすぐに自分を見てくれている。


 ウェサマーは大きく安堵し言い知れぬ昂揚が湧きあがるのを感じたが、娘が自分を見て呟いた言葉にぴくりと肩を揺らし表面上は冷静に努めて一番聞きたかった事を問いかけた。


「聞きたい事がたくさんあるのだが、まず……しーじーとは何なんだ? 今も呟いていただろう?」


 その場にいたディスト医師や看護婦のマリアンヌ、使用人エアは思った。


「「「ちょっと領主様!?」」」


 否。全員声に出していた。


「紳士として、まず名乗らないのはどうかと思いますぞ」

「そうですよ~。それに~、いくらこんな可愛さ満点な女の子でも~、怪しさは満点以上よ~? 素性とか目的とか、他に聞く事たくさんあると思うんだ・け・ど~?」 

 

 ディストに続けて言ったマリアンヌの隣でエアは無言だったがうろんげな目でウェサマーを見ていた。使用人までもが主であるウェサマーにこんな態度で許されるのは一重にウェサマーの懐の深さである。決して軽んじているのではなく、皆馴染みである為親しみが込もっている。


「う。だが気になって夜も眠れなかったんだ……。見逃してくれ」

「ふふっ。眠れない程何考えてたんですか~? まあどちらにしても無理なんですけどね?」

「無理?」


 マリアンヌが気遣わしげに娘を見やる。つられて娘を見てみれば、眉を下げ非常に困った顔をしていた。


「どうしたんだ? 確かに君には話を聞かなければならないが、乱暴な事は一切しないぞ」


 優しく語りかけるが娘はますます眉を下げ小さく首を振った。


「言葉が通じないようですな。本当に、一体どこから迷い込んだのでしょうなあ。名前くらいしか分からないとは」

「言葉が……。っだが名が分かったのか!?」

「え、ええ。ハル、というそうですぞ」


 自分の言葉に勢い良く反応するウェサマーに若干引きながらディストは安心させる様に娘に笑いかけてやった。

 すると。

 名を呼ばれたのが分かったのだろう。娘はそれまでの不安そうな表情を一変させ、自分とディストを交互に指さすとディスト、ハルと繰り返してニカっと笑った。


 元々取り立てて美しくもなかったが更に色気のカケラもない。

 けれど春の陽だまりの様なあたたかい笑顔に。ディストもマリアンヌもエアも、みんな笑った。


 ウェサマーだけは心臓があまりにもうるさく音を立てるから、苦しくて笑う事はできなかったけれど。


 諜報や窃盗、彼女が何か悪い目的をもっている可能性も考えていた。だがウェサマーの正しく人を見る目は自信をもって彼女に何の悪意も害意もない事を教えていた。その笑顔がただただ可愛くて仕方がなかった。

 ふと、おそらくまだ自分だけが自己紹介をしていない事を思い出す。


 彼女を真似て自分を指さし。

「ウエーサマオナーリ・ガロン・オヤダカーニ」と少し短くした本来の自分の名前を告げた。


 本来の名を大切な者だけに、と通名を使う者は少なくない。ウェサマーにとっては自身でもウエ、が言い辛いくらいだったから昔からウェサマーと呼ばれるまま通していた。

 そう呼ばれる事は分かっていて、でも知っていて欲しくて告げた。だから。


「ウエーサマオナーリ……!? ウエサマ!」


 瞳を輝かせ、親しげに綺麗に名を呼んでくれたハルに驚き、感動に打ち震えた。

 

 そうして本当に恋に落ちたのだった。

読んで下さりありがとうございます。

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