episode2~歓談のお供にごましお~
「ヒカエオロウ!」
「「「……」」」
城館の休日。
いつものように談話室に集まったウェサマーの家臣たちは、いつものように、それぞれが口を開こうとして、できなかった。
卓の中心。
誰が置いたのか、謎の白い毛玉が、突然、喋り出したからだ。
毛玉は、円らな瞳を釣り上げて、偉そうにふんぞり返っている。手も足もないのに、何故かそうと分かる。
はじめに毛玉に気が付いた男は、ごみかと思い、取り払おうとして、慌ててその手を引っ込めた。驚きすぎて声も出ず、まじまじと毛玉を見つめる。
すると。
「エエイ、ズガタカーイ! ミンナ、オレト、オハナシ、スルノダ! オレ、ミンナデ、オハナシ、シタイ!」
「こら、シロ! 申し訳ありません、皆様。シロが大変失礼な物言いを。ほらシロ、謝って」
「ム……。オウサマ、イツモ、エラソウ。マネ、スルナラ、イマ」
「もう! ごっこ遊びは、私たちだけで十分でしょう? それに、いくら偉そうにしていても、陛下は人前でそんな物言い致しません!」
「ヌウ……」
「「「……」」」
黙って見守る家臣たちの前で、白い毛玉の隣にあった、黒い毛玉までもが、喋り出した。
どちらも、女の手のひらに乗る程の大きさ。円らな瞳がついていて、口はないが、喋る度に、ほよほよと上下に動いている。
「ミンナ、スマヌ。サイキン、オウサマノマネ、オレノ、ハヤリ。デモ、イキナリ、シツレイダッタ。ゴメンナサイ」
「この通り、悪気はないのです。どうぞお許しを」
またも、何故かそうと分かる、丁寧に頭を下げるふたつの毛玉に、家臣たちはいやいや、と首や手を振って、かえって恐縮した。
何がなんだか分からないし、叩いたらつぶれてしまいそうな毛玉を相手に、怒る気にもならない。
「ソウイエバ、ジコショウカイ、マダダッタ。オレハ、シロ、ダ」
「私はクロと申します。以後お見知りおきを」
「あ、ああ。俺ぁ、クラブってんだ」
「ランスだぜ。宜しくな」
「……クリスだ」
「オオ……。クロ! ミンナ、ナマエ、オシエテクレタ! ウレシイナ」
「ええ。ありがとうございます、皆様。王宮には、モノに教える名などない、と仰る方もいますので、私もとても嬉しいです」
「ウェサマーサマ、アッタカイ、ヒト! カシンノ、ミンナモ、アッタカイ!」
「是非私たちも、皆様の会話に混ぜて頂きたいのですが、宜しいでしょうか?」
家臣たちは顏を見合わせて、ゆっくりと頷いた。怪訝そうな顔には、しかし、飛び跳ねて喜ぶ毛玉たちを見て、自然と笑顔が浮かぶ。
こうして幕が開き、毛玉と家臣たちは、お喋りの時間を楽しむことになった。
「「「カイル様の使役魔?」」」
「サヨウ。カシンドモ、ヒカエオロウ!」
「だから、やめなさい! 全くもう……」
「タノシイ!」
家臣たちと話し始めてすぐに、毛玉たちは、自分たちがどういうものなのかを説明した。
自分たちはカイルの魔力の一部であること。今は魔の森の調査に行っているカイルの代わりに、城館の様子を見る仕事を言いつかっていること。
家臣たちが休日は談話室に集まる事を知っていて、話し好きな自分たちも混ざりたいと思っていたこと、などを話して聞かせた。
家臣たちは目を瞬かせながら、聞き入った。こんな生き物も作れるとは、と、カイルの魔術師としての腕に感心し、初めて見る毛玉が、いつの間に情報を手に入れていたんだ、と恐ろしくもなった。
聞きたい事が山ほどあったが、混乱する頭でランスが聞けたのは、至極小さな疑問だった。
「どうして、シロくんは少し片言なんだ?」
「オレ、マリョクノカタマリ! モトモトハ、シャベレナカッタ。デモ、オレ、ハナシズキ! オネガイシテ、スコシダケ、カエテモラッタ。コレガ、ゲンカイ」
「そうなのか。でも、話せるようになって良かったな」
「ヨカッタ!」
ランスがシロのふわふわな頭をやさしく撫でてやると、シロは気持ち良さそうに目を細めた。それを見て、彼らも、目元をやわらかく緩ませた。
クロが自分にも注目させるように、ほよん、と跳ねて補足する。
「そもそも、役割が違うのです。シロは、万が一カイル様の身に何かあった時の魔力の補給係。私は連絡係です。もっとも、普段は私もシロも、話し嫌いなカイル様の代弁係になっていますけれど」
「カイルサマ、キホン、クチ、アケルノ、タベルトキダケ!」
「私たちとなら、口を開かなくても意思の疎通ができるので、甘えているんです。あの方は、ただ、面倒なだけなので。本当は、お喋りな方なんですよ。王や師匠……、特別なお相手なら、ですが」
話を聞いたクラブが、おおげさに両手を上げて、首を振った。クリスとランスも、小さく肩をすくめる。
「はあ~。道理で、滅多に声も聞けねえって訳だな。王様なんて、雲の上のお人と同等でなくちゃいけねえなんてなあ!」
「ああ。一生懸命話しかけるだけ無駄だって、女たちもうすうす気付いてはいたようだけど。教えてやるべきかな」
「別にいいんじゃないか? 知った所で、変わるとも思えないぜ」
「違いねえ」
「確かに」
いつも談話室に集まる女たちは、今日に限って、街に出ていて一人も来ていない。
カイルの使役魔というからには、女たちが聞きたい事を沢山聞き出せただろうにと、男たちは苦笑した。
「皆様は、お変わりありませんか?」
「ああ。俺たちゃ、何も変わりゃしねえよ。ただ、変わったっていやあ……」
「「ウェサマー様」」
「だな」
クロの質問に、男たちが口を揃えて、ウェサマーの名を挙げた。シロとクロは、目をぱちくりと瞬かせ、見合わせた。
「カワッタ?」
「ああ、……いや。表面上は、そう変わんねえ。いつも通り、ばりばり人の為に働く、立派な領主様のまんまだ。けどなあ、なんか、変なんだよ」
「変、とは?」
何故か慎重に尋ねるクロに、ランスとクリスが訝しみながらも口を開く。
「ハル嬢に言葉を教えてやっているのはウェサマー様なんだが、いつからか、その時間が、ぱったりと途絶えた。今は、代理が居るらしいぜ。普通なら、忙しいからだ、で片付くが……」
「忙しい割には、ちょくちょく庭園に行かれては、彼女が働く姿を眺めている」
「そこだ」
ランスが、クリスの言葉に大きく頷き、指を差して続けた。
「ウェサマー様に限って、余程のことが無い限り、今まで出来ていた時間配分が急に出来なくなる、ってのはおかしいんだ。わざと、あの子に関わる時間を減らしたのは間違いないぜ。なのに、眺めには行く。どうも、変だろう? 今さら、監視っていうのもな」
「避けているのはハルだけじゃない。家臣の俺たちとも、表面上は穏やかだが、以前より距離を感じるようになった。一体、何に思い悩んでいらっしゃるのか」
「思い悩む、か。そういや、あの、いつもやさしい笑みを浮かべているウェサマー様が、特にハル嬢を眺める時、ふいに、すっ……と、無表情になるらしいぜ。俄かには信じられないけどな」
二人の言葉に、クラブは顰め面で腕を組み、大きく身体で頷いた。
「そもそも、ウェサマー様が、物事を中途半端な状態で放り出す、ってのが、まずおかしいんだよ。ハル嬢はまだまだ、話せるって内にゃ、入らねえ」
「ウェサマー様は誰より、自分に厳しい方だからな。それに、仕事ぶりは変わらず完璧だが、最近の、何かを吹っ切るように身をやつす姿は、まるで幽鬼のようだって噂だぜ」
「そういや、ウェサマー様の背中から、黒いもやもやが立ち上ってるのを見た奴がいるってよ。まあそりゃ、幻でも見たんだろうがよ。そいつもウェサマー様も、疲れてんじゃねえか」
「俺たちで、何か力になれたら良いんだがな」
男たちがそろって肩を落とすのを見て、シロとクロが身を寄せ合って話し始めた。
「フム……。カイルサマ、チョット、ヤリスギタ?」
「どうでしょうね。確実に実を結んではいますよ。ただ、手段やあの方のご性格を考えると……。歪みの方が、少し心配ですね」
「カイルサマ、イッテタ。タブン、ソロソロ、シアゲ」
「ええ。その様ですね。事実は変わらないとはいえ、やはり、心苦しいですね」
「何の話だ?」
男たちには分からない話だったので、クリスが問い質したが、かえってきたのは、何度目かの、聞き慣れない言葉だった。
「ヒカエオロウ!」
「今回ばかりは正解です、シロ」
「おい。さっきから、その白毛玉の言ってるそれはなんだ」
「ジダイゲキノ、キメゼリフダ! カッコイイ!」
「はあ?」
瞳をきらきらと輝かせているシロを放って、クロがさらり、と話題を変える。
「どうぞお構いなく。それよりも、ハル様はどうされていますか?」
「……別に、アイツは変わらない。いつも通り、働き回って、へらへら笑っているさ」
「ま~た、お前は。あの子の事になると、憎まれ口ばっか叩きやがって。そう素直じゃねえと、いつか後悔するぞ。いっつも、目で追ってるくせに」
「そうそう。前は辞めとけ、なんて言ったが、人間、素直が一番だぜ? エリックなんか、良い手本だろ。俺ら家臣の中じゃ、あいつがいちばん、嬢ちゃんと親しい」
「……っ。うるさい。エリックの名前なんて出すな」
「ナンダ? オマエ、ハルサマ、キニナル?」
クリスをからかうように肘でつつくクラブを見て、シロはクリスの頭の上に乗って、ぽんぽんと跳ねた。クロも、傍まで寄って、じっと彼を見上げた。
「な、なんだよ」
「いえ……。難儀な方をお相手に選んだものだなあ、と。まあ、頑張ってください。誠意があれば、きっと、いつかは認めて頂けますよ。ふふっ」
「わっはっは! カイル様はどうもハル嬢の虫除けに余念がねえが、その使役魔じきじきに応援して貰うなんて、幸先が良いじゃねえか。良かったなあ、クリス」
「そうだぜ。カイル様が何を考えて、そんなことをしているかは分からないが、少なくとも、その内、ハル嬢に近寄るのを認めてくれるって事だろう? なあ、クロくん」
「ふふっ。さあ、どうでしょうね?」
「認めるって、何だよ……」
背中を両側からばんばん叩かれながら、クリスが憮然と呟くと、シロが頭の上で、楽しそうに跳ねた。
「ウェサマーサマモ、カイルサマモ、ハルサマ、トッテモ、タイセツ! ハルサマ、オフタリノ、」
「シロ!」
「オット」
言葉を続けようとしたシロを遮るクロの声が響く。男たちが、何だ? と、口を揃えると、シロとクロが、しょげかえるのが、分かった。
「ミンナデ、オハナシ、トッテモ、タノシイ。ツイ、クチ、スベッタ。ゴメンナサイ」
「申し訳ありません、皆様。せっかく色々お話して下さるのに、私たちには、カイル様の許可なく、お話できない事もあるのです。ですが、お話が楽しいのは本当です。もう少し、この時間を、私たちに頂けませんか?」
男たちは顏を見合わせて、それぞれ目元を綻ばせて、口を開いた。
「主の命を大切にするたあ、見上げた毛玉じゃねえか。口がかてえってのは、家臣としちゃ花丸だ。なあ?」
「ああ。元々大した話はしてないし、これからもできないが、それでもいいなら歓迎だ。俺たちも楽しいぜ」
「気にするな」
シロとクロは目をぱあっと輝かせ、ぽんぽんと高く飛び跳ねた。
それからしばらく。
談話室には、明るい笑い声が絶えることなく、時間が過ぎていった。




