episode~家臣たちの休日~
「聞いたか? あの子の話」
「聞いたぞ。なんでも、最近話せるようになってきたらしいな」
「ねえ聞いた? あの方々の話!」
「聞いたわ。なんでも、カイル様はとても無口な方で、誰もまともに話せていないらしいわね。さすがに、ウェサマー様は別でしょうけれど」
「魔術師まで従えちゃうなんて、ウェサマー様ったら本当に素敵ね! あの方がこの辺りを治めて下さってなければ、アタシたち、今頃どうしていたのかしら」
「十中八九、道端に転がっていたわね。そういえば、カイル様が今、噂になっていた幽霊屋敷の調査へ行かれてるのって、ウェサマー様の命なのよね。きっと、街の人を守る為よね」
「そうね。けれど、カイル様は、共もつけずにお一人で行かれたそうじゃない。なんでも一人でやっていたり、顰め面でないにしろ、表情が動くところを見た人もいないそうだし。まるでヴェルグさんのような方よね」
城館の休日。
警備の者など一部を除き、読書する者、街に出る者。家臣たちが思い思いに過ごす中、談話室で話に花を咲かせる者も少なくない。
その話題の中心といえば、突然あらわれた珍しい容貌の娘、ハル。そして女たちは特に、美しい主ウェサマーと、最近滞在するようになった遠目にも麗しい魔術師のカイルの話で持ちきりだった。
「あら? 確かに、あの方はいつも無表情だけど。私は、偶然、ウェサマー様の執務室から出ていらしたカイル様を見かけて、棒立ちになった女がいたと聞いたわよ。なんでも、『て、天使の微笑み……』なんて呟いていたらしいけど」
「微笑みを見たって事!? 羨ましい!」
「ハルが傍にいる時は、心なしか柔らかい表情をされているそうよ。本当に羨ましいのは彼女よ。いつもにこにこ働いていて、とても憎めないけれど」
「そうね。いくらウェサマー様がお許しでも、私たちに交じって働き出した時は目を疑ったけれど。あの、ヴェルグさんが一緒も居たのも分かるわ。ハルちゃんの傍は、なんだか居心地が良いのよね。言葉も通じないのに、どうしてかしらね」
街から戻った看護婦のマリアンヌは、聞こえてきた、ハル、という言葉に吸い寄せられ、談話室に立ち寄った。
男たちも女たちも、話に夢中で他の音は耳に入っていない。ただ、同じ三人ずつで卓を囲んでいても、女たちの方は、まるで森の鳥たちが一斉にさえずっているようだったが。
「不思議よねえ。まあ、あんなに一生懸命に働いてくれるなら、大歓迎よね。手伝ってくれるのは、いつも決まって、忙しい時だし」
「そういえば、彼女が庭園の仕事をしていると、カイル様もどこからともなくあらわれるそうよ。最近はウェサマー様も良く庭園にいらっしゃるんですって。お忙しいらしくて、すぐに執務に戻られてしまうそうだけど」
「庭園というより、楽園ね! 仕事さぼって眺めたい!」
「あら。ウェサマー様の労いがいらないの? お休みもしっかりしていて、こんなに働きやすい所なんて、他にはないわよ」
「そうそう。ばれて辞める事になっても知らないわよ。この間も、それで辞めていった人がいたじゃない。代わりはいくらでもいるのよ」
「むう……。分かってるわよ! ねえその庭園の話、庭師のエリックに聞いたの? 彼はいつもにこやかよね。こう言ってはなんだけど、ヴェルグさんのお孫さんとは思えないわ」
少しの間眺めていたマリアンヌは、男たちに話しかけた。最初から、女たちの話に加わる気はない。
鳥だけでなく、獣たちまでも群れて遠吠えをしている森の中に、飛び込む気にはなれなかった。
「楽しそうね~。ハルちゃんのお話? 私も混ぜて貰えるかしら~?」
「「マリアンヌさん!」」
年齢を重ねながらも豊麗な体は衰えを知らず、いつも明るい笑顔で傷を癒してくれるマリアンヌの登場に、中年の男ふたりが鼻の下を伸ばす。その中で、残る若い男は、至極落ち着いていた。
「……大した話はしていませんよ。彼女が話せるようになったっていっても、それも演技じゃないか、とね」
「う~ん。そうねえ~。まあ、怪しいって思う気持ちは分かるわよ。私だって、初めから信用していた訳じゃないもの~」
席に着きながら、マリアンヌは微笑んだ。若い男を観察するように。
髭をたくわえた男が、若い男をこづく。
「お前だって、ウェサマー様やヴェルグさんの様子見て、演技じゃないかもって認めてたじゃないか」
「ふん」
「ふふっ。あの、滅多に人を信用しないヴェルグさんが一緒に仕事してた、っていうのは大きいわよね~。ヴェルグさんは一番の古株だったもの。それでみんな、見る目を変えたわよね~。あの子と関われば、なあんにも裏がない、って、分かるけれど、ね」
「そうそう。あれは演技じゃねえよ。俺、厨房に行ったらたまたまあの子がいてさ。なんか芋抱えてて、目えきらきらさせて『芋!』とか言ってたんだ。そーだなー芋だなーつって、思わず頭撫でてやりたくなったわ」
「撫でなくて良かったな。うっかり触ると、どっかから出てきたカイル様に魔術で吹っ飛ばされるぜ」
指をくるくると回しながら言う髭の男に、ハルと遭遇した男は両腕を抱えて擦った。
「ううわ。怖えな。今はどっか行ってて、いねえってのに、ほんとに出てきそうじゃねえか」
「ちっ」
「あらあら~」
若い男が、どこか不機嫌そうに頬杖をつくのを、マリアンヌはころころ笑って見ていた。
「あ、でもそれ、ウェサマー様にだけはやらねえんだろ? それこそ良く頭撫でてんのに、何でだろな」
「さあな。主だからじゃないのか。まあほんと、ウェサマー様はあの子を可愛いがってるよな。言葉教えてやってるのも、ウェサマー様だって話だぜ」
「……話せるようになったっていうのは、どのくらいなんだ?」
ウェサマーの話を変えるように、頬杖をついたまま、若い男が髭の男に尋ねる。
「うん? ああ、さっきの芋の話で分かるだろ。まだまだ全然カタコトだぜ。けど、案外言葉は要らないって話も聞くんだよなあ。どうなんだい、マリアンヌさん? あの子には、俺たちよか会ってるんだろ?」
「そうねえ~。もちろん、言葉を覚えてくれれば、それにこした事はないわよ~。ハルちゃんも、頑張って覚えようとしているし。ただね、あの子の目を見てると、言いたい事が伝わってくるの。だから、みんな目で会話できるわね~。身振り手ぶりも可愛いわ~」
「……そうか」
「なんだ、なんだあ? やっぱりお前、興味深々じゃねえか。あ! さてはお前、あの子と話がしたいとかそんなクチだろ」
「なっ!? ば、バカな事言うな! そんな訳ないだろ!」
「ははっ。やめとけやめとけ。この間辞めた男、あの子に会いに行ってたらしいぜ。仕事サボってたから、珍しくウェサマー様の不興を買ったって話だ。まあ、話すくらいなら大丈夫だろうが、どこで誰が見てるか分からないぜ」
「ウェサマー様はあんだけ可愛がってるし、案外ただの嫉妬かもしんねえもんなあ! 気を付けろよ~」
「だから、違う!」
「ふふっ。楽しい時間をあ・り・が・と。私は失礼するわね~」
わざとらしくきょろきょろと頭を動かす男たちに、くってかかる若い男。
笑顔を浮かべて見やると、マリアンヌは席を立った。そしてそのまま、休日でも仕事をしているウェサマーへ届け物をする為、執務室へ向かった。
城館の休日。
談話室には、まだまだ賑やかに、話の花が咲いている。