小唄
ある月の夜、私は外に出てみた。
夜に独りで外に行くなんて生まれて初めてで、とてもドキドキした。それと同時に罪悪感も沸いた。
音をたてないようにドアを開けると、生ぬるい空気が顔を覆った。
私はいつもより歩幅を大きくして歩いた。別に急いでいるわけでもないが、なぜか焦っていた。どこに行くかも決めてないのに。
夜の街はいつもと違う。満月がスポットライトのようにきれいに輝き、街をかすかに照らしている。
いつもの道を歩いていく。どのお店もシャッターを閉めている。まるで別の世界に来ているみたいだ。
何も音がしない。車も人もいない。電灯が独り、力なく光っているだけだ。
私は駅に行った。もちろん終電はもう終わった。いつも人と電車でがやがやとうるさい駅も、今はゴーストタウンのように静かだ。みんな空襲警報を聞いて防空壕に避難してしまったように。
道を歩いていくと、コンビニだけが異様な存在感を放っていた。コンビニの中には店員らしき人がつまらなさそうに立っている。
今日は夏休みの最後の日だ。こんなことをしている場合ではない。明日からまたいつもの日常に戻る。でも私はどんどん進んだ。
月はどこまでもついてくる。周りの景色が変わる中、月だけは変わらずついてくる。
このまま歩いていたらそのうち月にたどり着いて月を捕まえることができそうだった。
月はどこにあるんだろう。どれくらいの大きさなんだろう。
交番の中にはおまわりさんが立っている。
大気圏、宇宙をはさんで私は月を見ている。
徐々に空の端っこが明るく、青白くなる。月は逃げていく。家に帰りたくない。
月は薄くなり、曖昧な地平線に消えた。明るい太陽が自己中心的に、自信満々に、偉そうに、まぶしい光を放っている。
新聞配達員のバイクが通り過ぎる。気づけば人がちらほら出ている。私の夜はもうどこかに行ってしまった。私だけの夜は、もう二度と来ないのか。
家に帰らなきゃ。




