りんねのために 回転系の4
奇しくもこれで、ツイート1000になります。
『夏弥りんね』というのが私の名前だ。
記憶力が人よりも優れているせいか学生を卒業した今になっても随分と昔の事を鮮明に思い出すことができる。
学生時代は「変な名前、おかしな名前、気持ち悪い、キショい」そう言ったあらゆる罵声を浴びせられ、クラスでいつも私はわかりやすいところから、とても陰険なものまでありとあらゆるいじめを受けていた。それでも私がそれに対してくじけることがなかったのは、在りし日の母との約束が私と私の肉体と私の精神を支えていたからだ。
「・・・ねえお母さん、どうして私の名前は『りんね』って言うの?」私はすでにその頃から格好いじめられっこであり、私自身も「陰険なソレ」の一環として、そういうタイトルのジャパニーズホラーを見せられて心底がっくりきていたので、それが通常時よりも深刻であるように思えていた。「どうして私が?」これはつまり自分の自分のせいではなく、その名前をつけた親が悪いのだ。と、そういう感情の流れ。そしてその蓄積された抑えられない感情を私は親に吐き出そうとしていた。当時はそれが当然だと思えた。親が子を選べないように子も親を選ぶことはできない。どんな名前を付けられても、赤子の私にはそれに抗う力は無い。
そんな結構底辺に近い私に対して、母は畳を掃きながら背を向けたままコロコロと笑いながら言った。
「だって、素敵な名前じゃない?私は死んで生まれ変わってもあなたの近くにいたいもの?りんね、『輪廻』っていうのはとても素敵なことよ?」
淀みなく、噛むこともなく、一度も詰まることもなく、まるではじめから準備していたかのようなその穏やかなしかし確かな流れのセリフを聞いたとき、私は不覚にも感銘を受け、私は己の未明を恥じ、それからは自分の名前のせいにする自分自身の性根を恥じた。
その次の日から私は強ばり固まる自分の精神を叩き直すために、単身近所のお寺に赴くことにした。今までの自分は結局強ばり続けることでその場を凌ごうとしていた。それであわよくば助かる公算をしていたのだ。ただ、黙って待ち続けるのはとても辛い。学校では誰にも頼ることができない。それなら、自分で何かするしかない。何かなんでもいい精神の拠り所を作らないといけない。私は私自身や母ののために母のあの言葉に添えるような人間にならなくてはいけない。そういう精神の流れ。檀家になっているお寺で私は住職に頼み込んで座禅やら読経やら掃除やらをやらせてもらうことになった。なるべく毎日、特に土日は必ず。
最初は辛いかもしれない、でもしかし、学校で陰険な目に会うことに比べたらなんでもないことであった。少しずつでもなんでもいい、私は私を鍛えて行かなくてはいけない。誰にも理解されなくてもいい。自分の為に。それが母のあの言葉に応えることができる手段である気がした。己の中を綺麗に保つのだ。それができるのは今のところ、自分しかいない。
そんな生活になり、半年を過ぎたあたりから、少しずつ状況に変化が起こり始めた。まず、今まで神経に突き刺さっていたありとあらゆる邪悪な言葉の数々が、自分の心まで届かなくなった。精神に何かしらの装甲ができたのか、まるで興味のないカーラジオのように聞こえるようになったのだ。あと厄介な物事を躱すということも随分と上手くなったように感じた。もしくは今まで律儀に正面から受け止めすぎていたのかもしれない。『逃げることでは何も変わらない』そんなのは嘘だ。ぶっちぎりで逃げることができたらそれは立派な意味を持つと思う。私は私の為に知らず知らずの内に自分のこの『差し脚』を鍛えていたのだ。
同級生が誰ひとりとして私のことを無視していても、そんなことはもうどうでもいいことだ。私にはお寺と母のあの言葉がある。加えて頑丈な装甲もできたし、学校で誰よりも優秀な差し脚もできた。けちで陰険な妨害工作など容易く超えることのできる程優秀な私の神経。そして抜群の記憶力がある。高校に入る段階ですでにお経を全部空で言える程の記憶力だ。全ては母のあの言葉のために、私が自分で自分を諦めないように。
今の私の人生もあの頃の辛さに比べたら、なんでもないことであった。それに学生時代優秀だったのに、社会に出て苦労している同級生の話を聞くと嬉しくなった。学生時代私を使って楽をしたからだ。そう思うと、飛び上がるほど嬉しかった。
そうして時間は流れていき、私はお寺の住職の息子と結婚して、子供を産み、その子を母に見せることもでき、母の最後もちゃんと看取ることができた。
母が死に、私の支えとなるものはひとつ無くなってしまったけど、それでもその頃には既に母以外にももたくさんの支えができていたので、私は無事に自分を保つことができた。
あとはこのお寺への感謝と、私を大切にしてくれる夫への愛と、この子の成長と将来と、母のあの言葉のために生きていけばいい。
それで十分だ。
願わくば母のあの言葉をちゃんと実現できたらいいのだけど、どうなんだろう?
やがて私も子供たちに看取られながら死を迎える時が来た。子供は皆泣いてくれていたし、主人も悲しんでくれた、死ぬまでこうしてボケることもなく、大病を患うこともなく、お寺も続けてくることができた。自分で言うのもなんだけどかなり幸せな人生だったと私は素直に思えた。
この世界のことはもう大丈夫。私がいなくても大丈夫だ。あとは・・・、。
輪廻。
今度は私と母とのあの時の約束を叶える時だ。お願いします。お願いします。嘘でもなんでもいいです。お願いします。私にこの名前をくれた母のために。思考が途切れる直前まで私は強くそのことを願った。
次に目を覚ましたとき、そこにはたくさんの人がいた。どこなのかはわからない。しかし、そこにはたくさんの人がいた。
私は不安だったものの近くにいた人に話しかけた。
「何?貴女は新入り?随分若い格好してるのね?」
新入り?いきなり何を言っているのだろうか?
「自分の格好見てごらんよ?」
そう言われて自分の格好を見てみる。
・・・・。
確かに随分と若い格好をしていた。人生を満期完了で終えたはずなのに、これはいったい・・・?
「ここでは、自分が最も強い気持ちの時に戻れるのよ」
この背格好、この肌、これは間違いなく・・・。
私の格好はあの時母に感銘を受けたときの状態まで戻っていた。
「おめでとう」
何が?
「あなたはつまらなくて面倒で何の意味もないひどい世界の輪廻転生の輪から外れることができたのよ」
・・・それでここは一体なんなのだ?
「ここはアカシックレコードの中」
なんだそれ?
「ここにいる誰もがアカシックレコードの一部、あなたも生前は多分、すごい記憶力があったんじゃないの?」
・・・・。
「私たちは皆、生まれ変わってまたつまらない事をしないですんでホッとしてる。あなたもそうでしょ?」
・・・・。
「ここに居られるっていうのはとても光栄なことなのよ?私達全員が世界の記憶そのものになるのだから」
・・・私は・・・誰が・・・私はそんなこと一度も・・・。
ウィーンウィーンウィーンウィーンウィーンウィーンウィーンウィーンウィーン
突然に私のその声をかき消して大きな警報みたいな音がなった。
「さあ、休憩はおしまい、これからみんな一つに混ざりあってアカシックレコードになるからよく見てなさい」
そう言ってその人は、いや私以外の人達は中央に集まりだし、やがてそれらは人間の形ではなくなり全部が一つの大きなアメーバのようなモノに変わり始めた。ちびくろサンボの虎のアレみたいだ。私はそう思った。
お母さん、私絶対にお母さんのところに行くから、待ってて、絶対に行くから。時間がかかっても絶対に行くから。絶対に忘れないから。もう少し待ってて。お願い。
私のその小さな声の決意は警報にかき消されているけど、それでも私はそれを唱え続けた。
某アニメのあの人がいなかったら、まさか直接的に名前にしようとは思わなかった。




