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花火師アギタの逃走記《ピロウトーク》  作者: 烏賊ミルハ
第一章 ~爆弾男の受難~
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パンオプティコン③

 アギタの真上に、巨大な爆弾が在った。


「って爆弾!?」


 

 花火師としての経験で、その爆弾が上空百五十メートル付近から落下しているのは解った。

 が、それ以上に良く理解できたのは『爆弾の威力』だった。理由は不明であるが、アギタは爆弾の詳細な性能を知っていたのだ。質量は三百キログラム。半径十五メートル以内にいる人間は高熱で殺される。


 そして様々な計算をすると、あと五秒足らずで地面に到達し、高熱と爆風を撒き散らす。

 それが、アギタの真上に存在しているのだ。


「少女、逃げるぞ!」

「うー」

「くっそ、まだ寝てんのか!?」


 アギタは少女を脇に抱え、浮く銃から離れるように、全力疾走で逃げた。


 背後から大量の発砲音が聞こえ、その度にどこかの火薬に着火し、爆発を巻き起こす。時には背後から。時には真横から。時には目の前で。それらを全てくぐり抜けながらアギタは走り続ける。


 爆弾が地面に到達する。


 瞬間、背後で巨大な爆発音と、膨大な熱と、身体が吹き飛ばされる程の爆風が、三つともが一斉に発生した。身体が浮き、走っていた勢いで前方に転げ込んだ。


 アギタは少女の無事を確かめてから、真後ろを見て状況を確認する

 が、そこには、爆心地に吸い寄せられる土煙の中で咳き込みながら、俺を探す軍服の男達の姿のみが在った。先程まで一つも見当たらなかった影が十幾つもあるのだ。


 一体何が起きたのか。戸惑いの中、アギタは取り敢えず、姿を隠してから事態を把握しこれからどうするかを考えることにした。

 はっきりした視界が手近なところまでしか得られない中、土煙に霞む視界の中で巨大な瓦礫で囲まれた、隠れるのにちょうどいい空間を見つけた。アギタは少女を抱えながらその空間に身を潜め、尻をつき、ホコリを多く吸い込まない様に注意しながら呼吸を行う。


「くっそ! 人の姿が消えたり出てきたり、銃弾が現れたり、爆弾を召還できたり、ホントどうなってんだよ! クソッ!」

「……ぅ」

 再度目を覚ました少女が、枕に付いた土埃を掃う。こんな状況でも眠そうな目は全く揺るがない。

「おい。あの白衣のヤツ、お前の知り合いでいいんだよな」

「私を、追いかけてきた」


 そう答え、少女はその眼をアギタに向けた。


 途端、少女の姿が消えた。

 音もなく、姿もなく。


「うおッどうした少女! どこいったんだ!?」


 アギタは先程まで少女がいたはずの空間に手を伸ばす。すると確かにそこには布の触感があった。少女の着ていたパジャマの素材と思われる。どうやら少女は確かにそこに居るらしかった。何もないように見える空間で触感があるというのは不思議なものだと、場違いながらもアギタは思った。


「少女。お前、ここにいるんだよな?」

「静かにして……」

 何もない空間から少女の声だけが聞こえる。白衣の男のように、少女も姿を消してしまったのだろうか。


 『監視領域パンオプティコン』とはどのような能力なのか、いよいよわからなくなってきたその時、下を向いて眠りかけている少女の姿が、また目の前に現れた。


「何だオイ! 姿消すか消さないかはっきりしろよ!」

 少女は顔を上げ、再度アギタの顔を見ると、またも姿が消えた。そしてまた直後にカクンと、頭部の重量に耐えきれずに下を向いた少女が現れる。

「――――いや、待てよ」

  アギタはある仮説に至った。それが正しいのかどうかを証明するために、寝落ち寸前の少女の顔を掴む。


 まずは顔を無理やり自分の顔向けさせ、自分を視認させる。すると、少女の透明となってアギタから見えなくなった。 次に手で、少女の視界を覆う。すると今度は透明となった少女が再び見えるようになった。

 全てアギタの仮説通りだった。


「やっぱり、やっぱりそういう事か! 奴は俺に『自分を見ている人間を見えなくさせていた』のか!」

 アギタは小さな声で叫んだ。


 服はその人の一部と認識されているのだと考えれば、それなりに筋は通る説ではある。一瞬だけ見えた白衣の男も、少女に一瞬だけ視線を向けて、アギタを見ていなかったからだと考えれば説明もつく。何もない空間から現れた銃弾は、アギタを見ている軍服の男が放ったものだろう。

 だが、それが分かったからと言って、今度はどのような対策を行えばこの状況を切り抜けられるのか分からない。

 『爆撃機人ボミングランチャー』は自分自身にも危険が及ぶ上に、落下までにタイムラグがあるため、先ほど発動した時のような『相手がこちらの情報を知らない』状態ではない今は、爆弾が地面に到達する前に殺されてしまうだろう。それにもし爆弾が無事爆発したとしても、爆発の威力を知った白衣の男と軍服の男達は確実に爆風を避け、逃げる俺の背中に銃弾を叩き込む。


 とりあえず、必要なのは逃げるための時間稼ぎと撃たれないための防護策だ。銃撃に耐えうる装備を準備しなくてはならない。


 何かないものかと、今隠れている瓦礫の空間の奥に眼をやる。

 そして驚愕した。


 空間の奥で、腹部をブリキ板で貫かれた軍服の男が、血を流していた。

 異常に溢れた血の量から、その男は死んでいると予想される。


 (いい感じに血が舞ってるな。花火みたいだ。爆発でブリキ板が腹に刺さって、瓦礫に押し込まれたってとこか。一発目の爆弾に巻き込まれたのか)


 (それとも二発目か。もしこうして死んでいるヤツが他にもいるなら、敵の数はそう多くないのかもな)


「――――は」


 そんなことを考えているうちに、アギタは気付いてしまった。


 自分が『人を殺した』という事実に、大した罪悪感を覚えていなかったのだ。


 しかもそれは、殺されそうになったから仕方がない、というような言い訳じみた理由からではない。

 それよりもアギタには、罪悪感よりも何よりも、撒き散らされた血が地面に印された液体の花火にしか見えなかった。天に打ち上げられる花火とは全く違う美しさに、不本意ながらも心を奪われ、それが少なからず抱いていたはずの罪悪感を押し潰していた。

 余りにも残酷で、そして何よりも自覚できる程の事実に、アギタは頭を抱え込む。


 (ふざけんな! 俺は人を殺したんだ! だから、本当なら、罪悪感に苛まれなくちゃいけないんだ!)


 自分に言い聞かせるが、自身を説得させようとすればするほど、もっと華々しいモノを見たくなる。


 そして、アギタは遂に或る発想に至ってしまった。

 相手の心を利用する、悪魔的発想に。

 この状況で、少女を傷つけずに白衣の男と軍服の男達を殲滅する方法を思い付いてしまった。


 アギタの身体は、意識を自覚しないままに目の前の死体を漁っていた。

 そして死体が持っていたマシンピストル二丁とアサルトライフル。

 それにブリキ板を手に入れた。


 銃の扱いなら修業時代に覚えた。必要なのは、花火を見る欲求だ。


「なあ、少女。お前の身体、少しだけ借りるぞ」


 アギタの言葉に、少女はまたもゆっくりと頷く。

 彼の口元は歪に曲がっていた。





  次回:パンオプティコン④

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