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花火師アギタの逃走記《ピロウトーク》  作者: 烏賊ミルハ
第一章 ~爆弾男の受難~
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ハイウェイ・ヒプノーシス④


「これからミスビットレイ、あんたを『ブラッドビート』で完璧に潰す。それからまた保険としてメトロノームをお前に使う」


 ラトは完全に言い切った。

 ビットレイが、やっと動くようになった義眼で上を向くと、ラトの指は既にペグにかけられていた。


 このままでは思考が回らなくなるレベルまで力を抜かれるかもしれない。

 なんとかしなくては。

 ビットレイはあらゆる対策を考える。しかし思いつくほとんどは体が満足に動く場合の策であり、自由の対義語を体現したビットレイの身体ではおおよそ達成でないものばかりであった。

 動くのは、指。肩。眼球。思考。

 それと、予想ではあるが、体を浮かせられないほど脆弱な『双盾王ストリーキング』の盾。


 (……盾?)

 ビットレイは扉の方を見る。そこにはラトに投げ捨てられたメトロノームがあった。

 ラトが部屋に入ってきて、最初に『拘束症候ハイウェイ・ヒプノーシス』を使った位置に、メトロノームがあるのだ。

 そして、初めて力を抜かれた時と、ビットレイの位置は変わらない。その場でへたり込んだのだ。

 つまり、ビットレイとメトロノームの間は、ちょうど三メートル。


 (…………)


 静かなる思考。

 その中で思いつく、自傷的作戦。

 かつてアギタにやられた、自信を犠牲にした策。


 (やるしか……ない)


 『双盾王ストリーキング』、発動。

 扉の前に盾を召還する。二つ召喚することもできるが、今は一つ分の制御に集中しなければ体力が持たない。

 蒼く光る眼で指メトロノームを見据える。彼女の眼に血管が通っていたなら、きっと酷く血走っていたことだろう。


 全力で、しかし慎重に盾を動かし、指メトロノームに寄せ――――

 コン、と静かに当てた。

 それからもう一度盾で指メトロノームをノックする。

 二回触れることで、身体からほんの少しだけ力が抜ける。


「聞き惚れなァ! ブラッドォォビィイイイイィィトォォ!!!」


 そして爆音が訪れた。


 近距離で『ブラッドビート』を放たれ、聴音装置が狂いそうになる。人間であれば鼓膜に穴が空いていただろう。


 が、力が抜かれることはなかった。


 これがビットレイのとれる最善策だった。

 指メトロノームから受ける刺激は体から力を抜く。

 しかし『拘束症候ハイウェイ・ヒプノーシス』の効果にならうのであれば、二撃目以降は、一撃目と二撃目によって作られたリズムに合わせなければ効力をなさない。

 それをビットレイは利用した。


 早い話が、ビットレイは自分から指メトロノームに二回触れてリズムを創りだし、ブラッドビートを『拘束症候ハイウェイ・ヒプノーシス』の自分の効果外に出したのである。

 ラトいわく指メトロノームも対妄神兵器らしかったので、触れるのは盾でも問題はない。

 ビットレイは自分から身体の力を抜き、あたかもブラッドビートを前に敗北したかのように見せかける。


「んん~、これで十分は動けないな」

 ラトは満足げに言う。


 このまま時間を稼げれば、背後から不意打ちできる。

 と、廊下から誰かのかすかに足音が聞こえた。


 その瞬間、ビットレイは戦慄した。

 アナウンスによって船員と乗客ははけた今、船内で、足音をなるべく殺そうとしながら移動する者はほとんどいない。

 ビットレイを助けるためにやってきたアギタかハーウェイだろう。


「オイオイオイ。こんなバァーッドタァイムリィにやってくる奴なんてのは、ハーウェイの野郎かアギタっつー奴だろ。ミーにはあと一発ブラッドビートが残ってるからな。確認次第ぶっぱするぜ」


 ラトは休憩室の角に立ち、扉とビットレイが同時に視界に入る位置に入る。

 足音が近づいてくる。

 このままではハーウェイかアギタが戦闘不能にされてしまう。そうしたなら、落ち着いたラトは宣言通り『拘束症候ハイウェイ・ヒプノーシス』を発動しなおして指メトロノームで再度力を抜き始めるだろう。

 今の自分はラトを襲えない。今の『双盾王ストリーキング』の盾でアギタかハーウェイを防衛しようにも、ブラッドビートの音は防ぎきれないし、盾でラトを攻撃するほどの力はない。

 せめて『拘束症候ハイウェイ・ヒプノーシス』を解除させられればこの問題を根本から解決できるのだが。


 ビットレイは自身の力不足を恨む。

 自分の『双盾王ストリーキング』は盾ではないのか。


 守るための力ではないのか。

 アギタ、そしてハーウェイを守るのではなかったのか。


 徐々に戻ってきた思考で自責しながら、それでもあきらめずに対抗策を考える。

 船内で聞いた、『拘束症候ハイウェイ・ヒプノーシス』に関するあらゆる会話が、狼狽する彼女の脳を走る。


 ――『拘束症候ハイウェイ・ヒプノーシス』、エクスタシー……


 ――ほら、早く発動し直して……


 ――自分から言うわけ、ないだろ! 『拘束症候ハイウェイ・ヒプノーシス』、エクスタシー!……


 ――この盾は法則そのもの……


 ――あーもう! 『拘束症候ハイウェイ・ヒプノーシス』、パッション!……


 ――『拘束症候ハイウェイ・ヒプノーシス』とは貴方の能力……


 ――『拘束症候ハイウェイ・ヒプノーシス』、パッション……


 ――能力を設定し直したところで……


 ――ほら、早く発動し直して……


 そして組み立てられる、一つの仮説。


 (…………まさか)


 ビットレイは全身の体力を使って口と喉と横隔膜を動かす。するとかすかではあるが声が出た。

「あ……あ……」

 ラトに届かず、ましてや扉の向こうにいるハーウェイかアギタに忠告を促せるはずもない。が、ビットレイにとっては好都合だった。


 扉の小窓にハーウェイの顔が写った。船内の探索を担当したのはハーウェイの方だったようだ。

 ラトがペグを握る指に力を込める。

 そのタイミングを見計らい――


 彼女はただ、万力のごとき力を込めて、

 ぼそりと、


「……『拘束症候ハイウェイ・ヒプノーシス』」

 ラトの能力名を呟いた。


 次の瞬間、扉が乱暴に開かれた。殴る様に開かれたため、今のハーウェイは『三重フィスト破拳フィート』を発動している状態のはずだ。


「だがよ、その能力はミーの技の前には全く意味はねえ! とっとと喰らって酔いしれな! ブラァアアアッッッドビィイイト!!!」


 ペグが抜かれ、本日三度目の爆音が鳴り響く。

「これで二人目完りょ――――」


 言おうとするラトの顔面がハーウェイの拳にぶち抜かれた。


 悲鳴を上げる間もなくラトの体が壁に激突した。

 更にそこからハーウェイはラトの首根っこを掴み壁にぶつけ、壁をラトの後頭部に擦らせながら振り回し、しまいに床へと叩きつけた。


「オ……オイ……なんで、『拘束症候ハイウェイ・ヒプノーシス』が、効かな…………」

 間髪入れられた頭部への衝撃にラトは、消えかかっているだろう意識の中でビットレイを睨んだ。

 (私を、疑っているのですね?)

 ビットレイは微かに頬の筋肉を動かし、ラトに分かるように、


「『拘束症候ハイウェイ・ヒプノーシス』――私が言ったんです」

 自慢げに言った。


 その声が届いたのか届いていないのか、ラトは眉を顰めてから、白目をむいた。

 彼女の予想ではラトは戦闘不能。

 つまり勝利。

 ハーウェイを守れたのだ。




 ビットレイの仮説曰く、『拘束症候ハイウェイ・ヒプノーシス』はリズムをリセットするたびに能力を解除しなければならない。

 その解除する条件が、今回のビットレイの勝利と直結したと言っても過言ではない。

 ラトの能力の解除条件――それは『誰かが彼の能力名を口にする』ことである。

 そうビットレイが推測できた最初の場面は、彼女がラトの能力名を聞き返した時である。

 『拘束症候ハイウェイ・ヒプノーシス』エクスタシー、と言ってから、彼女が能力名を口にした後にもう一度同じことを言っている。これは彼女の発言によって能力が解除されてしまい、再発動しなければならなかったからだ。

 また、その後能力名を口にしてからは彼は一端リズムの攻撃を止め、刺激のリズムを与え始めたのはまた能力名を言ってからだった。


 他のヒントと言えば、セイヴが彼の能力名を口にした時にラトが不自然に焦っていた事だろうか。あれは勝手に能力を解除されて焦った、のだろう。


 何はともあれ、能力が解除されていればブラッドビートはただのうるさい攻撃だ。既に一度くらっているであろうハーウェイはひるむことなく、能力が続いていると思い込んでいるラトの不意を突くことができる。

「おい、ビットレイ。大丈夫か」

「……無事、で、よか……た、です」

「力を抜かれているのか。上でアギタが待っているはずだ。行くぞ」

 ハーウェイはラトの腰に巻きつけられたギター固定用の紐でラトの腕を固定した。これで反撃にやってくることはほぼ不可能だ。

 そしてついでにギターを回収し、ビットレイを背負って廊下に出た。

 (私は、守れたのですね)

 力ない身体でも、彼女は全力を尽くして己と闘い、結果としてハーウェイを、そしてアギタを救えたのだ。


 (――――――いや、まだ)

 ビットレイは甲板へと上がった男を思い出した。

 そしてハーウェイがここにいるという事は、アギタが甲板にいるという事である。


「アギタ……が…………あぶな、い。もう一人、い……る」

「もう一人? 協力者か?」

「どちらかという、と、ヘッドホンの方が……協力者……」

「――――そうか」

 ビットレイの言葉を聞き、ハーウェイは足を速めた。

 そうして甲板への扉に辿り着く。その時点でビットレイに力は幾らか戻っており、自力で立ち上がって歩くぐらいはできるようになっていた。

 ビットレイは背中から降り、すこしだけよろめいてから、強く足を踏ん張った。

「い、行きましょう」

「ああ」


 ハーウェイが甲板への扉を開く。


 館内に光が注がれる。


 そこには、ピロウを肩に担ぐセイヴと、脇腹を抑えながら彼と対峙しているアギタ。

 その二人を中心にして広がる、大量の死体があった。






 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 操舵室。

 貨物船は基本的に自動操縦であるが、緊急事態の際には手動操縦に切り替えて人間の手腕に進路をゆだねるため、操舵室には常に人間がいなくてはならない。そういった事情を抜きにしても、百年単位での過去に生まれた船を補強して再利用しているため、どうしても人間の目による管理が必要であった。


「フ―――――ン、フ―――――ンフーーンフ―――――ン」


 操舵室の、数々の制御装置を前で、オブジェと化した舵輪を握って鼻歌を歌う男がいた。

 男は、第三次世界大戦以前どころか、二十世紀のアメリカ海援隊の制服を着ている。

 デカダン主義ここに極まれりである。


「フ―――ンフフーーン。『解体心象ターヘルアナトミア』の奴、うまく誘導したみたいだなぁ。いいなあ、楽しそうだなぁ」


 緊張感の一切感じられない声は、しかしある種の威厳というものを感じさせた。

 真面目な表情をすれば三十代前半と判断されるであろう外見は、にやついた表情と微かに髭の剃り残しを見せるアゴのせいで五、六歳分老けて見える。

 しかし本人はそれを気にしている様子はない。

 動かない舵輪の上で手の滑らせて、自分が操作しているかのような気分を暢気に味わう。


「フ―――ン。フーン。取り舵いっぱいヨーソロー」

 適当に思いついた操舵用語をやる気のない声で発する。

 今更ではあるが、彼は操縦士でない以前に船員ではない。そもそも正式な乗船許可を取っていない。

 しかし操縦士を殺したわけではない。

 この船が出発する前日に彼の『能力』で操り、彼が望む部隊を設定させ、船内にあると予想された爆弾を探す船員を全員縛り上げて監禁し、今も操縦席の隅で、舵輪を握る男の命令を待っている。

 全て『解体心象ターヘルアナトミア』の命令通りである。


「一度はやってみたかったんだよね、操縦。いっその事手動にしちゃおうかな」


 冗談を言ってのどかに笑い、


「でもやっぱ少し退屈かな。『盗奪者フィリバスター』で遊んじゃおっか」


 ガラス越しの地平線に視線を投げた。




  次回:チェックポイント①

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