ストリーキング④
アギタは砂漠に慣れていないわけではない。むしろ中央の人間であるビットレイの数倍は、地方の地形知識に長けていた。初めて見る土地でも走るべき道には検討がつくし、バイクのタイヤを長くもたせる走り方も知っている。
「……そのはずなんだけどなぁ!」
アギタは苛立ちを禁じえなかった。
ハーバー町を出てから数分は経った。大した距離は稼げていないが、ある地点から数分で行ける場所のパターンというのはそれこそ無数で、その内の一パターンであるアギタの位置などは特定のしようがない。タイヤの跡なども風で簡単にかきけされるため足跡も追いようがない。
心のうちで言い訳をしてからアギタは再度後ろを向く。
直近のピロウと、その先に広がる砂漠。
その砂漠の中に、土煙をあげながらこちらに向かってくる一人の人間の姿があった。すでにアギタの姿を捉えたのか、真っ直ぐに迷いなく走っている。その速度は凄まじく、バイクを使うアギタとの距離を少しずつではあるが確実に詰めていた。
「くそ! 機械人間半端ねぇな!」
このまま逃げていてもいずれ捕まるだけ。そう思ったアギタは、それならばと両手をハンドルから放す。そしてバイク上で仰向けになる。
(奴との距離は二百メートルか三百メートルか、周りに何もないからわからないが……)
「『爆撃機人』!」
頭上二百メートル地点に爆弾を召還する。
仰向けのアギタの頭上――それはつまりバイクの後方二百メートル地上一メートル。
その地点に爆弾が落とされたのだ。
召喚と着弾と爆発がほぼ同時に訪れる。
耳をつんざく衝撃。
空気を震わす爆音。
それらを聞き届けてから身体をお越し、ハンドルを握り直し後ろを確認する。
そこには先程よりも右側に移動していながらも変わらずに追い続けるビットレイがいた。
「くッ……避けられるのか」
口ではそう言ったものの、心の内では理由が分かっていた。
『爆撃機人』。
この能力の、初期段階においての弊害は『頭上にしか召喚できない』という点にあった。能力を使っては走って逃げ、という戦略しかできない。白衣の男と戦った時はあまり表面に浮かんでこなかった問題だったが、チート戦によって弱点が浮き彫りになった。
逃げることに必死になりすぎて『孤細工』の発動に気づけなかった。
攻撃に連続性を作れないのだ。
せっかくの時間差攻撃も逃げていては意味がない。
その点を、ストゥープと戦った時の『頭上という概念』の気づきによって解消した。脳天を前に向けたり後ろに向けたりまた下に向けることによって爆弾の召喚位置を変えられるようになり、発動から爆発までの時間をゼロにでき、発動と同時に逃げる様な無様な真似はせずにすむ。
が、それで大きな弱点がなくなったかと言われれば、必ずしもそうではない。
機械人間のような機動力の高い相手には致命的な弱点が。
(どれだけ爆発が早くとも、どれだけ地面すれすれで召還しても)
(爆弾を召還する方向が割れてしまえば、簡単に避けられちまうんだよクソがッ!)
自分で自分の能力を責める。
脳天の向く方向がすなわち爆弾の出る方向。頭上三メートルに落としても四百メートルに落としてもその事実は変わらず、そのことがわかっていれば発動前に爆発範囲外に逃れるのは容易い。瞬間推進装置を持つ機械人間相手ならば尚更だ。
更に弱点はもう一つある。
『照準と引き金の時間差』だ。
チートを例に出そう。
彼の前に敵がいたとする。これから手の水かきに仕込んだ鉄球を伸ばして切り裂いて倒そうとする場合、次のような手順となる。
①相手を視界にとらえ、鉄球を伸ばす方向を決め、能力を発動する準備をする。
②相手が動くならばその動きを予測する。
③『孤細工』を発動し、鉄球を伸ばして攻撃する。
④敵からの攻撃があれば他の鉄球でシールドを展開して防ぐ。
万能な能力で完璧な手順である。しかし、それぞれの行動の意味だけを抽出すると、実は銃を扱う時とそう変わりない事がわかる。
①相手を視界に捉え、弾丸を撃つ方向を決め、銃を構える。
②相手が動くならばその動きを予測する。
③引き金を引き弾丸を放つ。
④敵からの攻撃があれば物陰に隠れるなり銃を盾にするなりして直撃を回避する。
と、このようになる。①で攻撃の準備をし、②で修正を行い、③で攻撃行動、④で防御行動。
これからもわかるように、戦いとはこのような手順が基本となる。しかしこれらには『相手を視界に捉えられている』ことが前提となる。
だが『爆撃機人』は、攻撃方向にいる相手を視界に捉えたまま攻撃することが出来ない。脳天に眼が付いていない限り不可能だ。
そしてこの場合、②が不可能となる。更に④は相手の攻撃が見えないため非常に難しい。
攻撃の正確性だけではない。攻撃方向と攻撃距離の修正と、当然行われる反撃への対処ができないのだ。
これこそが最大の弱点。照準を覗いた状態では攻撃方向は的外れで引き金は引けず、また引き金を引こうとすれば相手の動きに対応した照準の移動ができない。
どっちつかず。
威力だけ。
周りも巻き込む。
自爆の可能性あり。
リスクだらけの能力だ。
「だから懐に銃があるんだけどな……」
アギタは胸の辺りを触り、ハンドマシンガンの存在を再確認する。これがもっとも基本的な戦闘形態に近い武器、順当な戦いをする武器だ。
確認している間にもビットレイはどんどん近づいてくる。
三十メートル。二十メートル。十メートル。
ビットレイの勢いは衰えるどころか加速度的に距離は詰まり、阿修羅をも殺す血気迫った表情が見えるようになった。
「追ってくんじゃ、ねえ!」
アギタはハンドマシンガンを取り出しビットレイの脳天めがけて引き金を引く。飛び出た薬莢に微かに残る火薬のにおいが鼻をくすぐる。利くとは思えないが相手の速度を落とすことぐらいはできるはずだ。
しかし、銃弾はビットレイの前方三メートルあたりで全て四方八方へ弾かれた。
(盾か?)
(いや、そこには何もない……はずだ)
なら何に弾かれたのか。
疑問に思ったところでアギタは思い出す。
見えない何かが存在した状況――白衣の男の『監視領域』と軍服集団との戦いを思い出す。
(あの時はどう対策したっけな)
過去の経験から活路を見出そうとするが、ピロウを盾にした過去など参考になるはずもなく、今回は今回で新たな対策を立てる以外なかった。
透明とはどういった状態か。
見えないとは何か。
逆に見えるとは何か。
脳細胞たちによる刹那の逡巡。
それらがアギタに一つの愚策を与えた。アギタはそれを行うか一瞬だけ考え、
「……やっぱやるしかねぇか」
自傷のリスクを飲み込んだ。
ビットレイとの距離、残り五メートル。
実行を決意したアギタは引き続きビットレイに銃口を向けつつ、眠るピロウを片手で寄せる。そして大きく息を吸い、
「『爆撃機人』ァ!」
脳天をほんの少し前方に傾けて能力を発動した。ビットレイの眼球がほんの少しだけ真上を見る。
しかしどこにも爆弾は現れない。端から見れば、白衣の男に使ったようなフェイクだと思う事だろう。
だが、そうではない。爆弾は確実にどこかに現れている。
そうして出来たその隙を、しかしアギタは利用しない。ただ脳天を今度は真上に向ける。
そして。
「『爆撃機人』ァ!」
肺の空気をすべて使い叫ぶ。
ビットレイの視線が一瞬だけ上を向く。
と同時に真下の地面が爆発した。
トーチカの時とは違い爆心地は深かったため、バイクが二メートル程上昇するだけで済み、一秒ほどで危なげな着地を果たした。
しかしビットレイはそうもいかない。ビットレイは機械人間ではあるが、中央の技術によって重量は人間のそれとさほど変わらない。部位によっては生身より軽い。
その体が、人間を二人乗せたバイクを二メートル持ち上げる衝撃をくらった場合どうなるかは想像に難くない。
真下で発生した爆破の衝撃で、ビットレイの身体は大量の砂と共に五メートルまで跳ね上がった。復讐に心打ばれていた彼女も、さすがにこの予想外の事態で驚きを表情に出す。
全てアギタの計算通りである。
『爆撃機人』とは頭上のライン上にしか爆弾を召還できない。しかしその距離はとても広く、上は四百メートルまで召喚できる。
なら下はどうだろうか。
頭上プラス何メートルではなく頭上マイナス何メートルという発想。
脳天を基準としてはいるが、真上ではなく真下という概念。
真上ではなくマイナス真上=真下に召喚するという新機軸。
トーチカにしたような『脳天を下に向け爆弾を地下に召還する』という面倒な手順を全てカットした技。
地下で爆弾と爆弾をぶつけた爆発を直ちに引き起こす。
「これが『奈落爆撃機人』だ!」
得意げに命名しながらアギタはバイクを旋回させて、ビットレイの姿を見る。
そこには砂塵と共に宙を舞うビットレイと、彼女の前方三メートルで、砂塵の中で不事前に開けた空間を作る盾があった。
『透明の存在』がなぜ対処しづらいかと言えば、それは空気も透明で、故に空気との見分けがつかないからである。当然と言えば当然だが、空気が透明だという前提を持てる人間はそう多くない。
しかしもしその前提に早く気付けたなら、もう一つの前提にも気づくことができる。
有色の物体が透明な空気の中で可視であるように。
透明な物体は有色の空気の中で可視となる。
そして。
(あれは……『盾』だ。一メートル半くらいある)
アギタは、対ビットレイにおける重要な手がかりを手に入れた。
次回:ストリーキング⑤




