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花火師アギタの逃走記《ピロウトーク》  作者: 烏賊ミルハ
第一章 ~爆弾男の受難~
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ビフォアバーナーとフィストフィート②

「『ハーウェイ・サイコ』。一人身の番人紛いだ」

 それだけ言ってハーウェイはまた口を閉ざした。アギタはもう少し会話をしたいと思い、先ほど助けてもらったことについて再度礼をした。するとハーウェイはまた背を向けたまま、舌打ちをしたあとに、礼はいらない、と言った。

 いやでも、とアギタが食らいつくと、今度は怒りを含んだ語調で、

「いいか、礼はいらない。俺が感謝されること自体おかしいのだからな」

「おかしい?」

「ついたぞ。俺の家だ」

 そう言ってハーウェイは立ち止まった。立ち止まった、という表現はアギタに合わせたもので、つまりアギタは言われるまでそれを家だと認識することができなかった。しかしそれは別段アギタに限ったことではない。誰だってハーウェイが立ち止まったそこを家だと思わない。


 『てっぺんに三メートル四方の板が設置された二十メートルはあろうかという一本柱』を家にするなど、想像だにしないだろう。


 そびえ立つ一本柱は白く塗られており、自然に囲まれ高い建物のないテテイ村においては異様に目立つ。錆びかけの梯子が上に延びているので、恐らくそれが上の板に行く唯一の手段なのだろう。

「上が俺の家だ。色んな素材を集めて、三年で作ったんだがな。どうだ、登ってみないか」

「登るって……落ちたら即死だぞ」

 そうはいうものの、折角のお誘いだ、ピロウの恩もある。そう考えたアギタは上ることを決心した。ただ安全面だけは保障してくれと言うと、命綱だけは渡してもらえた。


「それじゃいくぞ」

 ハーウェイは軽々と梯子を上り始めた。アギタもバイクをその場に停め、命綱の一端を自分とピロウに嵌め、もう一端を架けた。


 そしてピロウを背負いながら一段目に足を乗せようとした。

「ほほ、旅人さんかね」

 その時、後ろから誰かが声をかけた。男性老人の声だ。

「わしはこの村の長じゃ。村の者が迷惑をかけてすまなかったのう。しっかり痛めつけておくから許してくれんか」

「大丈夫ですよ。村長は何も悪くないと思いますよ」

「悪くないと思うのではない。悪くないのだ」

 アギタと村長が会話しているのを見たハーウェイが降りてきて会話に割って入った。

「村長は俺を育ててくれた。これ以上ない程の恩がある」

「なんのなんの。正義感の強い子に育ってくれて何よりじゃよ」

「……………」

 黙って会話を聞くが、どうやらハーウェイは住人として以上に村長への恩があるらしい。


「それでは、先に行って上で待っているからな。村長、今日もご無事で」

「ハーウェイもな。旅人さん、どうかゆっくりしていってやってくださいの」

 村長はまた、ほほ、と笑って去って行った。













 頂上に辿り着くまでは十分とかからなかった。

 しかしその時間以上に心労は半端ではなく、ピロウと背負いながら登ったことによる肉体疲労など比にならなかった。

「……登頂ッ」

 へばりつくように体を頂上のスペースに乗せて、眠るピロウを横に下ろしてからアギタは立ち上がる。もちろん息切れはしていたが、それにも増して心拍数は高くなっているように思えた。

 上の空間は、やはり家としての体裁を保っていなかった。

 下から見た時には上の空間は見えず、アギタは家と言われ、てっきりその『見えない上の空間』に生活雑貨等々が置かれていると思っていた。が、実際には双眼鏡などのいわゆる警備道具しかなく、服の替えどころか食糧すらもない。

 まるで監視のためにのみ作られた空間だった。


「ここから見える景色は美しい。砂漠の世界など想像もできない。だが――住人の精神は、間違いなく砂漠だ」

 伏しているアギタに背を向け、村全体を見下ろしながらハーウェイは言う。この塔(?)は村の中心にあるようで、双眼鏡と合わせれば村の隅々まで観察できる。

 ハーウェイは指で四角形の枠を作り、そこに小さな村人たちを納める。

「ここの村人はな、慣習から抜け出せずにいるんだ」

「慣習?」

「そう、慣習だ。慣習は新しい要素を拒む。変化を拒む。革命を拒む。進化イノベーションを拒む。――この村がなかなか発展しないのは、植物に囲まれているというのもあるが、そもそも村人がそれを望まないというのが大きい」

「………………」

 進化の歴史とは『新規と喪失』の歴史である。また極論を言ってしまえば、時間の経過さえもがそれに当て嵌まる。

 新規なる存在の介入によって、もしくはそれが存在するだけで何かが喪失する。物事の喪失によって、隙間という新規なる存在が生まれる。

 片方が起きれば片方も同時に発生する。これは『1+1=2』どころではない、『1=1』と形容した方が適切なほどの、必然よりも必然な必然だ。

 しかし大衆という概念は変化を嫌い、今のままの状態での良化グレードアップのみを良しとする。生みの苦しみというこのことから来る。新しい種をまかずに、自分という植物をたくましくすることのみを好むのだ。


 誰かが傷つかなければ歴史は刻まれない。普通の組織なら妥協が生まれるか主張そのものを潰すかして『歴史』が刻まれる。

 それを承知でハーウェイはテテイ村をこう形容する。

「『止まった村』――――なんて、我ながら良く言ったものだ。この村では歴史が刻まれない。進もうとすれば悪とみなされ、実を成す前に潰される。たとえそれが外部から来た者であっても、だ」

「そんなにこの村はひどいのか? 別にそんな感じはしなかったけど」

「ふん。まだ解らないか? 盗人にその子を奪われたのにか?」

「そういう人ばっかじゃないだろ」

「そういう人間ばかりだ」

 指の枠を解いて、ハーウェイは両腕を広げた。


「その子が奪われた時、ここの人間は誰一人として通報したり、直接止めに入らなかった。きっとこう思っていたはずだ。『よそ者には関わらない方が良い』『警戒していないよそ者が悪い』。そんな事を考えたうえで、俺をほめたたえることによってあたかも自分は心配していたかのように装うんだからな。もうここは手遅れだ」

「でも――お前は違うだろ」


 慰めのような、しかし真に心の底から出たアギタの言葉に、ハーウェイは微かに笑ってから、

 振り向いてアギタに顔を見せる。

 悲しみを乗せた顔だった。


「久しぶりの客だ、少し昔話をさせてくれ」


 一陣の風が吹く。

そして。


「俺は、両親をこの村に殺されている」











「前提として、俺はここで秩序の番人をしている。が、それは職業ではない。言うなれば趣味だ。この村の治安を保つのが俺の趣味で、笑顔を守るのが俺の使命だ。肉体を磨き、悪人を痛めつける。その度に俺は悦に浸り、賞賛の声への満足なんかは二の次だった。初めて取り締まったのが十三の時だったから、もう八年になるな。『守る』っていうのは、俺の本能みたいなものと考えてくれればそれでいい。


 だが、十五になって門番の職に就こうと申し出た時、問題が発生した。この村の慣習が、俺のルーツが、世界の仕組みが、俺を村の公安から突き放させた。


 ――――今まで内部の治安を守ってきたから、今度は外部からの敵から守りたい。そういう気持ちだった。

 村の老人達だって普段は俺の功績を認めてた。が、門番になると言ったその時、目の色が変わった。俺を――いや、俺のバックを忌むような目つきだった。そうして結局俺は門番になる事が出来なかった。

 ほとんど何も言われずに断られた俺は、村の歴史と俺自身について調べた。

 そうしたら、発覚した。


 俺の両親は、俺が生まれてからひと月の時、この村にやってきた『よそ者』だったんだ


 そこで俺の両親は『なにか』をやらかして、死んだ。そのあたりについてはどこにも詳しい事は書かれていなかった。だがそれで俺の、いわゆる血筋は穢れた。――穢れた血は、絶やさねばならなかった。それが村の平穏となり、変化の消滅に繋がる。だが、まだ幼かった俺には慈悲がかけられ、殺されるようなことは無かった。ハーウェイと言う名はその時に付けられたものだ。


 だから、なんだろうな。村の奴らは、俺が両親の血を継ぎ、村への復習の為に公安の職に就こうとしていると思ったようだ。実際はそんなことは無いんだけどな。停滞した現状に満足した奴らには、俺はそういう風に見えるらしい」



 ハーウェイは話し終えると、一息ついて微かに笑った。


「お前は、テテイ村を恨んでいるのか?」

「まさか。この村は俺を育ててくれた。だから門番の真似事をしたり、村を巡回して治安維持に努めている」

「でも満足は出来ていないはずだ」

「仕方がない。過去を悔やむよりも、前を見て進んだ方が実に建設的だ。そう。だからこそ――俺は、この村の現状を憂いている」

「………………」

 アギタには、ハーウェイのその語り口に嘘がないと解っていた。彼は真面目にこの村を考えている人間であり、真の意味での左翼なのだ。行動だけに限るのなら、番人という『保守の存在』というのは実に右翼的である。ハーウェイの行動が、強靭で優しい精神から導かれた行動であることは確かだ。今の話を聞いていてもそれは理解できる。だが精神と行動を分けて別々の概念として考えた場合、その二つは明らかに矛盾している。


 革新と保守。

 それらを繋いでいるのは、村の慣習。


「村の宿を使うのは危ない。今日はここに泊まることを進める」

「いや、色んな意味でここ危ないから」

 しかし盗人が現れ、それを放置する村人がいるこの村で安易に宿に泊まるというのは、良く考えなくても十分危険な行為だ。ここはハーウェイの好意を受け取っておくのが得策であった。

「じゃ、お言葉に甘えて」

「よし。それじゃあまずは下においたバイクをここまで持ってこなくてな」

 ハーウェイはそう意気込んだ。

 そのような発想が生まれる時点でアギタにとっては驚愕ものだったが、十分後にそれが実行され、何の障害もなく達成されたしまったことも充分驚愕に値した。





 同刻。

 広い砂漠のどこか。

そこで『七騎ボディーズ』が一人、ビットレイは単身歩き続けていた。

 彼女は機械人間サイボーグである。が、その性格は人間味にあふれており、今現在もストゥープの仇を討ちに砂漠を練り歩いている所だ。幸いな事にストゥープの視界映像は残っていたので、手掛かりは全くのゼロではない。彼女の高い計算能力と併せて考えれば、アギタを見つける日もそう遠くないはずだ。


 だが、彼女は焦っていた。


 『七騎ボディーズ』という機械人間サイボーグ集団には妄神としての超能力以外にもある程度の戦闘機能はついているが、それは短期戦闘を目的としたものであった。ストゥープが使った推進装置も瞬間的な加速としては優秀だが、移動手段としてはいかんせん持続力に欠ける。ビットレイはその特徴が特に顕著に表れた個体である故、単独で長距離移動する時は歩くしかないのだ。

「早く、辿り着きたいものですが……」

 心の声を漏らしてみるが、当然の如く返ってくるのは乾いた風音だけだった。今度は、はぁとため息を吐くと、はるか後方から耳をつんざくような音が向かってきた。


 キィィン、と高い音。それはやがて炎が雄々しく燃え上がるような迫力を携え始める。

 その感覚はジェット機を彷彿とさせた。


「キィイイイハァアアアアアアア!」

 遂にほぼ裏声の叫びも持ち始めた『それ』はビットレイの前方へと抜けていき、急激に上空へと舞い上がり、ゆっくりと腹から着地してきた。

 否、時速三十キロで砂の大地に叩きつけられる様は、本人にとっては着地のつもりでも、はたから見ればそれはどう見ても落下の部類だった。

 その異常行動も、ジェット機のごとき音もビットレイは知っていた。


「よォ、ビット! 一人で出ていったって聞いたから心配しちまったぜェ!」

 顔を上げ、ところどころ裏返った声で『それ』はビットレイに話しかける。そのカッコつけなさすぎる格好に、ビットレイは再度溜息をついてから『それ』に手を貸して起き上がらせる。


「心配など無用です。復讐心なんてものを持っているのは『七騎ボディーズ』の中で私だけで充分です」

「このジェンツ様の義理堅さをなめるんじゃねェぜ。唯一能力を明かしあっている中じゃねェかァ」

 服の腹の部分が綺麗に切り取られている、奇抜なファッションの好青年――『七騎ボディーズ』が一人のジェンツは歯を見せて笑った。

「……そうですね。私と貴方の仲ですからね」


 ビットレイは安堵の笑顔を見せ、ジェンツは親指を立てて答える。


「きはははァ。だからよォ、俺がちゃちゃっと『飛んで』一緒に探すっつうのはどうよォ」

「悪くないです。ぜひお願いします」

「堅苦しい事を言うなやァ。『逆墳のジェンツ』を舐めんなよォ!?」


 ジェンツは自分の周囲五メートルの範囲からビットレイを出した。彼の能力は、発動し始めにそれだけの範囲が危険にさらされる可能性があるのだ。

 そこから更に両腕を前方に伸ばす。


 そして。

「『火炎枢ビフォアバーナー』!」


 ジェンツの腹からジェットエンジンが飛び出し、勢いよく回転を始めた。

 数秒後には熱を帯び風邪を巻きおこし始め、ジェンツの身体が宙に浮く。

 そして本格的に噴射が始まるとジェンツは物凄い勢いで吹き飛んで行った。


「頼みますよ……ジェンツ」


 その様を見、ビットレイは人間らしく祈った。


 ちなみにジェンツが向かった方向は東。


 ちょうどテテイ村の方角である。






  次回:ビフォアバーナーとフィストフィート③

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