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花火師アギタの逃走記《ピロウトーク》  作者: 烏賊ミルハ
第一章 ~爆弾男の受難~
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パンオプティコン①

 時代は近未来。


 文明の進化と過去の大戦により、中央の機械化と地方の砂漠化が進んだ未来。

 

 そこでは選ばれた優秀な才能を持つ人間たちが『中央』と呼ばれる隔離エリア内で科学技術を飛躍的に革新させ、優秀な遺伝子同士で更に互いを高め合う中、選ばれなかった凡人は荒れ果てた砂漠の大地に投げ出され、とっくのとうに退廃した技術の断片を拾い集めて生きる事を強いられた。


 中央の富裕化と地方の貧困化が進んだ未来。

 中央の選民化と地方の排他化が進んだ未来。


 その世界では、或る研究が進んでいた。

 人間の最大の特徴の一つである精神ゴーストを最大限に活用するための、ある実験が。








 それは、砂漠地帯におけるありふれた昼下がりの出来事だった。


「動くな、アギタ花火師」


 白衣の男が良く通る声で忠告した。

 アギタの周囲を大量の銃口が取り囲んでいる。全て同じ型のそれらは、ひとつひとつに確実に人間を殺す威力を秘めている。アギタは実際に撃たれたことは無いが、職業柄火薬を取り扱っているので、その爆発の危険性は重々承知していた。

 両手を上げて降伏のポーズをとる彼の足元では、水玉模様のパジャマを着た少女が枕を抱えて眠っている。

 まごうことなき絶体絶命。しかし、恐怖は感じない。そんな弱小な感情なんかよりも。なによりも。アギタの魂は、得体の知れない怒りに打ち震えていた。




 アギタは、周囲一キロを砂漠で囲まれた場所に作業場を持つ花火師である。アギタというのは本名ではなく、五年前――十三歳で故郷を捨てて花火師を志した時に自ら付けた名前だった。


 花火について学ぶために、彼は師匠の下で三年修業し、二年前その下を去った後、大陸を渡り、自らの作業場を持って花火の研究と販売を始めた。最初は砂にかじりついて命を繋ぐ生活だったが、販売先が大量にできた今は、砂漠の大地でも何とか食いつないでいけるようになっていた。娯楽を『中央』に吸い取られた地方では、華々し娯楽というものに需要が有るらしい。少なくとも彼の分析眼にはそう映った。


 初めは小さなガレージだった作業場も、次々と改造を加えていった結果、今では半径十五メートルを誇る巨大な工房となっていた。とはいっても、半分以上は大量の花火の材料で埋まっているので、使えるスペースはごく限られているのだが。

全ては順調。強烈な熱を携えた彼の魂は、花火師という華やかな爆発の制作とぴったり合致していた。


 そんな日々の中、非日常は人の形をしてやってきた。


「いいや、そんなんじゃ足りない! 時代は爆発ボンバーだ、爆発ボンバー! 割火薬を増やすんだ! 貼紙はそんな厚くなくていい。でっかく派手に、だ!」

 そう言ってアギタは電話を切った。見ず知らずの人間から突然電話がかかり、美しい花火の作り方を教えてほしいと頼まれたので電話越しに指南していたのだが、話を聞けば聞くほど何もわかっちゃいない、とアギタは呆れた。電話先の相手は彼の思い描く花火の規模に全くもって到達していなかったのだ。


「ああ、もう。納期近いって言うのに時間食っちまった。しかも新作作ってやるって言っちまったしなー」

 アギタは大きな独り言を吐くと、いつも通り納期寸前の花火の中身を詰め始めた。

 すると突然、外から乾いた音と共に、花火で使用されるソレとは違う火薬の臭いを感じ取った。


 と、少女が作業場の扉を明け、その場に倒れ込んだ。


「うわっ、どうした!?」

 少女は転がり込んできたまま、倒れてから一切動かない。アギタが駆け寄って身体を揺さぶってみると、どうやら強烈な眠気に襲われているらしく、ぼんやりとした眼でアギタを見つめた。


 そして一言、


「助けて」


 掠れた声でそう言って眼を閉じ、寝息まで立て始めた。床で直に寝ているため、腰まで伸びた綺麗な金髪や、上質な布で作られたパジャマと抱え込んだ枕が土で汚れてしまっている。

 このまま放っておくわけにはいかない。そう思ったアギタは、取り敢えずその少女を作業場の中心まで運びこんだ。だが、運んでみたはいいものの、それから何をするかは全く考えていない。アギタは困り果ててしまった。


「しかし、この状態で一体どうやってここまで来たんだ? 一キロ先まで砂漠しかないんだぜ、ここ」

 アギタは一人で呟く。当然だが、少女は言葉を返さない。

 少女が何か身分証明となるものを持っていないかと考えていると、少女が枕を抱えた手に何か握りこんでいるのを見つけた。あんまり大事そうに持っているので、きっと彼女を彼女たらしめる品と思い、アギタは本人には聞こえるはずもない断りを入れてから手を開いた。

 中には音楽プレイヤーが入っていた。中央で造られたものだろうか、流線型の、随分と洗練されたデザインだ。アギタのいる『地方』では、音楽を聴く為の機械を作る余裕はなく、この音楽プレイヤーも触るのは勿論、実物を見るのさえ初めてだった。

 せっかくなので少し触らせてもらう事にした。イヤホンを片耳に当てラジオで身に着けた頭の中で操作方法を反復してから、試しに『Hypertrophy of the heart』という曲を聞いてみた。


 途端、爆音によってアギタの脳が掻き回された。

 これは音楽ではない。音ですらない。衝撃波だ。聞く人間を殺さんとする死の爆音だ。あまりの苦痛に耐えきれずイヤホンを外し、音楽プレイヤーを床に叩きつけた。


「くそっ、なんだこの音は! これが中央の聞く音楽だってのかオイ!!」

 心の内を叫んだ瞬間だった。


 大量の軍服の男達が一斉に作業場に入ってきた。二十人はいるだろうか。


 軍服の男達は突然の事態に驚くアギタに向けて銃口を向けた。アギタは反射的に両手を上げ降伏のポーズをとると、今度は白衣の男が、腰の辺りで後ろ手を組みながら作業場に入場してきた。その堂々とした振る舞いから、指揮官のような気がする。


「君はアギタ花火師でいいんだな?」

 白衣の男は静かに口を開いた。


「い、一体何なんだ。いきなり入ってきて何用なん」

 文句を言おうとした瞬間、大量のアサルトライフルの安全装置セーフティが外される音が聞こえた。






 そして現在ぼうとうに至る。

「さあ、早くその少女を渡せ」

「渡せって……それじゃあ誰か取りに来いよ」

「いいから渡せ」


 軍服の男たちが引き金に指をかけた。


 アギタにはどうしようもない状況だった。

 困り果てたアギタは、銃口から逃げるように足元で眠る少女に眼を向けた。何も考えていない様子で、気持ちよさそうに寝ている。すると、首元の肌だけ色が違う事に気付いた。綺麗な白色の中に、赤く腫れた部分がある。殴られた跡だろうか。

 暴行の跡だろうか。

 少女の発した、唯一の言葉を思い出す。


 ――助けて。


 その瞬間、アギタは自分の内で燃えたぎる怒りの正体に気付いた。

「なあ、アンタら。ちょっと質問があるんだが」

「黙って渡せと言っているんだ」

 白衣の男も拳銃を取り出し、アギタの顔に向ける。

 だが、アギタは臆さない。

「私達はその子を渡せと言っている。これ以上何か言えば君の身体は蜂の巣になるだろう。私達としてもそういった事態は避けたい」

「いいから質問に答えろ。この子のアザは、お前らが付けたものか?」


 アギタの質問には答えず――ただ一瞬だけ驚いたような表情を見せてから――白衣の男は掃射の合図として、片手をあげた。


「そろそろ黙らんと本当に撃つぞ」

「撃ってみろよ! 手前らが火花を発した瞬間に、ここにある大量の火薬に着火して火を噴くぜ!」

 その言葉に動揺したのか、白衣の男はあげた手をゆっくりと下ろす。アギタの警告は、しかしてハッタリではあったが、うまくいったようだ。


「……解った。君の質問に答えよう。その傷を付けたのは私達だ。だがそれはその子が逃げたからなんだ。私達はただその子を保護したいだけなんだ。彼女の持つ力は、使い方を誤れば大量の犠牲者が出かねない。それを私達が保護して正しい方向へ導く事が、どれだけ大切な事か、火薬を扱う君に解らないことは無いだろう」

 白衣の男は諭すように説明した。

 言っていること自体に間違いはないのだろう。不思議な力、というのは全く解らないが、軍服軍団の装備が、どれだけ強い力を制御する役目を負っているかを物語っている。

 だが、アギタは少女の言葉を再度思い出し、今までにない憤慨が溢れ出すのを感じた。


「アンタらの事情は分かった。だが、この子は『助けて』と言った。この子がそんな思いをするよう

な場所に、はいどうぞと、そう易々と受け渡す事が出来ると思ってんのか」

「どうやら君とは分かり合えないみたいだ。爆発など構わん。取り押さえろ」


 軍服の男たちが、銃を構えたまま近づいてくる。アギタはその場でしゃがみ、少女の身体を抱き上げる。『助けて』といったこの少女を守らねばならないと、彼は本能で感じ取っていた。


「……ふああ」

 いつの間にか目を覚ましていた少女が、身体を抱えるアギタの首元に手を伸ばす。


「目を覚ましたのか。安心しろ、俺が守ってやるからな」

 少女を安心させようとアギタはそう言ったが、少女からしてみれば、守れる保証どころか、命すら保証できない状況でのただの強がりとしか取れないだろう。

しかしアギタの頼りない言葉に、少女は優しく笑いかけた。眠気を掃いきれていないその目で、アギタの眼を見た。


「…………君の能力は『爆撃機人ボミングランチャー』」

「え?」

「叫んで、爆撃機人ボミングランチャー

 アギタには少女が何を言っているのか解らなかった。能力がどうとか、言っていることが意味不明だ。現実離れしている。

 だが、爆撃機人ボミングランチャーというその言葉に、アギタの精神は酷く興奮していた。


 その言葉を、叫ばずにいられなかった。



「『爆撃ボミング――――――機人ランチャー』アアアアアアアアアアアア!!!!」



 顔を上げ、喉を震わせ、口を大きく開けてアギタは叫んだ。作業場中に魂の声が響く。その衝撃に軍服の男達や白衣の男の動きが止まる。

 しかし、何の変化も起こらない。ただ周囲の空気が震えただけで、その言葉がアギタらをここから脱出させることも、取り囲む男達を殲滅してくれるような事も無かった。


「なんだ、私と同じ妄神もうじんなのか? いや、まさかな。何の変化も起きていない。ただのハッタリか」


 白衣の男は独り言を漏らしている。が、それも終われば軍服の男達によって少女は回収されるだろう。

絶望したその時だった。


 耳をつんざく爆音と共に、作業場が天井から内側へと吹き飛ばされていった。

 まるで真上から爆弾が投下されたかのようだった。


 アギタは咄嗟の判断で少女を抱え込み、鋼鉄のテーブルの下に隠れた。対して、軍服の男達と白衣の男は瞬間的に隠れる場所を見つけることが出来ず、瓦礫とブリキ板と土埃の中に姿を消した。


 激しい揺れと重々しい落下音に耐えていると、三十秒程の後にそれらは収まった。それを確認してからアギタはテーブルの下から出、枕を抱えてうずくまる少女を引き摺りだした。


「大丈夫か。動けるか」

「眠い……」

 どうやら少女は無事らしい。アギタは自分でも体に傷がついていないか確認した。どうやらガラス片による傷と土埃をかぶっていただけで、体を動かすのには全く支障はなかった。それは少女も同様らしく、ぼやけた眼は全く揺るいでいない。

一安心し、周囲を見渡すと、そこは一分前までとは全く違う景色が広がっていた。

先程まで大量の人間を含んでいた作業場は大量の破片へと変換され、辺りに散っている。


「なんだこれは……まるで爆撃後じゃねえか」

「君の能力は『爆撃機人ボミングランチャー』。君は『妄神』になった」

 いつの間にか眼を覚ましていた少女がアギタに最低限の説明を施す。


「ボミングランチャーって今作業場ぶっ壊したヤツか? それに妄神って何だ?」

「簡単に言えば、能力者の事。個人個人違う超能力を持った存在。『精神の法則化』――あらゆる感覚の進化と、固有の超能力とあと一つ…………いっぱいしゃべって疲れた。寝る」

 そう言って少女はまた目を閉じる。

 未だに分からない事が多いが、今は少女の言う事しか、この状況を解す要素がないので、アギタは黙って受け入れることにした。

 溜息をついたその時、アギタは白衣の男のある言葉を思い出していた。


 ――私と同じ妄神なのか?


 白衣の男は確かにそう言っていた。

 ならば、白衣の男も能力を持っている筈だ。

 アギタがその考えに至った瞬間、積もり積もった瓦礫の一つが上空高くへ打ち上げられた。

 その下には白衣姿が在った。


「やはり妄神だったか……何という威力。何というパワー。危うく死ぬところだったよ」

 白衣の男はポケットに手を突っ込み、アギタを睨みつけた。

「『爆撃機人ボミングランチャー』。君はそう言ったね。それはその子に付けられた名なのかな。それなら私も名乗るとしようか」

 白衣の男は小さな声で、


「『監視領域パンオプティコン』」


 言った途端、白衣の男の姿が消えた。


 と同時に様々な所の瓦礫が除けられる。しかしその下からは誰も出て来ない。この現象は白衣の男の能力によるものなのか。



 緊急事態に戸惑うアギタと、足元で眠そうに半目を保っている少女。対峙するは突然姿を消し銃を遠隔操作する白衣の男。

 自分が何に巻き込まれてたのか、アギタはほとんど理解できていなかった。

 だが、足元の少女を守らねばならないことだけは確信できていた。





  次回:パンオプティコン②

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