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花火師アギタの逃走記《ピロウトーク》  作者: 烏賊ミルハ
第一章 ~爆弾男の受難~
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パラボラとホメオタシス・ハイ①

 小さな花火祭から数日。


 天候の安定しない地方の砂漠では、花火が打ちあげられるほど澄んだ夜空を形成する日もあれば、朝っぱらから一日中砂嵐の起こす砂塵に行く手を阻まれる日もある。

 果たしてその日を予測できればいいのだが、砂に塗れた過去の技術を掘り返し再利用するのを文明の主としている地方では、天気予報どころか天候予想の知識すら確固たる歴史とそれに伴う信頼を持ったものが存在しない。いわし雲がどうとか、という考えがないのだ。


 『天候を読む技術が未発達である』。

その事実は現在進行形でアギタ達を苦しめていた。


 自分の今いる位置すら掴めない。数十センチ前方を確認するのが精いっぱいの砂嵐の中で、アギタとピロウは彷徨っていた。

 全身にローブを纏いゴーグルを付け、砂の侵入を防ぐ。それでも襲い掛かる砂塵をバイクという盾で守りながら、重たい足で一歩を踏み出す。それだけでも相当量の疲労がちっぽけな肉体にのしかかるというのに、目指すべき方向が解らないので必要以上の移動を強いられている。

「クソ……こんなんじゃ動くも動かないも大差ねえな……っと」


 バイクを押しているのはアギタ一人で、しかも背中に安眠中のピロウを背負っている。この状況で頑張れと言うのはあまりに酷と言えた。

 何もない砂漠の真ん中でアギタは浅くため息をつく。あと何時間この嵐に耐えていればいいのか。自然と足が止まる。顔を上げてもそこには灰がかった薄い黄色が広がるのみだった。

 しかし、アギタはその奥に球体を捉えた。


「なんだありゃあ……」

 『何か』で出来た物体ではない。砂のない空間があるのだ。無の空間だ。目を凝らすと、その球体の真ん中に誰かがいるのが確認できた。彼がその球体に見入っていると、真ん中の人間が少しずつ近づいてくる。それと一緒に無の球体は動く。どうやら無の球体はその人間を中心に展開しているらしい。


「あ、あのー、誰か居るんですか?」

 球体の中にいる人間はか細い声を絞り出す。アギタが手を振って答えると、今度は走って駆け寄ってきた。


 無の球体にアギタ達が入る。


 球体の中心にいたのは、ピロウとあまり齢の変わらない男だった。十五六歳と推定されるその少年は、何もない手からとめどなく砂を溢している。少年はローブは纏っているものの、無の球体の中にいるからか、顔には何も覆っておらず、男にしては長いその髪を空気に晒していた。


「あ、あなた達は、旅のお方ですか? 僕はライマイン所属の『トーチカ・ネルヴァニア』というんですけども、もし旅のお方なら質問を一つよろしいでしょうか」

「大丈夫だけど」

「わかりました。では、ここ一帯でいつも眠そうにしている金髪の女の子を見ませんでしたか?」

「ん、知らないな」


 一瞬動揺し少し言葉に詰まってしまったが、トーチカはそれに気付かずに、そうですか、と落胆の表情を見せた。ピロウを探しているのなら、この少年はライマイン所属なのだろう。背中のピロウを見せない様に気を付けなければならない。


「それより、何でお前の周りには砂がないんだ? そういう装置か何かか?」

「詳しい事は話せないんですけど、僕のまわりから砂をなくすことができるんです、はい」

「へぇ……」

 アギタは少年の言葉を踏まえた上で、もう一度少年の、砂を溢し続ける手を見る。


 (多分、自分の周りの砂を手に集めてんだろうな。もしかして妄神か?)


 自分を含めれば既に五人の妄神を知ったアギタは、その少年が妄神である可能性がある事も、能力のおおよその予想も一瞬で考え付いた。彼自身の勘も勿論の事、今までの戦闘の経験も手伝った結果の状況判断能力である。


「あ、それと、今地図持ってますか? 僕ら風に飛ばされてなくしちゃったんですけど。もし貸していただければ、一緒に近くの宿舎まで行きませんか?」

「僕らって事はツレがいるのか?」

「はい。とびきり凶暴なのが一人……」


 決して口には出さなかったが、トーチカの憂うような表情を見れば、勘の鋭いアギタでなくとも、彼がそのツレに尻しかれているのが直ぐに理解できただろう。アギタは声をかけづらくなり、早々に地図を渡した。


「ありがとうございます。それじゃあツレの所まで戻りますね」

 トーチカは方角を確認し、一歩一歩歩き始めた。アギタはピロウをバイクに乗せ、後をついていく。

かくして、追われる側と追う側の同伴行動は成された。









「おっそいわよバカトーチカ! 女性をいつまで待たせるのよ!」

 トーチカのあとに続くこと三十分。たどり着いた先で、彼のツレは腕を組んで待っていた。待たされてひどく怒っている様子だ。


「いや、ごめんって。むしろこの状況で人に会えたこと事態が奇跡に近いてててて! 痛いってレリアン! 頭をグリグリしないで!」

「バカトーチカが地図を無くしたのがそもそもでしょーが!」

「それはレリアンが後ろからどついたから……って痛い痛い痛いって!」


 レリアンと呼ばれた少女が拳骨でトーチカのこめかみを攻撃する。端から見れば、なるほどとても仲睦まじい。しかしアギタが気になったのはそんなことではない。


 腕を組んで待っていた時――そして今も、レリアンはローブを一枚足りとも纏っていなかったのだ。しかもその上で、服に一粒の砂も張り付いていない。

 中央の技術か、それとも妄神の能力か。


「で、アンタたちが地図の持ち主?」

 思案するアギタを、レリアが指差す。アギタが頷くと、彼女は、ふん、と鼻を鳴らした。

「ま、一応感謝するわ。背中に荷物かなにか背負ってるのがちょっと怪しいけど」

「こいつは俺の妻だ。宗教の関係で顔は見せられない」

「宗教? そんなものがまだあるなんて、少し関心しちゃうわ」


 それじゃいきましょ、とレリアンはトーチカの持つ地図を見、歩き始めた。トーチカの作る無の球体から出るが、やはり砂に苦しむ様子など微塵も見せない。ゴーグルなしでも目に砂が入らないらしい。


「それじゃ行きましょうか。えーっと」

「アギタだ。妻の名前は言えないが、よろしくな」

「ほら、早く行くわよ! 話ながらじゃ夜になっても着かないわ」


 レリアンは腕を組みながら、砂に足を取られる事なく進んでいった。

 その時、吹き荒れる砂の中から一枚の紙が突然現れ、アギタの顔面に張り付いた。


「ヘブっ……なんだコレ」


 アギタは顔に張り付いたソレを剥がし何が書いてあるのか確認する。

それはまごうことなき地図だった。

 端の方に『トーチカ』と名前まで書かれている。


「どうかしましたか、アギタさん」

「いや、なんでもない」


 何か後ろめたい事があるわけではなかったが、何となく言い出しづらかった。


 アギタはトーチカの地図をポケットに捻じ込んだ。





  次回:パラボラとホメオタシス・ハイ

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