第二章 『堅津海峡奪還作戦』 1
銀砂利。
それが由路葉についたあだ名だった。
後学として明らかになるが砂利とは龍元から遠く東、インディンのサーリという霊砂を指す言葉で、宗教的用語として『尊い霊媒』を指す言葉として龍元に入り、砂利という字をあてがわれたものである。
これが監獄用語で米類を指す用語として銀砂利と呼ばれるようになった経緯がある。
銀砂利・由路葉とは、食べ物に意地汚く固執する様を侮蔑するのにつけられたあだ名だ。
その発端は暮羽である。
「戦局を勘案するより、まず飯の心配とは。飯炊き竜らしい」
暮羽がそう侮蔑するのにも理由があった。
由路葉自体、何もなければ炊事場に赴き白飯を握る癖があったからだ。
暮羽としても面白くは無い。
中翼士として浪代辰貴が昇進したことにより、天穿霧揶がその同僚となる。
由路葉が作戦立案者として箴言したことにより、堅津海峡奪還作戦においては実質、指揮下に入るようなものだった。
ダダガルザ以降の空で勇名を馳せた飛竜が戦線復帰したばかりの竜霊の指揮に入るのでは格好がつかないのだ。
そのような感情を知ってか知らずか由路葉と辰貴は新造の部隊と一緒に天穿霧揶と暮羽を扱い、急遽実施することとなった堅津海峡奪還作戦を示達する。
「本作戦は堅津海峡に潜伏するリヴァイサル級水竜を駆逐し、本土との補給線を確保することにあります。堅津海峡に潜伏するリヴァイサル級を北領守護隊が有する雲竜でもって誘い出し、後方にて待機する飛竜部隊で殲滅します」
格納庫の隅に設けられた粗末な会議室でもって作戦の概要を説明する。
「雲竜には誰が乗る?それに、誘い出せたとして敵は海の中だ。逃げられたらどうしょうもない。それに、釧十から銀盤飛竜隊を呼ばれてこちらが全滅する可能性もある」
そう尋ねたのは天穿霧揶だった。
辰貴が応える。
「……雲竜には典藤を乗せる。まっすぐ飛ばすだけだから新兵でも飛ばせるはずだ。それに、試験的に運用したい兵装もあるから技術的に真っ白な竜士を載せて覚えさせたい。リヴァイサル級が浮上した後は、浮上地点を包囲するように鯨柵槍を投下し再度の潜行を阻止する。一時的な欺瞞措置だが、それで攻撃機会にしては十分な時間は稼げるはずだ」
鯨柵槍とは遠洋漁師が大型魚を捕獲する際に使用する槍のことだ。
大型魚の周囲を周遊する漁船から放り、大きく円を描きながら潜行し大きな波の移動を水霊が感知しその発端へ進む槍である。
元来、狩猟用のものであり火力は無い。
がしかし、水中で音源を頼りに潜水する水竜にとってはこれが新型の水霊三叉槍と誤認してもおかしくはない。
事実、後世の水竜戦では鯨柵槍機動を元に水竜柵槍が用いられた。
「典藤の雲竜を先頭とし、リヴァイサル級を確認後、第四飛竜隊、第二飛竜隊その直援に天穿竜士の率いる北領第一飛竜隊が入って貰いたい」
「……美味しい飯だけを食い逃げするつもりか?」
暮羽が言うのは最大戦果を由路葉ら新造の飛竜隊が持っていくのかという意味だ。
「リヴァイサル級が攻撃を受けているとなれば釧十から銀盤飛竜隊の応援があってもおかしくありません、これらからの攻撃隊の護衛を最も実戦経験の豊富な第一飛竜隊にて行って貰いたいという意味です」
攻撃部隊と対空部隊を分けるという思考は龍元には無い思考だった。
アルメリアは役割分担という意味で事実上、攻撃部隊、対空部隊という運用法を既に実施してはいるものの、戦術的に明確に分担しているものではなかった。
当然、戦場でその態様を見てきた暮羽にもその思考を理解するだけの経験はあった。
だが、暮羽は本当に由路葉がその事実を理解しているのかが判然とせず、また、個人的にも気に入らなかっただけなのだ。
辰貴は憮然とする暮羽と、俯いてその視線を躱す由路葉を交互に見ると会議を打ち切った。
「作戦決行は明朝〇三〇〇。各自、練装急げ」
アルメリア銀盤竜騎士団。
アルメリア軍の規模は騎士団で数えられる。
封建制が終了し、議会制を導入した政治体制の中にあって国防の要につく軍は解体されることなくそのままの位階でもって機能することとなったからだ。
旧来の世襲制と雇用制が折り合い、外部から見れば混沌とした様相の軍であったが、能力さえあればどこまでも重用されるアルメリア軍は優秀な軍隊ではあった。
その最たる例とも言えるのがアルメリア進駐軍銀盤竜騎士団で活躍した二人のエースの境遇である。
レンター・ブエインとランディ・オルフィード。
レンター・ブエインは上級騎士の産まれではあったが父であるハスラム・ブエインが先の精霊戦争で愚策を見せ、下級騎士に転落する。
唯一救われたのが父に先の戦争の形態を見る目があったことで、父に勧められるまま飛竜隊に志願し、実力を持ってして飛竜隊小隊長を任されるに至る。
一方、変わってランディ・オルフィードは先の精霊戦争でアルメリアに滅ぼされたミリシアの敗兵で、本名をランドルフ・オアフィールドという。
ミリシア天馬騎士団にて『炎の騎士』という異名でもってアルメリア軍を震え上がらせた経歴を持つ。
身分を偽り、敵軍へ入隊することで追跡捜索を躱したがアルメリア軍の情報部も同人がランドルフ本人であることを半ば認めている。
がしかし、レンター・ブエインの下に配備されて以降のめざましい活躍によりその位階をレンター・ブエインと並べ、上級騎士として爵位を賜っている。
アルメリア軍とは往往の戦勝軍が行うようにその功績に大きく報いることで士気を正しく高揚していた。
「しっかしま、暖房くらい持ってきて欲しいモンだね」
レンターは滑路に足を付けるワイバーンを眺めながら目を細めた。
龍をその制度の頂とする龍元と違い、アルメリアでの竜は卑しい霊獣として認識されていた。
上がる効果だけを正当に評価するアルメリア軍において評価こそ見直されてはいるものの、事実、陸軍の支援がなければ多面的な制圧活動は行えないことから未だ優遇されるには至らない。
哨戒活動を終えたワイバーンの竜殻が上がり、ランディ・オルフィードとその精霊手が降りて来る。
龍元では竜霊による竜霊手が当たり前のように存在するが、アルメリアでは単座で運用することが殆どで、ランディ・オルフィードのように精霊手を副座に載せるのは珍しい。
「よぅ!ティア!アサヒに敵さんは集まっていたかい!」
ランディの小隊は離散した敵の集合地点についての偵察を行っていたのだ。
「……アサヒは基地としての機能が失われており、残敵の集結はありませんでした」
ティア・アークリフ精霊手は淡々と事実を告げる。
「先日、報告のあったハクジュを仮の本部にしている可能性が強い」
ランディ・オルフィードはレンターとティアの間に入り、そう告げた。
ティア・アークリフはその容貌を人に見られることを極端に嫌う。
白髪赤眼、色素の抜け落ちた真白の肌は人外の美しさを持っていたがそれと同時に、本来的な産まれ方をした人間である出自を否定する。
第五世代魔導練装人間。
総じてクルステッドと呼ばれるホムンクルスで精息との相性が良く、霊媒無しでも大型火器を地上で扱え、訓練された兵士以上の働きをする。
精霊手としても優秀で、高度な火器管制や精息調整を行うことができる。
そのように、造られたからだ。
「例の変態機動をしたウンリュウか?」
「イツヨク……だったか。あれができるだけの竜騎士は今のヒノモトには数える程しかいない」
ヒノモトとは龍元の別称だ。
古くは冒険家マルサ・ホロゥの冒険記の中に出てくる『陽の光輝く元に黄金の島がある』という記述が語源となる。
世界的にはヒノモトが龍元の正しい呼び方になる。
「クリムゾンフレアはアサヒ基地攻撃の時に見ている。あとは他に誰が居る?」
「ブルースケィル、ホワイトトゥースはグランドオーシャンで撃墜している。まさかとは思うが……話だけを聞くならシルバーウィングかもしれない」
クリムゾンフレア、ブルースケィル等はアルメリア竜騎士団が敵に付けた名称だ。
龍元の竜霊剣護の竜士は自分の竜の翼に竜霊の霊紋を描くことが半ば義務づけられている。
それらを見て、アルメリア竜騎士団は龍元のエースを判別する。
逆に、アルメリア竜騎士団もまた銀盤等の他に個々人のマークを背負うことを良しとしていた。
「シルバーウィングはダダガルザで撃墜したはずだ。まさか、生きているとでも?」
「わからない。がしかし、そんな気がする」
浪代辰貴を撃墜したのは他ならない、ランディ・オルフィード本人だった。
ダダガルザ島に精息を零しながら墜落していく黄炎を確認したが、その機動は明らかに中の竜騎士が生きている機動だった。
そして、最後に見た精息の光。
相次ぐ交戦で寄って確認する暇こそなかったが、ずっと気にしていたことではある。
「だとしたら、厄介だな」
「厄介?」
「……一度死んだ人間が地獄の釜を開けて戻ってくるんだ。そりゃあ、強いさ」
レンターはランディを見て意味ありげに笑った。
ランディは視線を逸らす。
そして、釧十湾沖に係留されている第3水竜群輸送竜『レーベン』から降ろされる巨大な槍を見て目を細める。
「……ガングニール?」
「知っているのか?」
そう尋ねるレンターの声はどこか楽しげだ。
「いや、教導書で読んだことがあるだけだ。大精力魔導槍で射程、威力ともに強大だがその大きさが災いして守りづらく、発射に大量の精息を使うんだろう?」
「そうだ。ミリシア鎮圧戦の際に首都を砲撃した際に、敵の航空部隊によって破壊された経緯がある。だけど、今回はちょっと違うようだ」
「違う?」
「トドカッツ橋頭堡に運ぶんだと」
ランディは思案する。
「……なるほど。渓谷を利用した天然の防護壁と精息を収集しやすい山岳部に設置してホクリョーをその射程内に収め、制圧するつもりか」
「冬が来る前に、終わるかね?」
「……どうだろうな」