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第一章 『北領守護隊』 5

 白寿基地の大会議室では竜頭会幕が開かれていた。

 龍元軍の作戦会議は特殊な形態を取る。

 竜士らでもって基本概要の作戦を立案し、それを竜霊らが聴聞し、採択の場で再度論議する。

 戦争に従事する現場指揮官による作戦立案を元に、九頭竜学府で学んだ竜霊が確認するという機構だが、その実は現場による専門家が立案しそれを竜霊により決定を下すという過程を経ることにより、竜霊の権威を高めることであった。

 古くから続く制度で『竜意箴言』と呼ぶ。

 ――龍元が戦争に負けた遠因の一つでもある。

 意思決定が遅く、柔軟な対応を取りづらい性質を持つ。

 ことに、航空戦力に重きを置く戦局展開に柔軟な対応を見せたアルメリアに対し、龍元のそれは稚拙にも思えるほど遅かった。

 加えて長きに渡り特権階級を維持した竜霊の『腐敗』により正しい判断ができずにあったのも悪制であった原因でもある。

 だが、これは第二次精霊戦争という事案の側面で見るからの悪制に見えるのであり、元来、深く学を修めた竜霊による確認機構を設けた『竜意箴言』はその本意としては悪制ではない。

 『竜意箴言』は内政を司る龍府や司法の場にも存在し、多くの過ちを見過ごすことなく正してきた。

 但し、真に問題を理解する竜霊が携わった場合のみという条件が付く。

 「八網、月網・揶那多御竜、降座」

 竜頭会幕に集う竜霊達が一同に上座に敬礼する。

 まだ、年端も行かぬ少女が幕を割って現れ、上座の椅子に座る。

 ――八網一宇の眷属である月網・揶那多。

 龍元の竜霊にも階位が存在する。

 大竜霊一宇をその頂とし、それに天月光闇空海山幽をもって八網が続く。

 その起源は始祖一宇が八網一宇を翼下とし、龍元の守護とならんと咆哮したことがその発端とされる。

 由路葉の銀嶺燐などは、この八網から分家した竜霊であり、他の竜霊の多くが八網から分派したものか、あるいは九頭竜学府に登り人の身から『昇竜』したものだ。

「今時を解け」

 揶那多は凛とした声で告げた。

 井居武芒久中竜角は竜頭会幕に集まる竜霊に現状を説明する。

 「現在、アルメリア進駐軍は椴勝山脈中腹に橋頭堡を設立、ここに駐留するサンダーリッツ騎士団を中心に防衛網を展開しております。これを直援するのは先立って制圧された釧十に駐留する銀盤竜騎士団となります。黒檀騎士団は『ベヘモス』四十匹を中心とした練装霊獣部隊で、これらが白寿と椴勝の間、島庭平野に広く展開して防衛網を作っております。銀盤竜騎士団はワイバーン二十尾から成る飛竜部隊であり、旭日方面本部を壊滅させた攻撃力のある部隊であります」

 井居武は敵の航空戦力を攻撃力のある部隊と評価した。

 旭日方面本部壊滅の実態は主力を黒檀騎士団に傾倒させた隙に、この銀盤竜騎士団が実施した爆撃によるものである。

 指揮系統の混乱した主力は統率を無くし、進むにも退くにも困難な状況となり、辛うじて生き残った部隊で、かつ、落伍しなかった部隊のみが白寿に集うこととなった。

 それだけの壊滅的な打撃を受けてなお、攻撃力を有すると表したのは連綿と続く龍元の航空戦力を戦力とみなさない慣習によるものだ。

 その慣習の当然の結果として、現在の窮状を招いたものであるが、現在、この竜頭会幕に集まった竜霊にはその事実を理解できる者は数少なかった。

 いや、既に理解はしている。

 だが、それを認めることが困難なのだ。

 軍本営にその旨を進言したところで、痛みを知らぬ本営は未だ陸、海でもってその権勢争いを続けており、航空戦力の拡充と積極的運用に理解は及ばない。

 幾度となく進言を退けられば、人は目前にある責務に没頭することで、それらの現実から目を逸らすことを覚える。

 今の白寿基地の竜霊会幕に集う竜霊の多くがその類だった。

 ――冬までの抵抗。

 それが今の白寿基地を支える意思だった。

 「これより椴勝橋頭堡駆逐作戦を解きたいと思います」

 「解け」

 揶那多は鷹揚に告げた。

 年端もいかぬ少女を最高権者として頂くのにも理由がある。

 アルメリアと龍元の戦力比は明かであり、砲火に晒される北領での戦線を維持するのには明かな象徴が必要であった。

 それが月網・揶那多である。

 大竜霊一宇は八網の眷属から選出される。

 最も一宇に近い権勢を誇るのが天網であり、月網はその次点となる。

 月網の竜霊であれば戦死したところで、竜霊の権勢にさほど揺るぎは無いものの、かといって軽んじられる立場でもない。

 八網が先陣を切って北領を守護するに、竜誇を持って儀に応へよ。

 このような喧伝を用いねば戦線を維持できない程、龍元は疲弊しているのだ。

 「陸軍戦力を島庭平野に展開、黒檀騎士団の防衛陣を固定し、椴勝山橋頭堡に対し飛竜隊による爆撃を実施、橋頭堡を無力化した後、中央からの突撃を実施し残敵の掃討戦に移行するのが大まかな作戦概要となっております」

 井居武ら竜士が立案した作戦は旭日方面本部を奪われた際の手順をそのまま真似た物であった。

 「……敵に戦を学ぶか」

 ぽつりと、誰かが零した。

 誰もがそれを理解していたが、反論はしなかった。

 それが現在、白寿に集結した北領守護隊の取れる最善手であることを理解しているからだ。

 「御箴言下賜願う」

 井居武は沈痛な面持ちに沈む竜霊達を一瞥し、採択を迫った。

 竜霊会幕に集まった竜霊は思考を停止したまま決裁をしようとしたのだが。

 「竜咆よろしいか?」

 議席の末端から声があがった。

 由路葉だ。

 揶那多は自分と同じ年頃の娘が疑義を唱えたことに興味を持つ。

 「霊命は?」

 「銀嶺燐・由路葉、竜咆を発したくあります」

 「許す」

 許可を得た由路葉は竜咆――発言を始める。

 「相対するに理を学ぶは欲すとしますが、其は其、此は此、また理も同じ」

 下位竜霊が上位竜霊に対し意見を具申するときはその威を削がぬようにまずは相手に考えを促さねばならない。

 「解け」

 「……我軍の状況を鑑みるに、補給線を確保しているアルメリア進駐軍と北領守護隊では同じ理の元で動けば窮状を招く恐れがあります」

 揶那多は眉を潜める。

 象徴として北領に送られた揶那多には戦術、戦略に関する知識が無いからだ。

 沈黙をさらなる催促と捉えた由路葉は言葉を継ぐ。

 「まずもって、堅津海峡に展開する敵海軍を叩き、兵站を整えるべきが最善かと」

 由路葉は補給線の確保を最優先とすべきと唱えたのだ。

 ――この時の北領守護隊の判断は次の通りだ。

 無論、井居武以下、作戦立案に携わった竜士達も兵站の重要性は認識していた。

 辰貴らによってもたらされた堅津海峡に展開するリヴァイサル級水竜の存在も認知しており、全くそこに視野が届かなかった訳ではない。

 ただ、陸軍戦力を中核とした白寿基地の北領守護隊では対抗策が立てづらいこと。

 そして、堅津海峡を確保したとして、本営が送る補給戦力の程度。

 それらを勘案した上で、さらに、椴勝山橋頭堡が旭日方面本部陥落をもってして建設がはじまったこととをふまえ、敵が戦力を整える前に電撃的に打撃を与えてしまおうという魂胆があった。

 銀嶺燐・由路葉が心配しており、北領守護隊が配意していなかったのは椴勝橋頭堡奪還作戦の後の戦局である。

 お互い無傷では済まない戦闘を行った後、釧十から戦力を補充できるアルメリア進駐軍と堅津海峡を抑えられ、補充のままならない北領守護隊では明らかにその後の展開で北領守護隊が苦戦を強いられるのは必至だった。

 ――さらに深く読み解くならば。

 北領守護隊はそれで全滅してしまっても良いとすら考えていた。

 北領全土をアルメリアに占領され、月網すら戦死すれば大本営とて停戦を考えるものという目算を井居武以下の指揮竜士は目論んでいた。

 旭日方面本部を陥落された後も、敵橋頭堡を奪回し、奮闘するも全滅す。

 それであれば北領守護隊としての面目も立ち、かつ、満足な補給を送ることのできない国体に継戦するだけの余力が無いことを明らかにでき停戦までの道を短縮できる。

 由路葉の提案した補給線確保案は一兵卒剣護の竜霊が発した視野の狭い発言であると見るのがこの時は妥当ではあった。

 「中竜角、策はありや?」

 揶那多に問われ、井居武は返答に窮した。

 「水竜を叩くには地竜や鬼では届きませぬ。飛竜を用いるべきかと」

 「あいわかった。銀嶺燐、飛竜でもって堅津を奪え」

 事実はその通りなのであるが、この後、これを発端に北領守護隊の飛竜隊は数奇な運命を辿ることになる。


 書きためがあるうちは一日一話ペースであげていこうと思います。

 

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