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第一章 『北領守護隊』 2

 『冬が来れば、敵は寒さに耐えきれず撤収する』

 その撤収を待って果敢に反撃すれば勝てるというのが龍元政府――龍府の流した喧伝だった。

 北領に向かう輸送飛龍『雲龍』の中でしきりにその喧伝を吹聴する新兵を振り返り、操縦席で辰貴はため息をつく。

 まだ、成人はしていない少年すら兵士へと駆り立てて戦争をする国の未来が見えないほど、辰貴は盲目ではなかった。

 彼らとて、そのことは薄々理解しているのだろう。

 だが、安っぽい喧伝とわかっていながらもそれにすがらなければ恐怖に負けてしまいそうになる自分を鼓舞するにはそうとわかっていても唱えなければいけない。

 ――耐えられなく、なるまでは。

 「そろそろ堅津海峡です」

 計器を睨み精息を調息していた由露葉が辰貴に告げた。

 「雲泳飛行に入ろうか」

 北領は敵の航空勢力圏内である。

 航空勢力圏内であるということは即ち、敵の海軍力が及ぶ地域であり運搬飛竜である雲竜の場合、為す術もなく誘精矢の餌食となる。

 少なくとも雲の上に出れば敵の哨戒蛇の索敵を躱せる可能性がある。

 雲竜は雲の中を泳ぐように飛行する。

 あまり、高く飛行しても敵の飛竜に発見される恐れもある。

 雲の中を飛ぶのが一番、発見はされづらい。

 また、雲には敵の索敵術式――精策を躱せる効果もある。

 生物に備わる霊素に対し、精霊をぶつけて感触を手繰る策敵方法であり、第二次精霊戦争中に実用された索敵方法だ。

 これにはいくつか欠陥があり、精霊が密集する場所――水霊の住む水中や雲、火霊が顕現しているとされる火炎など――があれば精霊は通過できず索敵しづらいという難点も抱えている。

 雲の中を飛行する、というのは同時に龍の場合、飛行するために必要な風精を継げないという難点も生じる。

 飛竜の場合、飛翔するのに竜肺と呼ばれる竜体に下部に練装した肺に精息を込めて、火霊を発生させ肺気口から風霊とともにはき出し推力を得て、翼に風霊を従わせて飛翔する。

 水霊の濃い雲の中では火霊が起こりづらく、また、風霊も少ない。

 そして、雲の中に入ると龍眼から送られる映像が白く染まる。

 時に、どちらの方向に飛翔しているのかわからなくなるのだ。

 そのため、非常に不安定な飛行となり、長時間の飛行には適しては居ない。

 だが、それを可能にするのが『竜霊手』の存在だ。

 『竜霊』と呼ばれる高度に教練された精霊士が竜随に干渉し、精霊比を調整し困難な飛行を可能にする。

 兵竜――飛竜、地竜、海竜の練装された竜の総称――は『竜士』と呼ばれる操縦士がおり、そして、選ばれた兵竜に『竜霊手』が座すこととなる。

 『竜霊』とは『龍霊』――即ち、龍の霊を受け現界を執する霊とし人の身を持つ龍の化身であり、人の身である竜士より尊い存在であるからである。

 人の戦は人の手で行うべきであるが、龍はその身魄を人に貸し与え、霊魂は人の横にあり、戦場を共にし血を流す、故に龍義に反すは人に非ず。

 つまりは、『龍霊』が戦場に立たないことを非難されたくないが為、『龍霊』で家督を継ぐことのできない子息が人と共に戦うこととしたものである。

 だが、竜霊が学ぶこととなる九頭竜学府でもって龍元最高の教育を受け、専門の式術――魔導の龍元での呼称――を学んだ竜霊はその式でもって高度な兵竜操作を可能とした。

 銀嶺鱗・由露葉はその『竜霊』であり、浪代辰貴は由露葉に仕える『竜士』である。

 ダーザルゲッガ空襲、そして、ダダガルザ諸島攻防戦で飛竜士として過ごしてきた二人にはそれでも難しい雲中飛行ではなかった。

 「浪代竜士は陸竜隊の出身でありますか?」

 年の若い兵士が貨室でのお喋りに飽きたのか操縦席の辰貴に声をかけてきた。

 屈託の無い少年だった。

 年の頃なら一八、九だろう。自分とさほど変わらない。

 自分が飛竜兵となったのが一七歳であったことを考えると、長い時間を過ごしてきたようにも感じた。

 「いや、海竜隊の出身だよ」

 「では、ダダガルザ攻防戦には?」

 「ああ、元々は第03海竜隊の『富岳』に居た」

 「『富岳』では『紅閃』に?」

 「いあ、『黄炎』だった。『紅閃』に乗るはずだった由露……銀嶺鱗御竜の竜士が事故で亡くなられてな。『黄炎』の複座を急遽練装して運用していた」

 『紅閃』、『黄炎』はともに龍元の主力飛竜である。

 『紅閃』は竜霊手用の複座型、『黄炎』が単座の通常竜士用である。

 辰貴はそのいずれも操縦経験があったが、『紅閃』についてはあえて黙っていた。

 「私も今度、北領で『黄炎』を預かる予定になります。先達のご指導を頂ければ幸いです!」

 少年兵は感極まったように声を高める。

 辰貴は色々迷った挙げ句、当たり障りの無いことを答えた。

 「アルメリアの飛竜は竜剣の射程内に入ると回転して剣先を外してから大きく左に旋回して避けようとする。回転し始めた時から心持ち剣先を左に向けておくといい」

 漏らすまいと真摯に聞く瞳を向けられて、辰貴は自分がかつて持っていたものを見て苦笑した。

 その様子を見ていた由露葉がほんの僅かに微笑んだのを見て、ばつの悪そうな顔をする。

 「浪代竜士は北領でも飛竜に?」

 「……目をやられてな。飛竜は無理だ。雲竜ならまだ乗れるが……戦闘は難しい」

 辰貴は嘘をついた。

 もう、戦場の空を飛びたくはない。

 がしかし、それを今、国防の志に火を灯す若い兵士に告げる訳にもいかず用意していた嘘をつく。

 若い彼らを死地に追いやり、自らは安全な後方任務につくことに罪悪感を僅かに感じたが、それは無理矢理胸の奥に押し込んだ。

 ――辰貴が死地に居た頃に、彼らは安全な場所に居たのだ。代わってもらうだけだ。

 そう思いこむことにした。

 苦々しい顔を見られたのだろうか。由露葉の表情が曇る。

 「死して竜義に応じて、竜誇とせん。頑張ってくれい」

 「はい!」

 吐き気のする喧伝を口にした辰貴の顔を見ることなく少年兵は貨室へ戻る。

 「自分は典藤勝磨と申します!北領でも機会があれば!」

 名乗らんでもいいものを。

 辰貴は胸中でぼやきながら手を振った。

 由露葉が横で沈痛な面持ちで俯いていた。

 「由露葉……」

 「違います……哨戒機がいます」

 由露葉が竜随珠に当てた手を振るわせて呟いた。

 「聞こえるのか?」

 竜霊手は竜随珠を通じて竜の感覚を得ることができる。

 雲泳飛行をする場合、視界を塞がれた竜の感性は耳だけになる。

 「正面、機数二……距離四八〇〇……この肺音…『ワイバーン』です」

 「巻き雲が見つかったらおしまいだな」

 巻き雲とは雲泳飛行をする竜が残す雲の乱れである。

 火霊と相克する水霊が火霊を追いかけ竜に追いすがり、巻かれる雲の形状からそう呼ばれる。

 僅かに逡巡する。

 定石では下降し、雲の下を飛ぶことで巻き雲が起こることを避けてやり過ごす。

 だが、航海戦力が居た場合、間違いなく発見される。

 可能性の問題だった。

 本土と北領の間に広がる堅津海峡まで敵の海上戦力が展開している可能性は少ない。

 「降りる」

 辰貴は操竜桿を引き上げ、雲竜を降下させた。

 静かに首を降ろし、降下していく雲竜の瞳が海上を捕らえる。

 「……辰貴ッ!」

 由露葉が悲鳴のように小さく叫ぶ。

 貨室の新兵が何事かと操縦席を覗き込もうとする。

 「何があったんで――」

 「発見された!近な物に掴まれッ!」

どしゅん、と大きく空気を震わせ海を割って燐光が迸る。

 淡い緑の燐光を従えて飛来するのは精霊誘導式魔槍――精誘槍だ。

 大気を切り裂く甲高い音を立てながら緩やかな弧を描く精誘槍が光の粒子を散らしながら飛翔、上昇する。

 辰貴は竜操桿を横に倒すと、足板を踏み込む。

 急激に傾いた雲竜が横滑りするように急に高度を落とし加速する。

 翼の先端を精誘槍が抉り、激しい炸裂音が響く。

 砕け散った翼の練金装甲が飛び散り、雲竜が衝撃で横転する。

 ――いや、横転するように操獣したのだ。

 「わぁぁ――」

 悲鳴の上がる雲竜の中で、翼が折れる衝撃を機体を何度も横転させて逃がす。

 貨室の中が激しく物の打ち合う音で響き、肉の砕ける音がする。

 由露葉が必死に竜肺の推力を調整し、均衡を保つ。

 綺麗に横転を繰り返し、再び水平を保ち、辰貴は眼前の海を睨んで唸った。

 「リヴァイアサル級っ……」

 水面から僅かに背面の装甲を見せる練装水龍の姿が白い飛沫を上げていた。

 全長200間はある巨大な潜水龍である。

 鋭角的な練金外装は水霊の抵抗を受けやすいが鱗状に設けられた外殻が魚のヒレと同じ役割を果たし、結果、水中での取り回しを良くする。

背面に対空精霊誘導槍発射管6門、側面部に対衝撃殻を張り巡らし、六対一二本の竜脚にそれぞれ水精誘導三叉槍を備えている。

 大注水口を兼ねる龍口部には4号級竜咆哮を備えるリヴァイサル級潜水竜は数多くの龍元海竜を屠ってきた。

 「次撃、来ますっ!」

 「『折る』ぞ!」

 残り四本の精誘槍発射管が開き、緑の燐光が弾ける。

 燐光を吹き上げ上昇する爆散槍が雲竜に迫る。

 雲竜の後部から誤誘火光精が放出される。

 火霊探知型の精霊誘導槍が誤精に引っ張られるように軌道を変える。

 残った音精誘導式の精誘槍を雲竜は『翼』を根本から逸らして落下することで避けた。

 雲竜が居た場所で交錯した精誘槍が緑の光から紅蓮の炎となって爆散し、激しく空を震わせる。

 翼を折り、落下する形となった雲竜ははためかせるように翼を広げ、肺気口を爆発させるように風火精をはき出し、風精揚気を得る。

 ――『逸翼』と呼ばれる飛行方だ。

 精誘槍を放ち切った水龍が海面から顔を覗かせ、口腔から空に向けて竜咆哮を放たれる。

 安定しきる前に無理に機体を傾け、ぎしぎしと雲竜の練金装甲が軋む。

 貨室で響く悲鳴を躊躇する暇も無く辰貴は竜操桿を手繰り、機体を安定させる。

 リヴァイアサル級の攻撃を避けきった矢先だ。

 ――上空に抜けた精誘槍を見た飛竜が雲を抜けて現れる。

 「ワイバーン、引き返して来ます!会敵ッ!」

 「浪代竜士――!」

 新兵が何かを訴えようとするが、それに構っている暇はなかった。

 ――肉眼でワイバーンの竜影を捕らえる。

 双発式竜肺と可変後退翼式の主翼と背面にある二枚の背角が特徴的な機体で、一対二本の竜足にそれぞれ三本ずつの精誘槍を抱えている。

 竜角に火精竜剣、竜顎に二号竜咆哮を主兵装として持つ第二次精霊戦争末期に登場したアルメリアの主力戦闘飛竜だ。

 自衛用の竜剣を二振りしか主翼に持たない雲竜では相手になるものではない。

 「雲の中に逃げ込む」

 猛禽が獲物を見つけたような獰猛さでワイバーンが雲竜に肉薄する。

 竜角にしつらえられた竜剣が赤く光を放ち、震える。

 放たれた火精弾頭が大気を切り裂き火線を作った。

 雲竜の背中をいくつかが貫き、火を噴き貨室で悲鳴があがる。

 上下に交錯したワイバーンから逃げるように高度を取り、雲の中に飛び込む

 追ってワイバーンが雲の中に入り、雲竜を追う。

 ――雲の中といえど、全くの無視界ではない。

 肺気口からはき出される精炎の光や、減衰した精策波で索敵が可能なのだ。

 ワイバーンがぐるぐると周囲を回り、雲竜を探す。

 風精を継ぐ為に雲の上空に浮かび、そして、巻き雲を見定めてその進行予測先に降下する。

 そして、竜剣の火弾をはき出しては雲竜を削る。

 辰貴は雲の中で飛竜を横に滑らせ火弾を逸らし、由露葉は肺気口からはき出される精炎と精霊比を調整し、限りなく失速するギリギリの領域で機体を制御する。

「……小南田ッ!しっかりしろ小南田っ!」

 貨室で混乱し悲鳴を上げる連中に気を持っていかれそうになる。

 自分も喚くことができればどれほど楽かと思い、憎く思いながらも由露葉は辰貴を見た。

 辰貴は静かな目で竜眼から見える敵の姿を監察していた。

 ――雲竜とワイバーンの違いは低速域での揚気安定性である。

 運搬用飛竜の雲竜はその特性上、広く主翼を広げており、戦闘飛竜であるワイバーンは比較して小さい。

 高速域はワイバーンに圧倒的な軍配があがるが、低速域では雲竜の方が安定する。

 雲竜の最低速度を下回る速度で飛行すればワイバーンは揚気を失い失速する。

 ワイバーンは攻撃に失敗すれば旋回し、再度、後ろや前から攻撃位置を取り直さなければならない。

 ――圧倒的に不利ではあるが、機会はそこにしかない。

 辰貴は粘つく唾を飲み下すと、雲の上に出る。

 「被補足!槍!」

 「逸らす!」

 頭を出した雲竜めがけワイバーンの精誘槍が放たれる。

 瞬間、翼を畳んだ雲竜が雲の中に沈む。

 ――上空を通り抜けようとする、ワイバーンの腹が見えた。

 躊躇無く竜剣の引き金を引く。

 放たれた火精が雲を破りワイバーンの片肺を貫き、破った。

 零れ出る精光が黄緑の光を散らし、追って精炎が破れた穴から伸び上がり練装を焼く。

 「下、もう一尾!」

 気を配っていたツモリだった。

 雲の下から攻撃しようと上昇してきたワイバーンと交錯する。

 ワイバーンの竜士――アルメリアでは竜騎兵と呼ばれる――も、雲竜が翼を畳んでいるとは思わず、降下速度を誤り攻撃の機会を失する。

 雲を抜けて翼を広げ、激しく精炎をはき出し均衡を取った雲竜はそのまま再び雲の中に飛び込む。

 「え、あ!…真上っ!」

 宙返りして再度攻撃しようとしたワイバーンと雲の中で再びまみえる。

 竜咆哮が煌々と紅蓮の炎を含み、吐き出さんとされる。

 「きゃぁああっ!」

 由露葉が悲鳴を上げ、目を瞑る。

 貨室が兵達の悲鳴で埋め尽くされ、辰貴は恐怖の中で操竜桿を倒した。

 ――吐き出された竜咆哮が赤黒い炎となって雲龍に迫る。

 その場で横転を始めた雲竜の腹を焼き、交錯しようとしたワイバーンの首を横殴りに、雲竜の翼がへし折った。

 同時に雲竜の翼がひしゃげ、折れる。

 上空に抜け、遅れて海面に突き刺さった竜咆哮が盛大な水柱を上げ、追いかけるように首を折られたワイバーンが墜落してもう一本、水柱を作った。

 計器類が滅茶苦茶な動きをし、機体がばりばりと震える。

 それでも操竜桿を手繰り、速桿を押し込み機体を安定させようとする。

 「由露葉!精霊比!繰り返し逸らせる!」

 ――辰貴が叫ぶが、恐慌に陥った由露葉が正気を取り戻すことは難しかった。

 気の遠くなりそうな時間だった。

 何度も何度も翼を畳み、広げる。

 ――文字通り、羽ばたいて均衡を取ろうとしていたのだ。

 「飛べっ!飛べ!くそっ!飛べったら飛べよっ!っガああァッ!」

 片翼が半ばから折れた状態では速度比を誤れば即座に均衡を崩す。

 「怯えないで!竜がっ!この子がっ!」

 由露葉が泣きながら叫ぶ。

 竜肺口から吐き出される精炎を速桿で操り、竜鐙で偏向膜を休むことなく動かす。

 そうして、不格好なまでに空を飛び続け、雲を抜けた先に見えた。

 ――龍元北領。

 第二次精霊戦争でダダガルザに次ぐ、激戦地である。


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