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第三章 『椴勝橋頭堡攻略戦』 9

 島庭平野の決戦は熾烈を極める。

 両軍が放つ槍が地面を抉り、剣劇の燐光が空を赤く染め上げていた。

 もうもうと立ちこめる土煙の中を黒檀騎士団の軽騎兵が魔槍を構え、走っていた。

 視界の効かない戦場で部隊とはぐれたのだろう。

 混乱した戦場ではよくある光景だった。

 騎士は土煙の向こうに、うっすらと姿を現す人影を認めると槍の穂先を向ける。

 力強く突き出した槍の先端から励起された雷精が迸り、雷光が土煙を爆ぜさせた。

 再び巻き上がる土煙と爆炎に騎士は注意を傾けるが、ふと、陽がかげったことに違和感を覚え、空を見た。

 鬼が飛んでいた。

 赤く染め上げられた甲冑に身を包んだ龍元の『鬼兵』と呼ばれる練装歩兵が、手にした太刀を振るい上げた。。

 騎士がとっさに抜きはなった魔剣が精光を放ち、弧を描く衝撃を鬼の胸元に伸ばす。

 『赤鬼』の胸の上を抉る精光を押しつぶし、『赤鬼』はそのまま太刀を振り抜いた。

 練装された甲冑を重さに任せて叩き斬り、燐光の間から鮮血が噴き上がる。

 赤い練装を黒さを含む赤色に染めて、鬼は返す刀で首を刎ねた。

 地面に力なく倒れる騎兵を見下ろし『赤鬼』――丘嶋ははやる鼓動を抑え、再び身を低くしながら自軍へとじりじり後退する。

 絶え間なく放たれる槍が、遠くに突き刺さり盛大に燐光を巻き上げ爆発する。

 衝撃に吹き飛ばされた丘嶋はごろごろと地面を転がり、身を低く伏せた。

 いくつもの槍が地面に刺さり、爆発をあげてゆく。

 そのどれかが至近に落ちれば、自分は死ぬだろう。

 丘嶋はぼんやりとそんなことを考え、槍が止むのを待った。

 槍の直撃を喰らった味方の腕が血を散らしながら丘嶋の顔に振る。

 無造作に投げ捨て、僅かに顔を起こすと、遠くで下半身から上を無くした赤鬼の甲冑が赤黒い血を盛大にぶちまけて黒く焦げていた。

 恐怖を感じる感覚をどこか遠くに置いてきた丘嶋は地面に寝そべったまま、空を見あげる。

 青い空に似つかわしくない飛竜が、火線と燐光をまき散らしながら戦っていた。

 ――あの二人もいるのだろうか?

 ダダガルザからの帰還兵である浪代辰貴と銀嶺燐・由路葉を思い出す。

 この戦場も地獄ではある。

 がしかし、それでもだ。

 人が人でなくなるダダガルザに比べれば、このまま死ねるのは良いかもしれないと思えた。

 「生きてるか!生きておるかや!」

 誰かが丘嶋の肩を叩いた。

 初老の陸軍兵で『羅刹』練装に身を包んでいる。

 黒光りする甲冑を燐煤で白く染め、戦場に高揚しきった顔をしている。

 生きている者を見つけられた喜色に浮かぶ顔を見て、丘嶋はどこか滑稽に思えた。

 「惚けておれば死ぬるぞ!掴まれっ!」

 その様子を戦場で現実を直視できず惚けているものと取った陸軍兵は丘嶋に肩を貸し、戦場を歩き出す。

 「死んでおらなんだら戦える。まだまだ、アルメリアの白豚どもを殺せるじゃあ」

 血に酔っている。

 あるいは、ハシシを服用しているのかもしれない。

 引きずった足の練金装甲の間から流れる血を見つめ、丘嶋は冷めていく感覚を覚えた。

 戦場で殺される人間を人は選ばない。

 生きれば生きただけ苦痛が長く続くし、恐怖は募る。

 どれほどの人間であろうと暴力の雨と爆風に晒されればその勇ましさは吹き飛ぶ。

 ほんの数刻前まで言葉を交わしていた人間がただの血袋に変わるのは一瞬だ。

 どれほど優れた人間でも暴力の矛先がほんの少し掠めるだけで死んでいくのが戦争だ。

 つきつけられた現実に耐えられる程、人間は強くはない。

 その現実の中、人間はじっと息を潜めて暴力が過ぎ去るのを待つか、あるいは現実を見ないために目に見えない何かを見つめる必要がある。

 臆病さを殺すには、誇りか、血か、薬に酔う必要があるのだ。

 逃げた他の兵士ほど臆病にもなれず、かといって、血や薬で自分も殺せず、また、息を潜めて過ぎ去るのを待つのにも飽きた丘嶋はふと自分が何を行っているのかわからなくなった。

 ――ダダガルザよりは幾分マシか。

かつての地獄を思えば、あっさり死ねるだけ、この戦場はマシなのだろう。

 多くの人間がそうするように、丘嶋は戦場の流れというものに身を任せることにした。

 死ねる時には、死ねるのだから。

 「しっかりせえ!味方じゃ!味方じゃぞ!」

 爆風の無い塹壕に同じように煤けた『赤鬼』に身を包んだ小隊を見つけた。

 転がり込むように身を塹壕に滑らせると、絶え間なく響く爆音の中で何か言葉を交わす。

 何を喋ったのかは覚えていないが、何をするのだけは理解した。

 「味方の投槍後、再度、突撃を試みる」

 指揮を執る隊長が死を覚悟した声でそう告げた。

 丘嶋は従順に従う振りをして、後ほど、隊列を離れようと考えた。

 既に、逃走した兵も多い。

 ダダガルザに比べ、北領はどこに逃げても苦しくても生きていける。

 そういう意味では、丘嶋の気持ちはどこか楽なものがあった。

 だが、槍の爆発に巻き込まれたりした場合は別だが。

 赤く染め上げられた練金装甲の強化鎧が精気を励起する唸りを上げる。

 手に握った太刀はそれでも青白い燐光を上げ、澄んだ音を立てて震える。

 上空では互いの航空戦力が火線を交えている。

 若干、龍元が押されてはいるものの、ほぼ拮抗した航空戦力は互いに決戦打撃を行えずにいる。

 丘嶋はふと、ダダガルザから帰還した二人を思い出した。

 爆散する飛竜が空を群青に染め上げる中、正中を越えた陽光が眩しく輝いていた。


 第一飛竜隊先任牙士である登汰鉄星は島庭平野の上空で地上の惨憺たる状況を僅かにのぞき見た。

 敵の砲撃に突撃部隊が晒され、逃げる味方に敵の追撃が追いすがる。

 防御陣を構築しつつはあるが、それでも敵の追撃は激しい。

 ――上手だ。

 基本的な戦術概論を履修したことのある登汰は布陣を見てそう思った。

 戦場でもっとも大事なのは『精緻などんぶり勘定』である。

 敵、味方、天候等の状況を正確に受け止め、必要な場所に必要な戦力を送る。

 それは状況を細分化した歩兵戦、飛竜戦にも当てはまる。

 先の大戦から飛竜を飛ばし続けていた登汰はこの決戦の采配を振るう、井居武中竜角の戦術眼に感心する。

 一見、壊乱しているようには見えるが、その実、後方では『顎震』がその射程に追撃隊を捕らえている。

 もう幾ばくもすれば、出過ぎた敵の追撃隊に竜咆が降り注ぐだろう。

 そうなると、敵の決戦戦力の一つである機動力を奪うことができる。

 となると、敵はその決戦打撃を自ずと『轟牛』、或いは『ガングニール』に頼らざるを得なくなる。

 導慧の強力な通信機能により、万端とはいかないまでも今までに無い精密な指揮を送れている。

 登汰はちらりとその紫のずんぐりとした飛竜を見た。

 夜精を放ち、周囲に『黄炎』を従えた雲竜がその赤黒い瞳を青い空の中で爛々と輝かせていた。

 「先任!後ろ!」

 ――余計な事を考えた。

 舌打ちし、背後に回った『ワイバーン』を目視する。

 漆黒の飛竜がその顎を開き、『黄炎』に追いすがる。

 加速しながらゆるやかに横転し、その剣先を外し、一気に失速する。

 追従していた『ワイバーン』が思わず『黄炎』を追い抜き、旋回しながら加速する。

 そこをその更に後方から追従していた味方の『黄炎』の竜咆が襲い、貫いた。

 「左翼側の敵が厚い。向かうぞ」

 「はい」

 自分を救ったのは自分が鍛えた新兵の一人だった。

 褒めるのも礼を言うのも後で良かった。

 短い期間しか相手にしてはいないが、そのくらいのことを理解できるまでにはしごいたつもりではあった。

 導慧を中心とした龍元飛竜隊は導慧の発する夜精に紛れて円盤騎士団の猛攻を耐えていた。

 質、量に圧倒的に劣る龍元の飛竜隊を支えたのは元、第一飛竜隊に在籍していた登汰ら先任下士官が新兵を引っ張っているからだ。

 「……桂士、見えるな。敵のエースだ」

 導慧の左翼遠方に青い空には異質すぎる薄い緑色の練装を纏ったワイバーン、アトルシャンが三匹の黄炎を相手に立ち回っていた。

 その三匹に喰らいつくように他のアトルシャンが追いすがる。

 「茂地、根堅、深く追うな」

 登汰の黄炎が追いすがるワイバーンを飛竜刀で切り捨てると、皆が、一斉に引き、夜精に紛れた。

 攻めあぐねるアトルシャンの中で、レンターは唇を舐める。

 「……練度不足の新兵に混じって、高度な技術を持つ熟練兵が混じっている。下手じゃない。深く追えば、囲まれる。機を待て」

 指示を飛ばし、功を焦る部下を叱責する。

 これが最後の空戦になる、そういう思いが銀盤騎士団の中にはあった。

 この戦争を経て、アルメリアは覇権国となり、彼らの行き場はおのおのの胸にあるウィングマークの星の数に依ることになる。

 誰もが必死になるのも訳があった。

 「龍元の『グランドパープル』に仕掛ける。来れる奴は、来いッ!」

 レンターは銀盤騎士団の指揮官であった。

 彼らを従え、檄を飛ばし、誇りを与えねばならない。

 そして、エースなのだ。

 アトルシャンの竜肺を爆ぜさせ、黄炎の編隊の間を切って飛ぶ。

 夜精の中、急に眩む視界の中、煌々と光る『黄炎』の瞳の向く先だけを見て、飛翔する。

 飛竜刀、精霊槍、竜咆が次々と迫る中、レンターはアトルシャンの翼を島庭平野の空に翻らせた。

 上昇するだけ上昇して、夜精を振り払い、眩しい陽光がレンターの瞳を焼き、背後から追い抜いて行く刀剣、槍を見送る。

 アトルシャンから、追いすがる黄炎、そして導慧が一直線に並ぶ。

 「『タムリン咆』……発射!」

 アトルシャンの顎が開き、魔法陣がその顎先から広がる。

 まるで少女が竜の首を撫でるような紋様を描く式術の中、竜咆が青白い燐光を渦巻かせる。

 「避けろっ!」

 登汰はそう叫びながら既に『黄炎』を横転させていた。

 大気が歪み、耳障りな甲高い音と、鼻に据える匂いをまき散らし、それは避け遅れた『黄炎』を溶解させる。

 ――式水晶に竜咆精を充填させ、光精に変換。位相を揃えた光精は高速、不可視の剣となって伸びる。

 アトルシャンは透明の剣を咥えたまま、横転し首を巡らす。

 振り回された剣が黄炎の翼を焼き、導慧の背中を掠める。

 夜精を振りまく亀甲が軋み、吐き出される夜精が断続的になる。

 「……敵の目くらましを潰した。だが、油断するな。敵は強い。我々はもっと強くあらねばならないことを忘れるな」






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