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第三章 『椴勝橋頭堡攻略戦』 4

 士官室でくつろぎながら、暮羽から話を聞いた霧揶と辰貴は大きな声で笑った。

 「笑い事では無いッ!いみじくも月網様を愚弄したのだぞっ!」

 確かに、当時の龍元からすれば笑い事ではない。

 一歩間違えば不敬罪として死罪にされても不思議ではない。

 だが、飛竜隊――これは驚いたことにアルメリアや龍元を問わず、どこの飛竜隊にもあてはまる――で問われるのは実力が全てであり、実力があれば無礼な振る舞いであっても許される気風があった。

 逆を返せば芽李のような日常では凡庸としている竜霊であっても実力さえあれば重用される。

 銀砂利、飯炊き竜と揶揄されてもディラガニールを撃沈した銀嶺燐・由路葉と浪代辰貴はやはり、飛竜隊の中では一目置かれてしまう。

 暮羽も実力だけは、由路葉を認めていた。

 同席した達磨は顔を青くしていた。

 「浪代竜士、自分は一体どうすればいいんでしょうか」

 「雲竜……じゃなくて導慧の仕様を厳しく教えてやりゃいいじゃないか」

 支援用に改修された雲竜には新たに導慧の名が与えられていた。

 いみじくも月網が御添乗される飛竜が他の雲竜と同じ名称で呼ばれることがあってはならない。

 「冗談じゃないですよ」

 けらけらと笑う辰貴に達磨は震える声ですがった。

 「あながち冗談でもなかろ?あれは竜霊手がおらねばとてもではないが動かせるものではあるまい」

 芽李は確認するように、由路葉に尋ねた。

 「はい。導慧は竜霊手を前提とした飛竜なので揶那多様にはその全てを覚えて貰わねば困ります」

 「よくわからんのだが海軍ではあのような飛竜を用いるのか?」

 「……哨戒用に精策を雷探に変えることはあります」

 ――本来は自分たちが使う予定であったことは伏せておいた。

 典藤達磨は救いを求めるように天穿霧揶を見る。

 「月網って言えば八網ですよね?どう話せばいいんですか?」

 「普通に喋ればいいんじゃないか?俺に聞かれても困る」

 「無礼を働けば即、逆貫ものだ」

 霧揶に被せるように暮羽が告げる。

 ――逆貫とは古くから龍元にある、喉を突いて死ぬ自刃作法である。

 達磨はいよいよもって進退窮まり、その進言者である由路葉に視線を向ける。

 由路葉は辰貴の隣に腰掛けていたがその視線に気がつき笑む。

 「竜霊といえど、所詮、人ですよ。辰貴が言う通り、厳しくしてあげてください」

 この発言に暮羽が驚く。

 「銀嶺燐!」

 ――竜霊を人と同列に並べるというのはこの当時の龍元では非常識である。

 ましてや相手は八網竜霊である。

 由路葉は澄ました顔で辰貴を見上げ、暮羽を避ける。

 「ま、生き延びるためにゃ使えるモンは使えるようにしとかないとならないからなぁ。揶那多様といえど使えないと俺らが困るだろうさな」

 「竜霊が竜霊ならば竜士も竜士か!」

 暮羽は毒づきこそすれ、それ以上は言及しない。

 ――実は暮羽が最も飛竜隊の気風を持ち合わせた竜霊である。

 「まず、午後の哨戒からは一緒に飛んでもらおうや」

 ――飛竜隊は必ず、一小隊単位で哨戒につく。

 それは新兵としての達磨も同じだった。

 「哨戒中にみっちり仕込むつもりでいるから今のうちに覚えられるものは覚えておけ」

 「……それなんだが、椴勝橋頭堡攻略戦の前に一度部隊をバラしたいと思う」

 そう進言したのは霧揶だった。

 「なんだ天穿。第一飛竜隊を崩すとでもいうのか?」

 暮羽が訝しむが、霧揶は頷く。

 「ああ。第一飛竜隊はダダガルザ以降の熟練が多い。新しく入った新兵の教導と引率に今日から当てておく。そうしなければおそらくは、椴勝橋頭堡攻略の際に支障がある」

 「言っている意味が良く理解できん」

 霧揶は辰貴と芽李を交互に見て、芽李に説明を求めた。

 芽李は意を得たと言わんばかりに説明を始める。

 「椴勝を正面から落とすのは得策ではない」


 レンター・ブエインとランディ・オルフィードは椴勝橋頭堡南東に伸びる勝白川にかかる渓谷の上空を飛行していた。

 「……なぁ、ランディ。どう思う?」

 「俺がシルバーウィングなら、ここを飛ぶ」

 「本当にそう思うかぁ?」

 「……お前が敵なら、どう攻める?」

 そう言われてレンターは苦笑を浮かべるしかなかった。

 遠く、霞の中に浮かぶガングニールの砲身を眺める。

 アルメリア軍の特徴として、工作の早さというのがある。

 ブロック方式と呼ばれる方式である行程までくみ上げられた練装霊獣や兵器、果ては基地施設を運び込み、現地で組み立てる方法である。

 アルメリア軍の強さは霊獣という新しい兵器への着眼にもよるが、それを正しく運用するための基地敷設や橋頭堡建造にかける速度が圧倒的に速かったことにある。

 一度、強力な橋頭堡や基地を作られれば攻略するのは容易ではない。

 ガングニールの穂先にかかる雲を眺め、レンターは鼻を鳴らした。

 「なあ、ランディ、知ってるか?」

 「何をだ?」

 「トドカツのダイレー山には祖竜が居るって話があるんだ」

 「祖竜?」

 「ヒノモトの成り立ちに関わる神話でな。三匹の龍がヒノモトの争いを平定して、一匹は人の身にその魂を宿し現界に留まり、もう一匹は精界から見守った。残った一匹は北の空に飛び去ったって話があってな?その北に飛んでいった龍が居るのが大黎山らしいっていうんだ」

 「神話、か」

 「今の時代、神話なんかに何の価値もない。本当にそんな竜が守護竜として居るのであればアルメリアは今頃、その守護竜にやられてるわな」

 ランディが珍しく笑った。

 「馬鹿にしない方がいい。神話は神話で信憑性のあるもんだ」

 「精霊すら使役する時代にそんなことを言うかね?」

 「……ミリシアの神話にこんな話がある。国乱れ湖水に炎映えた時、精霊達は七日にわたり話合った。精霊達は王に剣を託し、王は国を治めた」

 「ミリシアが滅んだ時は王様はいなかったろう。若い女王が治めていたはずだ」

 「……だが、王の剣は実在したんだぞ?」

 ランディは意味ありげに笑うと、ペガサスを下降させる。

 「どこに行くんだ?」

 「カツシロの渓谷を飛んでみる」

 「本気か?上空には味方の無差別対空霊獣の迎撃網が張ってあるんだぞ?下手に上昇すれば俺達だって、その的になりかねん」

 ――攻められる場所ではなく、また、侵攻する経路にもならないことから最も迅速で、有効な防御配備がされているのだ。

 「必ず来る。今のうちに地形を覚えておいた方がいい――ティア、低速で入る。危険箇所と旋回可能速度域を覚えておいてくれ」

 精霊手にそれだけ告げるとランディは勝白川の渓谷を飛翔する。

 椴勝山脈を削る勝白川は切り立った断崖をその渓谷として流れる。

 冷え込んだ冷気が葉を落とした木々に霜として張り付き、神殿のような荘厳さを持っている。

 低速飛行とはいえ、飛竜や天馬が飛ぶような場所ではない。

 狭い渓谷は風精が不規則に飛び交いその制御が著しく難しくなる。

 また、入り組んだ渓谷の中では旋回を繰り返すことになり、僅かでも制御が遅れれば衝突するおそれもある。

 その中を平然と飛ぶ、ランディもランディならば、ついてくるレンターもレンターである。

 レンターはランディのペガサスを追い抜き、アトルシャンで先行する。

 狭くなる渓谷をアトルシャンの翼端に風精を従えながら疾走する。

 勝白川を遡れば、やがて大黎山に至り、そこにガングニールの精導帯が敷設されているのを見つける。

 神経をすり減らす飛行の後、レンターは呟く。

 「……ここから撤収するにはどういうコースを取る?橋頭堡上空から敵陣の背後を抜けるにしても橋頭堡の対空槍陣がある。よもや来たコースを逆戻りする訳じゃああるまい」

 そこには最早、軽口を叩く若さは無く、ただ戦場を冷静に見る飛竜騎士としてのレンターが居た。

 「一番可能性があるのは……」

 ランディはそこまで呟いて止める。

 レンターの視線もその可能性を見つめていた。

 「まさかよ……橋頭堡内部、ガングニールの精霊帯の中を抜けるか?」


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