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第三章 『椴勝橋頭堡攻略戦』 3

 釧十のアルメリア進駐軍にも新しい動きがあった。

 「光卓騎士団のご到着、か」

 助走路に次々と着竜する飛竜を見上げながらレンターは目を細めた。

 白色に塗り上げられた飛竜達がそれぞれ、竜肺を唸らせながら納竜巣に入っていく。

 「……見たことの無い飛竜だな」

 ランディはペガサスの練殻に手をかけたままその白い飛竜を見ていた。

 「『リュケイン』さ。偏向竜肺と可動背翼で空対空の格闘戦を高めた飛竜だ。ピーキーだとよく言われるけど、俺は使い安く感じたモンだよ」

 言われてみれば、大きな背翼と突きだした竜肺口が確かに印象的なフォルムである。

 そのリュケインの竜殻が上がり、レンターに手を振る姿が見える。

 「知ってるのか?」

 「……暁の星といって聞き覚えくらいはあるだろう?南海の撃墜王さ」

 「暁の星……コメット・レツンエイムか!」

 ランディもその名前くらいは知っていた。

 ダダガルザ以南のパシ島、那波島と大茫洋南海戦において活躍したアルメリアのエースである。

 「光卓騎士団は那波島上陸作戦に従事してるんじゃなかったのか?」

 そう尋ねた、ランディに応えたのは兜を脱いだ飛竜騎士だった。

 「ホクリョーにおける決戦が遅滞することによりフロラッズィが参戦表明をする恐れがある。故に、この時をもってして北領を決戦の時とせねばなるまい」

 脱いだ兜から現れたのは凜とした女性の顔だった。

 ランディはしばし、その顔を見つめていた。

 「……女の飛竜騎士が珍しいか?」

 「珍しくは、無い」

 ランディの精霊手も女性である。

 しばらく視線を交錯させ、互いを探り合うと女性騎士は表情を崩して言った。

「ならば、よろしく頼もうか」


 女の飛竜乗りは珍しいものでは無い。

 というのも、当時の従軍女性の多くは飛竜隊に所属していた。

 アルメリアにしろ龍元にしろ陸軍・海軍は大部分を男が占めており、女性というものが入る隙間がなかった。

 この時代、比較して見ても男性上位の風潮が蔓延しており女性というものが政界や軍閥に進出するということ自体が無かった。

 また、軍という組織に女性を組み込むにあたり大きな問題がある。

 風紀の乱れ、である。

 戦争という人間本来の攻撃性が剥き出しになる非日常において女性というものがその部隊に与える影響は大きい。

 何ヶ月も洋上生活を強いられる海軍はもとより、用便を野で行う陸軍もその扱いに困る。

 禁欲的な生活を長い期間にわたって強いられる軍隊行動中に於いて、その中に女性が居るという事実が引き起こす事態は容易に想像できる。

 結果、押しつけられるように女性は飛竜隊に集中することになる。

 北領守護隊第三飛竜隊所属の蒼月甲・芽李は元来、竜霊手として従軍していた飛竜士であった。

 がしかし、竜霊剣護の竜士が戦死して以来、第三飛竜隊の小隊長を兼務として『黎泉』を単座で操竜している。

 竜霊剣護の竜士を要請こそしているものの、並の竜士より経験と技術に勝る芽李の眼鏡にかなう竜士は未だ無く、黎泉の前座は空いたままである。

 年ならば二十を過ぎた頃だが、どこか捕らえどころの無い雰囲気と、いつもぼんやりしている様子からあまり声をかける者も居ない。

 月網・揶那多を頂点とする独立飛竜隊が発足し、その編成会議が行われた際のことである。

 月網・揶那多は竜営に独立飛竜隊の編成と訓を述べるべく自らの指揮下に入る3人の竜霊を招いた。

 「紅霊翼・暮羽、此処に」

 「銀嶺燐・由路葉、此処に」

 由路葉と暮羽らが膝を折って伏臥する横で、芽李はその由路葉の肩を叩き。

 「なあ、銀嶺燐。浪代竜士をくれはしまいか」

 と出し抜けに申し向けた。

 「蒼月甲・芽李、畏れながらも月網の翼前ぞ」

 暮羽がたしなめるも芽李は難しそうな顔をして顎を撫でる。

 「そのようなものなのか?」

 といそいそと膝を折る。

 月網・揶那多は三人の竜霊がそれぞれ頭を垂れたのを見るや声を発する。

 「頭を上げよ」

 どこか堅さの残る響きでもって発された声に、三人が頭を上げる。

 「汝等の天撃の如し活躍を評し、我、月網の翼を使い翼陣を執る。威そのままに、竜誇をもって我敵を破れ」

 過分に威厳を含んだ物言いではあった。

 揶那多が気負いしているのが理解できる。

 月網・揶那多は義兄に当たる天網・彌榮から北領の守護を任され、そして最も攻撃力のある飛竜部隊を指揮する立場となり、さらに八網竜霊としての重責があった。

 その言葉に、三者三様といえる表情を返した。

 銀嶺燐・由路葉は憤りを押し込めた堅い表情を。

 紅霊翼・暮羽は意を得たりと得意を押し込めた表情を。

 蒼月甲・芽李は無理解を隠した呆然とした表情を。

 「畏れながら」

 由路葉が言葉を継ぎ、揶那多が許す。

 「許す。発せ」

 「北領守護隊における飛竜隊はその規模を摩耗し、陸軍侵攻支援が現在の現実的な行動力にございます」

 「塗炭の苦しみは他の前線も同じ。我々だけが霞を舐めるものと思うな」

 「御意に。然れば、揶那多様におきましても最前線にて指揮を執って頂きたく思います」

 これに驚いた顔をしたのは暮羽だった。

 「銀嶺燐!龍導たる八網一宇が眷にして月網である揶那多様に矢風に翼を広げろと言うか」

 「塗炭の苦しみは他の前線、ひいては民草についても同じ。然れば、苦境にあって龍護を示す八網一宇の竜義に応えぬ者はありや?」

 そう返した由路葉の瞳はどこまでも暗かった。

 暮羽はその場で唾を飲み込み、揶那多に向き直るや頭を垂れた。

 ――八網の進退を下位の竜霊の進言によって決めることは自らの意志を持たない竜として醜態を晒すことになる。

 当然、最前線に立てと促す由路葉の言動も不敬どころの話ではない。

 ――だが、発された以上、応えねばならない。

 がしかし、揶那多には飛竜隊がなんたるかすら理解していない状況である。

 「して、銀嶺燐。汝は我に何処にて竜翼を広げよと申すか」

 どのようにすればいいのか尋ねるしかないのだ。

 「典藤達磨竜士を竜霊剣護に、雲竜改め、導慧にて」

 由路葉は鷹揚とそう告げた。

 「――竜霊剣護に新兵を当てるというのかッ!」

 揶那多はこれに激昂した。

 「月網は治竜なれども戦とならば翼破牙折の覚悟で臨む!新兵と接いだ飛竜で我に醜態を晒せと言うか!銀嶺燐ッ!愚弄するにも程があると知れ!」

 暗い顔で聞き入る由路葉の横で芽李は一人合点したように頷いていた。

 「なるほど。あの雲竜はそういう前提であったか」

 険の立った空気を壊した。

 揶那多は次に継ぐ言葉を失う。

 由路葉はその隙に、言葉を続けた。

 「……蒼月甲・芽李が申し上げた通りでございます。飛竜隊に於いて竜霊は竜霊手となりて竜士を導かねばなりませぬ。かの雲竜につきましては接ぎといえど、飛竜隊全てを聡く導く責を負うもの。手繰るは新兵なれどもその責務は揶那多様以外に負える者はおりませぬ。それとも月網の身をもってして戦飛竜でもって天逆風回を遊ばされるおつもりか?」

 ――捉え方によっては、侮辱ですらあった。

 「出陣の折には井居武らも警乗させる。それについては指図は受けぬ」

 月網・揶那多にとってはそれが精一杯の譲歩だった。

 暮羽はもう気が気ではなかった。

 この場から一刻も早く離れたい気持ちで揶那多と由路葉を交互に見ていた。

 そんな折、この話は最早これまでと言わんばかりに芽李が呟いた。

 「して、銀嶺燐。浪代はくれるものなのか?」


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