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第二章 『堅津海峡奪還作戦』 4

 数奇な海上戦闘が行われている上空で空戦史に残る戦闘が繰り広げられていた。

 ――空中支援竜という概念を持つ飛竜を運用した航空戦闘である。

 夜精と呼ばれる精息を拡散する雲竜の周辺広域に渡って、飛竜の持つ精索が鈍って居た。

 夜精は精霊としては下位精霊となり影響力こそ弱いものの、他の精霊を隠す働きを持つ。

 偽装用として用いられることは戦史上、存在してはいるものの空戦でこれを行った例はこの空戦が初めてである。

 精霊槍は飛竜が纏う練金装甲から返る精索や、竜肺から放たれる火精や風精を捜し追いすがるものである。

 夜精は敵、味方共に精索を妨げたが雲竜についてはそれとは別に雷精索を積載し、感応でもって味方飛竜にその精策感図を伝達していた。

 ――妨害、索敵を同時に行う管制機としての役割を果たしていたのである。

 航空戦闘に於いては当時、広い空間を有し、機動力をもってして敵を叩くという思考が一般的であったが、そこに陸戦特有の集団戦の理論を持ち込んだものである。

 「……面白い発想をしゃーがる」

 レンター・ブエインは薄い緑色の練装を持つワイバーン『アトルシャン』の竜座で舌を巻いた。

 不利な状況ではあるが、それでも戦場に立った上では可能な限り目的を遂行せねばならなかった。

 「各騎散開。敵の攻撃騎を重点的に叩き、潜水竜を守れ」

 レンター・ブエインの背後についていた三頭のワイバーンが散開し、銀戒に向かおうとそれぞれが降下軌道を取る。

 だが、その頭上から猛然と襲いかかる赤い飛竜が居た。

 ――紅閃だ。

 「……暮羽。槍を放ったら即座に斬り込む」

 「翔ぶがよい」

 雲竜が雷精で捕らえるワイバーンめがけて精霊槍が放たれる。

 紅閃は放たれた精霊槍を追い越し、ワイバーンに肉薄する。

 精霊槍を避けようと回避行動を取ったワイバーンの腹に、紅閃の竜刀が閃く。

 胴体を真っ二つに裂かれたワイバーンの残骸に精霊槍が刺さり、炎をまき散らす。

 紅閃を無視できない敵と知ったワイバーンはそれぞれ放たれた精霊槍を避けながら背後に回ろうとする。

 だが、紅閃はその間にも鋭く翻り、空太刀を閃かせる。

 ――風精を利用した竜剣の一種で、反り返った刀剣のような軌跡を描く。

 主翼を断たれたワイバーンが制御を失い、錐もみしながら海へと落ちてゆく。

 レンターのアトルシャンが空太刀を閃かせる瞬間に合わせて背後から竜剣を放つが紅閃はまるで木の葉が舞うように上昇、下降しその竜剣を避けた。

 「気をつけろ。クリムゾンフレアだ」

 紅閃の背翼に描かれた炎の羽の紋様を見て、レンターは残った味方に注意を促す。

 「銀盤……翡翠竜か」

 「相手に取って不足は無しッ!」

 暮羽が威勢良く吠えると同時に、紅閃は加速しアトルシャンを引き離す。

 一拍遅れて加速したアトルシャンは引き離された距離を不用意に開けることなく、旋回を始めると同時に竜剣が届く位置に付ける。

 紅閃はさらに加速上昇し雲に飛び込み、アトルシャンがその後に続いた。

 レンターは即座にアトルシャンを横に旋回させた。

 雲を空太刀が切り裂く。

 割れた雲の間から陽光が差し込み、眩しさに眼を焼かれるがその中に赤い飛竜を確実に認めていた。

 痛む眼をそのままにレンターはアトルシャンの主翼を広げ雲の下に出ると同時に再度、雲の中に飛び込む。

 精策の届きづらい雲海の中では飛行を制限されるが、それでも不意を打たれるよりかは幾分マシだと考えたのだ。

 数に劣る龍元の飛竜隊と、索敵の効かないアルメリア飛竜騎士団。

 状況の差違にレンターが気がついた時には既に、霧揶はその差違を把握しきっていた。

 レンターがもう少し注意深く敵飛竜の動きに注意を払っていれば、素人を中心に編成された第四飛竜隊に気がつき練度の違いという優位性を見ることもできたのだろうが、初手で判断を誤っていた。

 霧揶は事前に第四飛竜隊の用意した雲竜がどういったものかについての説明を受けていたこと、攻撃隊の直掩としてどのような飛竜戦になるかをあらかじめ想定していた。

 ――つまりは、両者ともに機動力を生かした奇襲戦の形を取るのだ。

 事実、霧揶は交戦と同時に攻撃機である銀戒を狙おうとするワイバーン二頭を撃墜するや無理をせずに一度引いた。

 第一飛竜隊以外の味方飛竜が空戦戦力として期待出来ないことも知っていた。

 だからこそ、自らをより優位な立場に置くためには敵飛竜の頭数を減らすしかないと考えたのだ。

 「翡翠竜をやらぬのか?」

 「後回しだ」

 気性の荒い暮羽は攻撃的な竜精制御こそ卓越しているが、その舵を取っているのが天穿霧揶であるからこそ、これまで生き残ることができたのだ。

 霧揶はアトルシャンの動向を注意深く探りながらも、銀戒を狙い降下しようとするワイバーンを着実に仕留めていた。

 「銀砂利、やりおるわ。負けてられぬぞ」

 紅閃がワイバーンを仕留めると同時に、銀戒がディラガニールのハーリケインの竜巻を下り、舌を巻く。

 レンターは紅閃が味方のワイバーンを手早く撃墜していく様を見つめ、また、追い詰められたディラガニールを認め、その矛先を雲竜に定めた。

 雲の中を幾度も跳躍し、雲竜に迫る。

 複数の黄炎が集う雲竜を認めると雲を飛び出し急上昇をする。

 ――そして、太陽を背に急降下。

 陽光を背後にしての奇襲はアルメリア飛竜隊の定石だった。

 アトルシャンの竜咆哮が青白い炎となって雲竜に伸びる。

 雷精策で正面から飛来してくるアトルシャンを見つけていた典藤達磨は慌てる手で魔道障壁を起動させる。

 雲竜の前で展開された魔導障壁がアトルシャンの竜咆哮を受け止め青白い燐光を散らす。

 「……なんだぁありゃぁ!」

 確実に仕留められると思った雲竜が魔導障壁を展開するとは思ってはいなかった。

 高速で傍らを通過していくアトルシャンに雲竜は竜首を向けようとし、周囲に編隊を組んでいた黄炎が一斉に散開した。

 その反応の遅さに、レンターはようやく素人であることに気がつく。

 丁度、その時である。

 海上で大きな燐光が立ち上り、水柱と共にいくつもの水泡が海面を叩き始めた。

 ――ディラガニールが撃沈した。

 悠然と上昇してくる銀戒を認め、レンターはクリムゾンフレア以外にも覚えておくべき敵が居ることを知った。

 「……シルバーウィング」

 銀色の翼に申し訳なさ程度に描かれた銀の鱗と翼は間違い無く、ランディ・オルフィードから伝え聞いたシルバーウィングと呼ばれる強敵のものと同じだった。

 紅閃と銀戒がレンターのアトルシャンを上と下から挟撃するように飛来する。

 「救援は失敗した。撤収する」

 撤収の指示は早かった。

 追撃に走ってくる飛竜はクリムゾンフレアとシルバーウィング以外には居ない。

 そう直感的に踏んで、レンターはほんの僅かの間のしんがりを努める決意をした。

 紅閃が精霊槍を放ち、上空から銀戒が驚異的な旋回でもって正面に回り込む。

 アトルシャンが空に腹を向け、下方に降下しながら反転し、さらにもう一度反転する。

 下方に逃げたアトルシャンを紅閃が追い、今度は銀戒が竜咆哮でもってアトルシャンを狙う。

 レンターにしてみれば生きた心地はしていなかった。

 雲に飛び込み、ほんの僅かに減速し、紅閃が加速し、雲下に抜けたのを確認するや上昇する。

 雲を抜けた先に銀戒が現れ、火精礫を放つ。

 急旋回するアトルシャンの練金装甲を削ぐように掠め、銀戒と紅閃が空中で交差する。

 交差した二頭はそれぞれが緩やかな孤を描き、包みこむようにアトルシャンを包囲する。

 高度から勢いをつけて強襲する紅閃の空太刀の切っ先を竜剣で弾き、反動でもって下方から放たれる銀戒の火精礫を避ける。

 レンターは十分に味方が逃げ切ったことを確認すると、本格的な逃げに入った。

 雲海に飛び込み、さらに降下を始め、速度を得て逃げ始める。

 紅閃の中で暮羽が吠える。

 「逃げる気ぞ!」

 「追う必要はないです」

 由路葉は冷静にそう判断した。

 名のある竜騎士を落とせば、それは敵の士気をくじくことにはなる。

 がしかし――

 「ランディ、遅いじゃないか」

 「……やはり、か」

 黒い天馬がアトルシャンの飛翔する先に現れていた。

 飛竜より一回り小さく、流麗なラインを描く馬首、体躯の割に大きな翼が広がっていた。

 下方に伸びた後脚翼と馬首にしつらえられた鬣翼が特徴的である。

 天馬は飛竜ほど強靱では無いにしろ、航空霊獣の一つとして数えられる。

 低速時の安定性と機動性は飛竜の追従を許さないが、最高速度や武装積載量において飛竜に大きく劣る為、本来は地上支援用の航空戦力として運用されていた。

 だが、ランディ・オルフィードはこれを彼にしかできない方法でもって飛竜以上の航空霊獣として扱っていた。

 主翼、鬣翼、後脚翼には彼の天馬特有の火精が渦巻いている。

 アトルシャンがその傍らを通りすぎるのを確認するや、ランディ・オルフィードの天馬も馬首を翻す。

 「シルバーウィング……生きていたのか」

 ランディ・オルフィードは銀戒の軌跡に息吹を感じ、予感を確信に変えた。

 火精が激しく猛り、炎の翼となって天馬を激しく押し出す。

 荒々しいまでの加速はあっという間にアトルシャンを追い越す。

 その凶暴なまでの荒々しさにランディ・オルフィードはこう呼ばれていた。

 「炎騎士」

 「……です、ね」

 由路葉は遠く翻る、赤い炎を見て鈍い恐怖を感じていた。

 辰貴がそっと由路葉に触れるが、由路葉はいつまでも震えていた。

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