藍色の男
「鬼がやってきたよ。」
少年が囁いた。
「目を合わせてはだめ。石にされてしまうわ。」
母親が叱りつけた。周りの人間がうなずく。
白い髪、紅い瞳、藍色の着流し。腰には太刀はなく脇差だけ。異様な風体の男は、周囲のことなど目にくれずただ、颯爽と歩いていく。
彼の名前は、野良。本名かどうかは、誰も知らない。それどころか、野良がどこに生まれ、どこから来たのか、親しいものでも何も知らなかった。
彼が目指すのは、この町のすぐ隣のコダマ山を超えた所にあるとても小さな村。自分に関係のないところは、ただの通過点にすぎない。視界に入れる必要もない。そういう考え方をする男であった。
そんな野良の瞳は紅く冷たく光っていた。左利きなのか、右にさした脇差の柄の部分に肘を置き、鯉口を軽く握っていた。「鯉口を軽く握る」ということは、いつでの刀を抜ける、いつでも戦えるという印だった。
ただの町人である人々にとっては、これ以上恐ろしいことはない。大人数でひとところに集まり、ちらちらと野良のほうを見ていた。そして、あることないこと小声で話し始めるのであった。
町人が話しているうちに野良は町を出て、コダマ山のすぐふもとにある古ぼけた。「風鈴」という看板を掲げた食堂の前に立った。戸はぴったりと閉じ、中からは物音ひとつしない。
野良は舌打ちをすると、戸を「トン、トトトン、トン」とたたき最後に首から提げていた笛を短く吹き鳴らした。すると、戸の横にある窓の隙間から紙が出てきた。野良は再び舌打ちをすると、その紙になにやら書くと窓に押し込んだ。すると、戸が開いた。小さな女の子がひょっこり顔を出した。
「そろそろ来ると思ったよ。いらっしゃい、お侍さん。」
楽しそうに言う少女に野良はつぶやくように言った。
「そんなんじゃねえ。・・・・・遠い昔の話だよ。」
そういった、野良の顔は苦しそうにゆがんでいた。
はじめまして。蒼霧 雪です。
初めての投稿で、見苦しいところもあると思いますが、頑張りますのでどうぞよろしくお願いします。