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心の傷


「——ち……ゃん、……ナちゃんってば」


誰?


「アンナちゃんっ」


アンナ?あたしは真咲妃よ。誰?

その名前はもう捨てたの。

もうその名前で呼ばないで、あたしは真咲妃よ。



「まーさーきちゃん!」

突然目の前に島田が現れた。


「……ひっ!」

驚きとあまりの恐怖に声がでない。


「アンナちゃん僕だよ。あ、真咲妃ちゃんか!まっいっか。ね、アンナちゃん。アンナちゃんの為に僕来ちゃった。これからはずっと一緒だよ。僕のアンナちゃん」

恐怖で身動き出来ない真咲妃に島田は満面の笑みを浮かべながら手を伸ばし頬に触れた。


ヌルッとした感触……。

恐る恐る自分の頬に触るとなぜか濡れている。

頬に触った手を見ると手のひらは真っ赤になっていた。


「いや、なに……これ?」



目の前に立つ島田に目を向けると、腹には真っ赤な血が広がっており溢れ出した血はポタポタと下に流れ落ちている。

島田の両手も血で真っ赤だ。


「いや……止めて、来ないで!」

真咲妃は更に近づいてくる手を払いのけ背を向け走り出した。


「アンナちゃーん、待ってよ〜」

島田は腹から血を垂らしながら笑顔で追いかけてくる。

「いや!!来ないで、来ないでー!やめてーー!!」



真咲妃の足は恐怖で上手く動かないが島田から逃げようと必死に走る。


「アンナちゃん逃げても無駄だよ〜。君は僕のものなんだから!」

島田が真咲妃に追いつき肩に手を置いた。



「いやーーー!!」





「——さん、真咲妃さん!」

ハッと目を覚ますと、一章が真咲妃の肩を揺らしながら顔を心配そうに覗き込んでいる。


「ずいぶんうなされてましたけど、大丈夫ですか?」



夢?夢だったんだ……。

良かった。




胸をなで下ろし気がつくとかなり汗をかいている。ベッドに起きあがり顔の汗を拭った。


「ごめん、怖い夢見ちゃっ……っ、うっ」


真咲妃は突然吐き気に襲われ口元を押さえてトイレに駆け込んだ。



「うっ、うえっ……」

お腹の中のモノをすべて吐き出し肩で息をする。


トイレから出ると一章が心配なそうな顔で立っていた。

「ごめん」


「真咲妃さん…」


一章は心配そうに水の入ったコップを真咲妃に手渡した。

「ありがとう」


コップを持つ手が震える。一章は何もいわず肩を抱いてくれた。


震える手で水を少し飲み、ベッドに戻ろうとした時また吐き気に襲われトイレに戻った。


さっきすべて吐き出したはずなのに、猛烈な吐き気は止まらず真咲妃は涙を流しながら胃液まで吐いた。




フラフラとトイレから出てきた真咲妃は一章を見るとたまらず泣き出した。


「うっ、かずあ……き、怖いよ。アイツが追いかけてくる」


一章は「怖い怖い」と泣きじゃくる真咲妃をキツく抱きしめる。「大丈夫、俺がいるよ。ずっとそばにいるから!」

耳元で呪文のように何度も何度も繰り返した言った。



居酒屋で聞いた『アンナ』という名前が知らないうちに頭の中に残り、それに反応したのが引き金になり夢にあらわれたのだろう。

そしてPTSD(心的外傷後ストレス障害)を引き起こしたのかもしれない。


あの忌まわしい事件からもう半年以上経つのに、真咲妃が負った心の深い傷はまだ治ってはいなかった。



真咲妃は一章に寄り添い肩に頭をのせ、一章は真咲妃の肩を優しく撫で続けた。

少しずつ気持ちが落ち着いてきた真咲妃はベッドに戻り一章に抱きしめられながら横になった。



ハッと目が覚めると目の前には真咲妃を抱きしめたまま眠る一章の寝顔がある。

規則正しい寝息をたて眠っている寝顔を見ていると、一章はうっすら目を開け「真咲妃さん……」と言いもう一度真咲妃を強く胸に抱きしめた。


一章の胸は温かくいつもと同じ匂いがする。

すごく安心する。


真咲妃はそっと目を閉じると朝まで目を覚まさなかった。



「なにかあったら絶対に電話してください。どんなに遅い時間でも必ず行きますから、絶対ですよ」


一章は真咲妃を部屋に送った時、何度も念を押した。

「うん、分かった。必ず連絡する」


身寄りのない真咲妃をひとりにするのは少々不安だった。しかも昨日の今日。しかし一章も仕事がある。


そして運が悪い事に明日朝一番の電車で2日間また出張へ行かなくてはならない。

出張先からはどんなに急いでも二時間以上はかかる。

「心配しないで、大丈夫だから。病院の薬もあるし。ね、仕事頑張ってきてね」


一章は不安げな顔で真咲妃を抱きしめた。

「一章、大丈夫よ」


後ろ髪を引かれながらアパートを後にし自宅へ戻ると、一章は携帯を取り出してどこかへ電話をかけた。


「もしもし、望月です。ご無沙汰してます。お仕事中申し訳ありません」

相手と一通りの挨拶の後本題に入った。

「実は真咲妃さんの事なんですが……」





「望月君、ご苦労様だったね。この後食事でもどうだい?」

「申し訳ありません。この後予定がありまして……」

一章は上司に挨拶をするとホテルに戻り荷物をまとめると駅に向かった。


夜10時過ぎ、真咲妃の部屋のインターフォンがなった。

「誰?」

「俺です」


ドアの覗き穴からみると確かに一章がいる。急いでドアを開けると一章が抱きついてきた。


「ちょっと…一章っ」

真咲妃は急に抱きつかれヨロヨロと後ろへ下がってしまった。「真咲妃さん、心配だった」一章は少し震えながら言った。


「心配してくれてありがとう。あたしは大丈夫だったよ」真咲妃は不安げな一章に笑顔を見せた。



「今日まで出張じゃなかったの?」

一章を部屋にあげ、お茶を出しながら真咲妃が聞いた。

「今日までって言っても仕事が終わればもうその後は自由なので。報告もこっちからメールやFAXで送れるし……何より早く真咲妃さんに会いたかったから」


「昨日も今日もなんだか忙しくてね。薬に頼らず朝までぐっすり眠れたの」

真咲妃は



2日前、一章は《ムーンナイト》の紫織に電話をしていた。

真咲妃が少し不安定になっている事を知らせたのだ。

そして紫織から友人である真咲妃が今働いている店のオーナーへ『具合が悪そうにしていたら休ませてあげて』と連絡してくれたらしい。


しかし、そんな心配をよそに真咲妃は仕事に集中して閉店時間までしっかり働いた。珍しいことに新規契約者が数人現れ全て真咲妃が担当した。

おかげでヘトヘトになった真咲妃はぐっすり眠れたみたいだ。



「あたしだって一章が心配だったよ」

「なんでですか?」

「あたしの事ばっかり心配して仕事をミスってないかってね」


真咲妃は一章の隣に座ると寄り添った。

「一章がいるってだけで安心するの。本当にありがとう」


真咲妃が一章にキスをすると一章もキスを返す、何度も繰り返しキスをし熱い眼差しと潤んだ瞳で見つめ合う。

「真咲妃さん……」

「ダメ……」

真咲妃は抱きしめてくる一章を両手で押し戻した。


「出張で疲れてるでしょ?それに明日も仕事でしょ?あたしだって一緒にいたいけど……無理して一章が倒れたらあたしが困る」

一章の唇に人差し指を当てて言った。



「じゃあまた」

「またね」


もう一度チュッとキスをすると一章はカバンを手にして玄関をしめた。


「一章」

振り返ると後ろでドアが開き真咲妃が顔を出した。


「来てくれてありがとう」

一章は微笑むと手を振ってアパートを後にした。





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