初めての
夏のような暑さがやってきた頃、珍しく真咲妃から電話がかかってきた。
「来週末連休なんだ。どっか連れてってよ」
電話口の真咲妃は嬉しいそうにしゃべった。
「ママがねキャスト全員に順番に夏休みをくれたの。であたしは来週末入れて5日間の休み」
「そうなんですか。リクエストはありますか?」
「プール以外だったらどこでもいいよ。あたしね小さい頃に怪我しちゃって足に傷があるの、だからプールには行けないんだ。ごめんね」
「じゃあ遠いけどこっちに来ませんか?ちょうど来週末花火大会があるんです」
「花火大会?行きた〜い!」
「うれしそうですね」
「だってずっと仕事だったから行ったことないんだ」
「誘って良かった」
花火大会の当日待ち合わせをして電話を切った。
そして花火大会当日。
会場である河川敷に近い駅で待ち合わせをした。
黒い生地に蝶が描かれた浴衣姿の真咲妃が一章を待っている。
通りすがりの人たちが真咲妃をチラチラ見ている。
「彼女一人?俺たちと花火見に行かねえ?」
「彼と待ち合わせ?」
「来ない彼なんかほっといて俺らと行こうよ」
「うちの店で働かない?」
何人の男に声をかけられただろう……
そこへ待ち合わせの時間に少し遅れて一章がやってきた。
「一章!」
真咲妃は駆け出して一章の腕に抱きついた。
「誰?」
「知らない」
一章は真咲妃に声をかけていた男を睨みつけ真咲妃の腰に手を回し歩いていった。
真咲妃はクルッと振り返ると声をかけてきた男たちに「あつかんべー」とした。
「遅くなってすみません。あんな不愉快な思いをさせてしまって……」
一章は謝り改めて真咲妃を見るとその浴衣姿に見とれてしまった。
「どう?」
何も言わない一章に不安になった真咲妃は「変?」と聞いた。
「いやっ……とても似合ってます」
「ふふっありがとう」
さすがに花火会場に行くにつれて人がごった返してきた。
「真咲妃さんこっち」
一章は少し人が少ない場所へ移動した。
花火がうち上がるが一章は花火そっちのけで真咲妃を見る。
「花火綺麗だね、ってどこ見てんの?花火はあっち」
真咲妃は手で一章の顔をぐいっと花火の方へ向けた。
「すごいね。きれいだね」
花火に照らされた真咲妃の横顔を一章はちらっと見つめた。
「真咲妃さんの方が綺麗です」
その声は花火の音にかき消され真咲妃の耳には届かなかった。
祭りが終わり人でごった返す道を手をつなぎ歩いて帰る。カランコロンと下駄の音が響く。
「なんか今日無口だね」
「そうですか?」
一章は急に思いついたように真咲妃の手を引っ張りわき道に入った。その通りは花火大会の喧騒が嘘のように静かな住宅地。
「どこいくの?」
真咲妃は一章に手を引っ張られながら住宅地を早足でついていく。すると行く先に木に囲まれた公園が見えた。
一章はその公園にズンズン入っていき公園の少し暗い奥出で足を止め、真咲妃は急に立ち止まった一章の背中にぶつかった。
「痛っ、もうなんなの!」
振り返った一章は何もいわず真咲妃の唇をふさいだ。
突然のキスに目を丸くする真咲妃。一度唇が離れたがすぐにまた唇を塞がれる。
「ん……んんっ…」
やっと唇を離すと一章は真咲妃を抱きしめた。
「すみません、真咲妃さんがあまりにもキレイで……我慢できなかった」
甘い囁きと濃厚なキスに真咲妃は足の力が抜けよろけた。それを一章はしっかり抱きしめたまたキスをする。
足に力が入らない真咲妃はその体を一章に預けながら先ほどのキスの余韻に浸っていた。
抱きしめられた広い胸から一章の香りがする。
更にギュッと抱きしめられ真咲妃は「苦しいよ」と言う。
「す、すみません」一章が腕を緩めた隙に今後は真咲妃が一章にキスをした。
初めての真咲妃からのキスに一章がびっくりしている。
「あたしからキスするなんて一章が最初で最後なんだからね。覚えといて」
真咲妃は目一杯の強がりで言った。
「痛っ……」
「あーあ…こりゃひどいですね。歩けますか?」
めったに履かない下駄に真咲妃の足にはひどい下駄ずれができてしまった。
「裸足じゃだめだよね……」
「真咲妃さんそういえば荷物は?」
「荷物は○○駅のロッカー」
「○○駅か……。ここからだとうちの方が近いな。仕方ない、一旦足の手当てをしにうちに行きましょう?それから荷物をとりに行きましょう」
一章は真咲妃に手を貸しゆっくりと歩いていく。
「あっそれから。うちに行っても傷の手当てだけですよ、なにもしませんからね……」
一章は念を押すように真咲妃に言った。
「わ、わかってるわよ!」
真咲妃はそう言われ赤くなった頬を膨らました。
もより駅まではどうにか歩いていけたが、下駄ずれをかばった歩き方をしていたため違う箇所にも下駄ずれができるという事態により、電車を降りた時には下駄を履いて歩くのは困難になってしまった。
痛そうな真咲妃を見かねた一章は
「真咲妃さん、ほら」
としゃがんで背中を向けた。
「え、いいよ」
「なに言ってるんですか?もう無理でしょ!?ほら、早く!」
真咲妃はおずおずと一章の後ろから首に手を絡ませた。その途端ヒョイと一章は真咲妃をおぶって立ち上がった。
「きゃっ」
思わず声が出た。
「しっかり捕まっててくださいよ。思ってたとおりやっぱり真咲妃さんは軽いですね」
手には下駄を持ち、真咲妃の体を支えながら数十分で部屋まで到着した。
「どうぞ、散らかってますが……言っときますが……」
「分かってるー。お邪魔します」
背中から下ろされた真咲妃は片足ケンケンで部屋へ入って中を見回した。
「意外と片付いてるんだね」
「いったーいっ」
「ちょっと我慢してて下さいよっ」
「うーっ……」
真咲妃は消毒し終わった足に息を吹きかけ一章は消毒を片づけ、コップに冷たいお茶を淹れながら部屋にいる真咲妃に話しかけた。
「真咲妃さん、もう少ししたら荷物取りに行きましょう。真咲妃さん?」
部屋に戻ると日頃の疲れに長旅と花火大会での疲れが重なったのか、真咲妃はソファーにもたれかかり眠っていた。
「真咲妃さん……」
目が覚めると見覚えのない天井が目に入った。
……?どこだっけ
起きあがると、これまた見たことのないダブダブなTシャツを着ている。壁には丁寧に浴衣と帯がかかっている。
髪に付けていた髪飾りも机の上に。
ベッドから降り、ドアを開けると隣の部屋のソファーでは一章が寝ていた。
人の気配に一章が目を覚ました。「おはようございます」
「おはよう」
真咲妃はお尻まで隠れるTシャツをつまんで「これ……」と言った。
一章はソファーから起きあがり
「夕べは大変だったんですよ、覚えてませんか?」と微笑んだ。
「————真咲妃さん、真咲妃さん荷物は?それにそのままじゃ……」
眠りに入った真咲妃を揺り起こした。
「んー……」
一章の呼びかけに真咲妃は半分寝た状態で頭のかんざしやピンを器用にとり、スッと立ち上がるとスルスルっと帯をほどきストンと浴衣を床に落とした。
「まっ真咲妃さんっ!」
目の前で下着姿になった真咲妃は「おやすみ」と言ってふらふらっと抱きついてきた。
「真咲妃さん、このままじゃ……」
目のやり場と手の置き場に困りながら真咲妃を抱きかかえると隣の部屋のベッドへ運びパジャマ変わりのシャツを着させた。
「————ってことだったんですが」
「あたしの裸みたんだ……」真咲妃は一章をいたずらづらっぽくじっとみた。
「裸って!下着姿ですよ。ちらっと見ただけですっ!」
「やっぱり見たんだ。なにかした?」
「するわけないでしょ!!」
一章は真っ赤になり顔を背けた。その先には鏡がありそこにはかがんだ真咲妃の後ろ姿が映り、Tシャツの下のパンツが丸見えだった。
更に赤くなった一章は「コホン」と咳払いし、「ところで着替えどうするんですか?」と真咲妃に聞いた。
「このままじゃ絶対無理だよね…?」
「もちろん」
即答する一章。
ダボダボの大きすぎるジャージに大きいサンダルの真咲妃は一章の運転する車で駅に向かいロッカーから荷物を運んできた。
「はあ〜疲れた」
「そういえば真咲妃さん、泊まるとこは?」
「こっちに来てから探そうかなって思ってたんだけど……一章のとこはダメ?」
「んー……いいですよ。ただし、何もな……」
「分かってるわよっ」
二人は笑い出して車は出発した。
一章の部屋に戻り荷物の中から着替えを取り出し、夕べ寝てしまって入れなかったシャワーを借りてサッパリした真咲妃「ありがとう」と言いながらうつむきながら風呂場から出てきた。
その様子に一章は
「どうかしたんですか?」
とたずねた。
「う……ん……」
俯いたままはっきり言わない真咲妃を一章は不思議そうに見ていた。
「……すっぴんだから……恥ずかしい……」
「はあ?」
「化粧してない顔なんて見せたことないでしょ?だから恥ずかしいの!」
一章は立ち上がりタオルを被っている真咲妃の正面に立ちタオルを取ると、両手でぐいっと顔を持ち上げてその顔をまじまじと見た。
「可愛いですよ」
真咲妃は真っ赤になりながらまた顔をふせた。
軽いメイクを終えた真咲妃と軽めの朝食を一緒に食べながら一章は今日の予定を相談した。
一章の運転する助手席に改めて座った真咲妃はドキドキしていた。
かなり緊張している自分に気が付いた。
スポーツタイプのマニュアル車を滑るように操る一章。
サングラスをかけ華麗なハンドルさばきで真っ直ぐと前を見つめ運転する一章。
初めてみる私服姿の一章。
どれもが新鮮でその姿に惚れ惚れし真咲妃の心臓は終始ドキドキしっぱなしだった。
時々横顔をちらっと盗み見していたのを一章に気づかれたらしい。
真っ直ぐ前を見ながら「俺の顔になんかついてる?」と聞かれた。
そして信号で止まると一章は真咲妃の方を見てニコッと微笑んだ。
「なんでもない」
真咲妃は目をそらし前をむき直し流れる景色に目を向けた。
それでもちらちらと一章を何度も盗み見ていた。
(やっぱりかっこいい)
1人で照れ赤くなっていると右手をぎゅっと一章に握られ胸の鼓動は一気に高鳴った。
一章の運転する車はガイドブックにも載っていない素晴らしい景色が広がった場所の駐車場へ滑るようにやってきた。
「綺麗」
真咲妃は窓から外を眺めると車を降り、街中とは全然違い、この季節にしては冷たい澄んだ空気を胸一杯に吸い込んだ。
「気に入った?」
一章は真咲妃の隣に並んで手をとった。
「うん、すごいきれい」
二人は手を繋ぎこの先にある絶景ポイントを目指して歩きだした。
「さっきは何見てたの?」
遅めの昼食をとっているとき一章が不意に聞いてきた。
「さっき?」
「車の中で」
照れながらふっと笑うと甘酸っぱい炭酸水を一口飲んでから口を開いた。
「一章見てたの……」
「俺?なんで?」
「……かっ……たから」
「なに?」
あまりにも小さな声で聞こえなかった一章は聞き返した。
「かっこよかったから!だって一章かっこよすぎたんだもん」
かぁーと赤くなる真咲妃。
その発言に驚きながらも一章はニコッと笑って「ありがとう」とお礼を言った。
すっかり暗くなった帰り道、夜景を見ながら帰り部屋についた時にはすでに23時をまわっていた。
「真咲妃さん、先にシャワーどうぞ」
先にシャワーを勧め真咲妃は遠慮なく着替えを手に風呂場へ向かった。
「ありがとう。じゃあ、お先に」
バスルームのドアを開けると「覗いちゃやーよ」と振り返った。
「こらっ!」
軽く一章に怒られ真咲妃は笑いながらバスルームに消えた。
風呂上がりの二人は他愛もない話をした。今後はすっぴんでも恥ずかしくなかった。
「今日も真咲妃さんがベッド使って下さい。俺はこっちで寝るから」
ドアを閉めようとする一章に「一緒に寝よう、何もしないから」と真咲妃が笑いながら言った。
「どっちのセリフですか。おやすみなさい」
電気を消しパタンとドアを閉められた。
「もう!一章のバカ!バカバカバカー」
寝室から真咲妃が叫んだ。
しばらくすると寝室のドアが開き一章が顔を出した。
「バカとは何ですか?近所迷惑ですよ。ったく……本当に何もしませんからね」
二人は狭いセミシングルベッドにお互い背中を向け横になる。くっついた背中からお互いの体温と鼓動が聞こえてくる。
何分だっただろう。
一章寝ちゃったのかな?
そう思っていた時、寝返りをうった一章が真咲妃を後ろから抱きしめた。真咲妃も寝返りをし自然と唇が重なり合い、抱きしめ合った。
「何もしないって約束したのは誰?」
微笑んだ真咲妃は一章の唇に指を触れた。
「ごめん、その約束……俺守れそうにない」
唇が触れ合うたびに愛しさが大きくなる。
「真咲妃さん……」
「ん……」
真咲妃はぎゅっと一章に抱きついた。
雲に隠れた月が顔を出し窓から差し込む月の光が、一糸纏わぬ真咲妃の裸体を照らし出した。
シャツを脱ぎ捨てた一章の体も月明かりに照らされている。
初めてみるその上半身は鍛えあげられた筋肉がつきがっちりと引き締まっている。肩幅も広くそこから伸びる逞しい腕、完璧な肉体が真咲妃のすぐ目の前にある。
手を伸ばしその身体に触れた真咲妃は恥ずかしさにその身体から視線を外した。
手が吸い着くようなしっとりとした艶のある肌に小ぶりだが形の整ったきれいなバスト。女性らしい丸みのある身体にくびれたウエストライン。一章に見られ火照ったその身体はほんのりピンク色になっている。
「やだ、恥ずかしい……」
真咲妃は頬を赤らめ目を閉じる。一章は顔を隠そうとした真咲妃の両腕を布団に押し付けた。
「隠しちゃダメですよ。もっとよく見せて下さい」
耳元でしゃべる一章の息が耳にかかりゾクッとした。
一章の手が体に触れ唇がおでこから瞼へ、瞼から頬、頬から唇へと移動する。舌を絡ませた長いキスの後、滑るように首へ移動し、だんだん下へ移動した唇は形のいい胸に触れた。
「っ……」
ビクッと身体を震わせ口から声が漏れる。
「柔らかい………」
一章は柔らかな肌に唇を這わせながら言った。
真咲妃の腕を押さえ付けていた大きな手は柔らかな胸を優しく愛撫し始める。
手と唇で優しく胸に触れられ、真咲妃口から甘い吐息が漏れる。自分の甘い声に恥ずかしくなったが汗ばんだ身体が勝手に反応し声を押さえることはできなかった。
丸みのある腰に手を滑らせ包み込むように撫でると、次は……。
「やっ……」
真咲妃が滑らかにすべる一章の手を押さえた。
「いや……ですか?」
真咲妃の潤んだ瞳に一章の顔が映る。
「いや……」
口ごもる真咲妃の言葉とは裏腹に早く触って欲しいと身体が疼いた。
潤んだ瞳で見つめながら真咲妃は押さえていた手の力を緩めた。
動きを止めていた手はゆっくりと進みその場所へ到達した。
その場所に指が触れた瞬間、真咲妃の身体はビクッと大きく跳ねた。
一章の長い指が蜜で満たされた場所で動き出す。
水の跳ねる様な音。
真咲妃は身体を反応させ身をよじりながら堪えきれない声が口の隙間から漏れ出す。
柔らかな太ももに唇を滑らせていると大きな傷跡が見えた。以前真咲妃が言っていた傷だ。
その傷跡にも優しく唇を這わせる。
一章の舌の動きが真咲妃に快感を与え、その快感は身体を突き抜け口からは絶え間なく甘美な声が漏れる。
そして真咲妃の中に一章の長くてきれいな指がゆっくり体内にゆっくりと入ってきて、真咲妃の身体は更に熱くなっていく。
息が乱れ、身体は燃えるように熱い。
「真咲妃さん、きれいです。もっともっと真咲妃さんを知りたい」
一章はがむしゃらに真咲妃を抱きしめ汗ばんだ身体に唇で愛の印をつける。
「もっと声を聞かせて。真咲妃さんが欲しい」
真咲妃を見下ろす一章の燃えるような眼差し。その顔に手を伸ばし「あたしも一章が欲しい」肩で息をしながら真咲妃も一章を求めた。
その広い胸、逞しい腕にもっと抱かれたい。
ついに一章とひとつになり、真咲妃は彼の背中に手をまわし名前を呼び続け身体を預ける。
身体に快感が駆け巡り頭の芯が痺れる。
「……ああ、真咲妃さん好きです、大好きです」
「…か…ずあ……き、一章、あたしも大好きっ」
何も考えられない程の快楽の波が何度も押し寄せ真咲妃をのみ、ひときわ大きな波が2人を襲い共に果てた。
その後も時間が許す限り二人は身体を重ねた。
目が覚めると窓の外は明るくなり鳥の声が聞こえてきた。
目を開け頭をめぐらせ隣をみると規則正しい寝息をたてている一章の寝顔が目に入った。
初めて一章に抱かれた昨日の夜。二人は眠くなるまでお互いの身体を求め合い抱き合ったまま寝た。
思い出して顔が赤くなってきたところに一章が目を覚ました。
「おはよう」
目が合うと優しいキスをしてくれた。
今日は週の始まりの月曜日。
「俺、仕事行ってくるけど真咲妃さんはここでゆっくりしてて下さい。鍵は下駄箱の上にありますから」
着替えを済ませた一章はテーブルを挟んで朝食を食べている真咲妃にそう言いながらコーヒーを飲み干した。
「うん」
「じゃあ行ってきます」
スーツをピシッと着た一章を玄関まで送りに出てきた真咲妃の頬に一章はチュッとキスをして出かけていった。「いってらっしゃい」真咲妃は微笑んで一章の後ろ姿を見送った。
「さて、なにしようかな」
朝食の片付けをした後、部屋の掃除でもしようとキッチンからでた。
寝室のドアを開けると、乱れたままのベッドが目に入り真咲妃は夕べの事を思い出して1人で赤面した。
ベッドを整えていると一章の香りがしてくる。手を止めそのままベッドへ倒れこんで目をつぶった。
「一章……」
夕べの夢のような出来事を想い出しながらサラサラのシーツを撫でていた真咲妃はいつの間にか静かに寝息をたてていた。
目が覚めると日は高くなっおり夏の日差しが照りつけていた。
「やだ、寝ちゃった」
ベッドを整え直し、やっと探し当てた掃除機で部屋をきれいにした。
5時を少し過ぎた頃、携帯に一章から着信があった。
「ちょっと遅くなるけど夕食外で食べますか?」
確か花火大会の帰りに降り立た駅前にスーパーがあったのを思い出した。
「ねえ、キッチン借りていい?泊めてくれたお礼に簡単なものだけどあたし夕食作るよ」
「本当に?嬉しいな。買い物する場所はわかりますか?」
「うん。駅前にあったよね。じゃあ今から買い物に行ってくるね。苦手だったり食べられないものあったら教えて」
「真咲妃さんの料理だったら何でも食べられますよ。気をつけて下さいね」
「帰りは何時頃になりそう?」
「んー、7時過ぎかな。楽しみにしてますね」
「あんまり期待しないで。仕事頑張ってね」
一通り会話した後、真咲妃は買い出しに出かけた。
携帯をパチンとしめ胸のポケットにしまうと、残りの仕事を片付ける為、部屋へ戻る一章の肩を後ろから誰かが叩いた。
「おい、ずいぶんと上機嫌じゃないか」
「え?そうか?」
「なんかいいことあったのか?」
同僚と並んで歩きながら机に向かい仕事を片付けた。
玄関を開けるといい匂いが一章の鼻をくすぐった。
「おかえり」
真咲妃はキッチンから湯気のたった皿を持ってきてテーブルの上に置いた。
「いい匂いがする。すごいね」
テーブルの上には沢山の和食料理が並んでいる。
「意外でしょ?あたしが料理できるなんて。洋食がよかった?あたし和食の方が好きだから全部和食になっちゃった。ごめんね」
「いいえ、俺もどっちかというと和食かな」
そう言うと一章はきんぴらをひとつまみした。
「うん、うまい」
「ちょっと座って食べてよ」
二人は和やかな食事を楽しんだ。会社であったことやお店にきた風変わりな客の話、お互いに尽きることなくしゃべっていた。
「ごちそうさま」
一章は箸を置き手をあわせて挨拶をした。少し多めに作ってしまった料理は残さず一章が食べてしまった。
「お粗末様でした」
汚れた皿を流しに持って行き真咲妃が洗った皿を一章が拭き食器棚にしまう。
「片付け手伝ってくれてありがとう」
「いいえ、食事つくってもらったんだからこれくらいしなきゃね。……さて食後のデザートをいただこうかな」
「え?用意してないよ」
真咲妃がキョトンとしていると「ここにある」と言って一章は真咲妃の唇をぺろっと舐めた。
「!」
舐められた口元を押さえ耳まで真っ赤にしている真咲妃にもう一度キスをする。
キスをされながらどんどん後ろへ押されていくと背中が壁についた。それ以上後ろに下がれない真咲妃の頭を章は両手で抱くと激しいくキスをしてきた。
少し開いた唇の隙間から舌が入ってきて二人は舌を絡ませる。
「んんっ…」
激しいキスに唇の端から二人の唾液がこぼれる。
「デザートに真咲妃さんを食べさせて」
「うん」
唇を離すと一章は小さく頷いた真咲妃を抱え上げて寝室へと運んだ。
「明日あたし帰るね」
汗ばむ肌を布団の下で一章の腕に体を寄せた。
「明日?」
「うん。明日の最終で。自分の部屋も片付けたいし、2日間ありがとね。迷惑かけちゃったけど、すごく楽しかった」
真咲妃は一章に体をすり寄せた。
次の日、仕事を終えた一章と待ち合わせをして食事をした後、新幹線のホームに二人はいた。
「しばらく会えないけど……」
「うん……」
しばらく無言のまま手を繋いで立っていた。
ホームに新幹線が到着し降りる人乗る人が交差する中、二人は軽く抱き合ってキスをした。
「またね」
真咲妃は新幹線に乗り込み手を振った。目の前のドアがすっと閉まり新幹線が動き出した。
「バイバイ」
二人の間のドアに邪魔され声は届かなかったが、真咲妃は笑顔で手を振った。一章も微笑んで手を振り新幹線が見えなくなるまでホームで見送った。