逢瀬
久しぶりに一章に会える。
テンションが上がっている真咲妃は仕事も絶好調だった。
「アンナちゃん、今日はなんだかいつもより綺麗だね」
「えーそうですか?高田さんと一緒にいるからじゃないですか?」
お酒を注ぎながらお得意様と会話する。
「もしかしてコレができたか?」
高田が小指を立てた。
「やだー高田さんたら。恋人は高田さんだけですよ」高田の肩に頭を乗せ営業トークで盛り上げる。
すごい!
いつもはイヤな客もこんなに楽しく接客が出来てる。
これもやっぱり一章に会えるからかな?
イヤな客 < 一章?
恋の力ってすごい!
「本当に最近のアンナさんは輝いてますね」
真咲妃の仕事ぶりをみて言ったキャストの言葉に、その様子を見ていたクラブのママも微笑んだ。
「きっといい恋をしているのかもね」
「アンナさん恋人が?」
「例えばの話よ。私生活が充実してると人は変わるものなのよ。仕事も恋もね」
真咲妃は仕事を終えると速攻家に帰りシャワーを浴び着替えた。
待ち合わせは午後2時。一章はいつも真咲妃を休ませる時間配分をしてくれる。
仮眠を取ったあと、もう一度シャワーを浴びて待ち合わせの場所に向かった。
「お待たせ」
既に待ち合わせの場所にいた一章は真咲妃が現れると笑顔になった。
並んで歩き立ち寄ったデパートのフロアでは『ピアノ展』というものをしていた。
「ごめん、ちょっと……」
用を済ませた真咲妃が一章を探したが見当たらない。
(あれ?どこに行った?)
ピアノの音色が聞こえる。どうせ自動演奏だろうと思ったが人集りができている。
その人集りに近寄ると、人の隙間からピアノを弾く一章が見えた。
一章は真咲妃に気がつくと曲を短縮し演奏を終わらせた。すると周りで演奏を聞いていた人達から拍手がおき一章は一礼して拍手に応えた。
呆気にとられる真咲妃の前に一章がやってきた。
「何してるの?」
「『ご自由にどうぞ』って書いてあったから……」
照れながら言う。
「だからって……一章って意外と大胆なのね。それにしてもすごいね。ピアノが弾けるなんて知らなかった」
「ちょっと習ってただけですよ」
「ええっ!『ちょっと』ってレベルじゃないでしょ?そういえば一章、指長いものね」
「え、なんで?」
「お店でグラスを持つ一章を見ていた……から……」
真咲妃は照れながらそう言って一章の手を取りマジマジ見た。
「本当に長くてきれいな指ね」
真咲妃はどさくさに紛れ手を握ってしまっていたことに気付くいた。
「ご、ごめん」
慌てて手を離そうとすると今度は一章が握り返した。
「さあ行きましょう」
その後はずっと手をつないだままデートをした。
「雨が降りそう」
今は晴れているが、遠くの方の空には黒い雲が見える。
「降らないうちに行きましょう」
帰り道、思いのほか早い雲の動きにあっという間に空が真っ暗になった。
ゴロゴロと雷の音が聞こえてくると繋いでいる真咲妃の手にグッと力が入った。
「もしかして真咲妃さんは雷が苦手ですか?」
恐怖でこわばった真咲妃はコクコクと首を振る。
だんだんと暗くなる空に大きくなる雷の音。稲光が光り涙目の真咲妃は思わず一章の腕に抱きついた。
「ここからだと真咲妃さんちにつく頃には本降りか……俺んちの方が近いけど……」
本社への出張が多いため、会社がアパートを借り上げているのだ。真咲妃の部屋までは電車を乗り継いでも一時間以上はかかる。一章のアパートだとここからすぐだ。この状態で真咲妃を家に帰らせる事はむりだろう。
「真咲妃さん急いで」
真咲妃の手を引き一章は駅に急いだ。
かろうじて部屋につき、しばらくすると外は雷雨になった。激しい雨が降り低い音が轟き空気を揺るがす。落雷の音が暗闇を切り裂き夜の様に暗くなった空に稲妻がはしり一瞬外を明るくした。
一章に寄り添い耳を塞いでいる真咲妃は身体を震わせた。
ひときわ大きな音と稲光の後、突然部屋の電気が消えた。
「……!!」
「大丈夫だよ。泣かないで」
一章は腕の中で震える真咲妃をぎゅっと抱きしめた。
「大丈夫だよ……」
1時間もすると激しかった雷雨は止み陽が射してきたが真咲妃はまだ一章に抱きつきいていた。
一章の腕の中はとても心地よく落ち着く空間だ。安心すると言うのはこういうことなのかな?
「一章……」
「ん?」
「『大丈夫だよ』って言って抱きしめてくれたのこれで二回目。一章と付き合うずっと前に夢の中で同じ様にしてくれた。一章の腕の中って本当に気持ちいい」
「それは良かった。好きなだけいて下さい」
胸につけていた顔を上げると二人は自然にキスをした。
「もしかしたらこのまま——なんて思ったけど……」
真咲妃はフフっと笑い何気く言った言葉だったが、一章は自分に抱きついている真咲妃を体から無理やり離した。
真咲妃はなぜそうされたか解らず戸惑い一章を見た。その顔は怒っていた。
「俺も男だ。今まで我慢してたのに……真咲妃さんはそうしてほしかったんですか?それとも誘っているんですか?」
一章の鋭い視線が怖かった。
「なんなら今から」
そういうと何も言わない真咲妃を乱暴に押し倒した。初めて怒る一章を真咲妃は怖いと思った。
「いやっ…違う!」
押さえつけられた肩が痛い。
「いや?真咲妃さんが誘って来たんですよ?」
「違うの!ごめんなさい。今まで付き合った人達がみんなそういう奴ばっかりだったから……」
一章は哀しそうな顔で
「そんな奴らと一緒にしないで下さい。人の弱みにつけ込んでそんな事はしたくないです。言ったでしょ、俺は真咲妃さんの身体が目当てじゃないって。自分を安売りしないでください」
一章は手を引っ張り真咲妃を起こしまた胸に抱いた。
「乱暴なことをしてすみません。俺の努力を無駄にしないで下さい」
「あたしが悪かった。ごめん」
一章の本気で自分を思ってくれる気持ちを痛感した。