一章
一章はめったにタバコは吸わない。食事中は絶対に吸わないし、二人だけでいる時も絶対に吸わない。密閉された車の中や部屋の中でも吸わない。
吸うのは仲間うちで談笑しながら外で酒を飲んでいる時だけ。
なのでタバコを吸うと知ったのは付き合い始めてからだった。
「タバコ嫌い?嫌いだったらやめるよ」と言われたことがある。真咲妃は首をふった。
なぜならその姿が真咲妃は好きだったからだ。
友達と談笑しながらその長い指で挟んだタバコを口にし煙を吐き出す。その姿がとてもセクシーなのだ。
真咲妃はたまに見せるその大人の男の色気を感じさせる姿に毎回ゾクッとさせられ見とれてしまう。
時々ちらっと見られ目が合うと胸が張り裂けそうになるくらいドキドキする。
一章はそんな魅力のある男性だ。
<あさってからそちらに行きます。会ってもらえますか?>
いまだ一章はメールも敬語だ。
遠距離恋愛が始まってはや半年。会えるのは月に一度くらい。2〜3ヶ月に一度、一章は三日程度の出張があり、その時真咲妃は必ず1日休みを取りデートを重ねていた。
「付き合い始めたからって直ぐにあたしを抱けると思わないで。あたしそんな軽い女じゃないの。あとあたし、頭を撫でられるのが嫌いなの、覚えておいて」
付き合い始めてから直ぐに真咲妃はこう言うと一章は「真咲妃さんのいやがることはしませんよ」と頷いた。
真咲妃はまた夜の仕事を続けている。
「好きな仕事だったら辞めないで」
一章は真咲妃の仕事を尊重した。
「ねえ、一章はあたしよりも年上なのになんで敬語なの?」
以前聞いたことがある。
「好きな人と喋るのは緊張するからですよ」
とさらっと答える。
「そうなの…でも付き合ってるのに敬語っておかしくない?」
「おかしくないです。だって付き合いだしてから更に真咲妃さんの事が好きになっていくんですから」
真顔で好きと言われどきっとする。
落ち着けあたし。お客さんにも散々好きって言われてたじゃない。慣れてるはずなのに…。
でも一章に言われる『好き』は全然別物だった。
言われる度に心がキュッとなる。ストレートな愛が真咲妃の心臓を激しく鼓動させる。
あたしってばいつの間にこんなに一章の事が好きになってたんだろう。
だけど強気な性格が邪魔をして上手く甘えることができない。本当は腕を絡ませて歩きたいし自分からももっと一章に甘えたい。なのに……。
告白されたその日にキスをするのが当たり前になってきたこの時代、遠距離だったせいもあり初めて一章とキスしたのは告白された1ヶ月後だった。
ぎこちないがとてもあたたかいキスだった。緊張で震えるキスを受けたのも初めてだった。
キスされた真咲妃もとても緊張した。緊張したキスなんて初めてかもしれない。その時真咲妃は思った。