知らぬ間の想い
一章が支社に帰って1ヶ月後、いつも来ていたメンバーが来店した。
「こんばんは〜」
だけど一章だけがいない。
テーブルについた真咲妃は1人ひとりにおしぼりを渡しながら「今日はお一人いないんですね」と何気なく聞いた。
「ああ一章?そうなんだよ。あいつさ今回の本社でのプレゼンに一緒に来るはずだったんだけど、頑張りすぎて風邪こじらせちゃってさ」
「そうそう、一番頑張ってたんだけどな。肺炎でぶっ倒れて一週間前から入院中」
「仕方なく一章の用意してくれた資料だけ持って、こっち来たのは俺たちだけ」
入院?
真咲妃は動揺を隠して「あの方真面目そうですもんね」と言った。
その後も動揺を気付かれないように明るく振る舞っていたが、バックにいた時に後輩から
「アンナさん大丈夫ですか?」と尋ねられた。
「え?なにが?」
「なんか様子が……」
「え、何のこと?何でもないよ。さあ仕事仕事」
とことさら明るく振る舞った。
気がつくと電車に乗っていた。
仕事が終わりすぐ電車へ飛び乗ったみたいだ。
何気なく一章の同僚から聞き出した病院へ向かっていた。
病院についた頃にはすでに面会時間が始まっていた。
受付で一章の病室を聞き廊下をカツカツと行くと一章の名前を見つけズカズカと病室へ入っていった。
「ちょっと!」
真咲妃は一章のベッドの脇へ仁王立ちし腰に手をあててなるべく小さな声で言った。
突然声をかけられ、読んでいた雑誌から顔を上げると思いも寄らない人が目を入り一章は驚き目を見開いた。
「アンナさん?なんでここにいる……」
「なんで入院のこと教えてくれなかったの?メールしても返事がないから」
「携帯の電池が切れちゃって」ポリポリと頭をかいて一章が言った。
「充電器くらいコンビニいけば売ってるでしょ?夕べ会社の人がお店にきて望月さんが入院してるって聞いて。すぐに返事をくれるあなたからメールなくて心配したんだから!!」
「心配ですか?」
「そうよ!心配……」
自分の言った言葉にハッとし真咲妃は口を手で覆った。顔が赤面してくる。
「アンナさんが少しでも俺のこと気にかけてくれて嬉しいです」
一章は嬉しそうな顔でそう言った。その顔と言葉を聞いて真咲妃はほっとして涙が出てきた。
自分が思っていた以上に一章のことが気になっていたようだ。
「アンナさん」
一章はベッドから手を伸ばして顔を覆って泣いている真咲妃の肩に触れた。
「すみません、心配かけて。これを気にメール辞めようと思って。アンナさんあまりメール好きじゃないって言ってたし、嫌がられてると思って」
「メールがなくて寂しかった。本当にものすごく心配だったんだから」
真咲妃は本音を言った。
「どーしよう。これじゃお店に出れない」
泣いた為目が腫れている。
「……どうしましょうか?」
その答え方と自分よりも困った顔の一章をみて真咲妃は「ぷっ」と吹き出した。
「なにがおかしいんですか?アンナさんはやっぱり笑顔が似合いますね」
そう言われ真咲妃は赤面した。
「この間のお礼をしたいのですが、今度食事に誘ってもいいですか?」
真咲妃がお見舞いに来た二日後、無事に退院した一章は真咲妃にメールをした。
ちょうど休みだった真咲妃は承諾し待ち合わせの日にちと時間、場所などのやりとりを数回した。
食事当日。
待ち合わせの場所へ行くとすでに一章が待っていた。真咲妃に気づいた一章は笑顔で挨拶をした。
「お休みの日にすみません」
「いいえ、大丈夫ですよ」
笑顔で答える真咲妃を連れて歩き出し、気兼ねなく入れる店で二人は楽しく食事をした。
「お店にいる時とやっぱり雰囲気が違いますね」
一章は食事をしながら真咲妃をみた。
「ええ。普段はこういう格好なんです。スカートなんてお店でしか履かないんですよ。望月さんは今日もお仕事で?」
いつもと同じようにスーツ姿の一章を見て真咲妃は聞いた。
「あ、いえ……今日は……」
「もしかして、食事の為にこっちへ?」
顔を少し赤くして口ごもる一章をみて真咲妃は驚いたように言った。
「お忙しいし遠いのに……。お礼なんてお仕事の時に来た時でよかったのに」
「いいえ。アンナさんだってお忙しい中来てくれたじゃないですか。それに……あなたに会いたくなって。やっぱりご迷惑でしたか?」
言葉に呆気にとられてしまったる。
「会いたくなったって……」
「ほんの2時間ですよ」
そう言って一章は笑った。
「ほんの2時間って新幹線の2時間は遠いでしょ!?」
真面目腐った顔で言う一章に真咲妃は思わずプッと吹き出してしまった。
「望月さんって優しいんですね。すごく真面目そうに見えるけど時々天然入ってるかも」
その後は和やかに食事をして、いつの間にか真咲妃は素になり一章に敬語なしで話しかけていた。
「あたしと食事なんかして彼女に怒られちゃうんじゃない?」
「いえ大丈夫ですよ。俺彼女いないから」
「えっそうなの?望月さんかっこいいのに……ね」
言ってから真咲妃はちょっと照れてしまった。
「俺こそアンナさんの彼に殴られないかな?」
「あたしもいないからっ」
二人は笑いながら楽しい一時を過ごした。
食事を終えて夜景の見える海沿いの道を歩いていた。
「きれいね」
立ち止まった真咲妃は風になびいて顔にかかった髪をかき上げながらり海を眺めた。一章も横に並び無言で海を眺めた。
「アンナさん……」
「なに?」
一章は真咲妃の横顔を見て口を開いた。
「アンナさんの事が好きなんです。もしよかったら付き合ってもらえませんか?」
突然の告白に思わず真咲妃は一章をみた。
「あたし?本当にあたしでいいの?」
笑顔でうなづく一章。
「本当?」
「はい」
「お店のあたしは仮の姿で素のあたしは全然違うよ?」
「2人で食事してた時ほとんど『素』だったでしょ?お店では見せない顔知ってますよ。さっきだってお店では見せないような大きな口を開けて食べてましたよ」
「やだ……」
真咲妃は顔を赤くして一章の腕を軽くたたいた。
「だけど……付き合ってからもこの仕事辞められないよ?」
「もちろん構いません。仕事中のアンナさんは輝いてるし」
「本当に本当にあたしでいいの?」
「くどいですよ、アンナさん。それとも俺の事嫌いですか?だから付き合うのはいや?」
「そんなことない。ただこの仕事してるから直ぐに返事しちゃうと軽い女って思われるかな〜って思っちゃって」
「アンナさんはそんな人じゃないですよ」一章は笑った。
「ふふっ、ありがとう。あたしでよかったら付き合ってあげる……なんてね。実はあたしも望月さんがずっと気になってた。だけどあたしから告白すると『遊び』って思われるかなって思って告白できなかったからすごく嬉しい」
一章はうれしそうにニコッと微笑んだ。
(その笑顔に惚れたのよ)
真咲妃も嬉しそうに笑った。
「真咲妃」
「え?」
「あたしの本名。『真に咲く妃』って書くの。名前負けしてるでしょ?『まさき』だなんて男っぽいし、あんまりこの名前好きじゃないの」
「『真に咲く妃』か。綺麗な名前ですね。じゃあ、これからは真咲妃さんって呼んでいいですか?」
「うん。あたしはなんて呼べばいい?」
「アン……真咲妃さんが呼びたい呼び方でいいですよ」
「一章……さん?」
「『さん』はいりませんよ」
「だって、『さん』付けで呼んでくれるから……」
「俺は元々……ほら……ね…」
「わかった。よろしくね一章」
「こちらこそ」
一章はうれしそうにニコッと笑うと真咲妃を抱きしめた。
「きゃっ」
意外とがっちりしている広い胸からは微量な香水の香りがする。
すごくドキドキするけどなんだか心地よい。
「良かった。断られたらって思って緊張してたんです」
真咲妃は温かい胸に寄り添いながら微笑んだ。
一章は照れている真咲妃の頬に軽くキスをした。
思わずキスされた頬に手を当てる。
真咲妃は自分が赤くなっていくのがわかった。
自分が『普通の恋』をするなんて。頬へのキスでこんなにも胸がドキドキするなるなんて……。
真咲妃は一章を見て微笑んだ。幸せだった。