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番外 一章の秘密1

時はさかのぼること結婚五年目頃。


一章宛てに招待状が届いた。


「招待状?何の?」


一章は首を傾げながら封を開け中身を読むと笑顔になった。



「長い間海外にいた高校時代の友人からです。帰国パーティーをするそうです。真咲妃さんも一緒に行きましょう」


「えっあたしもいいの?」


「もちろんですよ。パーティーは夫婦同伴ですからね」





健人(けんと)おかえり」


名前を呼ばれた男性は振り返り

「一章か?おお、久しぶり!」

と言って一章と抱き合ってポンと肩を叩いた。


先に話をしていた相手は健人に一言うと握手をして立ち去った。


健人は一章に向き直り改めて握手をした。

「もうずっとこっちにいるのか?」

「ああ、そろそろこっちに落ち着こう思ってな。もう30過ぎだし、お袋もうるさいからな……」


健人と呼ばれたその人は一章の後ろにいる真咲妃に気づき一章に尋ねた。


「彼女?」

「俺の奥さん」

「一章お前、結婚したのか?」

「紹介するよ。妻の真咲妃さん」

一章は後ろにいた真咲妃の腰にそっと手を添えて驚く健人に妻を紹介した。


「初めまして、真咲妃です」

「こちらこそ。ご挨拶が遅れました。柏木健人と申します」

そう言って健人は真咲妃に名刺を渡した。


《通訳者 柏木健人》と書いてある。


「通訳者?すごい」

真咲妃は健人を見て驚いた。どうりでこの会場に外国人が多い訳だ。


「通訳者っていうのはほんの一部の職名ですよ。他に翻訳家だったり語学研究家だったり。今はやりの語学ブームの先駆け者です」


そう言われ、真咲妃は「あっ、知ってる」と頭の中に思った。


「Kentoって言うお名前で何冊も語学本を出してますよね。分かり易いって評判の」


「お恥ずかしながらね」

健人は照れながら笑った。

《Kento》といえば、英語フランス語イタリア語やスペイン語、韓国語や中国語など数カ国語を自由に操るうえ、その流暢なしゃべり方で未だに続く『語学ブーム』を起こした人だ。


数年前に数冊の語学本を出した。すると分かり易いと評判になり一時店頭から《Kento》の本やDVDが消えるという事があった。

その本のおかげで外国語に興味を持つ人が増え、経済効果が増大したとニュースでやっていたのを思い出した。


数年たった今でも本の売れ行きは好調だった。



「一章も落ち着いたな。スーツなんか似合っちゃって。昔は俺と悪さばかりしてたのにな……」


「なっ!」

一章は慌てて健人の言葉を遮った。


「そういえば、一章の学生時代の話ってあんまり聞いたことないね」

真咲妃が何気なくそう言ったのを健人は聞き逃さなかった。


「教えてあげようか?真咲妃さん」

健人は嬉しそうに笑いかけてきた。


「おいっ健人!向こうで呼んでるぞ!」

一章は健人の背中を押し人ごみの中に押しやった。健人はつまらなそうに振り返ると「また後でな」と手を振って行ってしまった。



「一章?聞かれちゃまずいことしてたの?」

真咲妃は疑いの目を向け一章を追究した。



パーティーは盛況だった。

いろいろな国の言葉が交差しそれは賑やかだった。


「一章、一曲頼むよ」

会場の向こうから健人が一章に向かって手を振って招いた。会場にいる皆の目が一章に注がれる。


健人の指名を断る事は出来ず、一章は手にしていたグラスを真咲妃に預けてしぶしぶ健人のいる方に向かって歩いていった。

健人に紹介された一章は拍手に迎えられ頭を下げた。

ピアノに向かい鍵盤に指を置くとその指は鍵盤の上を滑るように動きだした。

流れるようなピアノの旋律が会場を満たし、雑談をしていた人たちも食事の手と口を止めて耳を傾ける。

曲が終わるといたるところで拍手が巻き起こった。


「カッコよかったよ」

照れながら真咲妃の所に戻ってきた一章は、手渡されたシャンパンをグイッと一飲みした。

一章は汗を拭きながら「ありがとう」と真咲妃に笑顔を返した。




招待客のいなくなった会場には先ほどの熱気がまだ残っており、宴の盛大さを物語っていた。


『終わった後に軽く話そう』

健人に言われて一章と真咲妃は会場に残った。

一章はパーティーに招待された他の同級生に呼ばれ話しに行っていた。


ひとけの少なくなった会場を真咲妃はアルコールで火照った顔を冷ましながら少しぶらぶらしていた。すると会場の奥にある大きなグランドピアノに目がいった。

真咲妃は歩いていき鍵盤を一つ叩いた。

ポーンと音が響く。


楽器演奏など中学の音楽祭でリコーダーしか吹いたことがない真咲妃は、楽譜も読めなければ演奏もできなかった。

一章はいとも簡単に鍵盤の上で滑るように指を動かし、流れるようなリズムでピアノを奏でていた。


ピアノを触っていると「弾いてみる?」と後ろから声をかけられた。

「もういいの?」

真咲妃は一章を見て聞いた。

「うん、終わったよ。ここに座って」

一章は椅子に詰めて座ると隣をポンと叩いて真咲妃を促した。


「あたし弾けないよ」

椅子に座りながら真咲妃は首を横にふった。

「大丈夫。ここに手を置いて、ここを叩いてみて。そう、そのリズムで……」


ポーンと真咲妃が鍵盤を叩くと、一章はゆっくりと両腕を伸ばし真咲妃の出す音に合わせて曲を弾いた。


短い曲を弾き終わると「パチパチ」と拍手が聞こえた。用事を済ませた健人と会場の片付けをしていたホテルの従業員が数人聞いていたみたいだ。


恥ずかしさに赤面している真咲妃は一章にうながされ椅子から立ち上がると二人一緒にぺこっと頭を下げた。


「お前ら仲いいな。羨ましいよ」

拍手をしながら歩いてきた健人が二人を見て言った。

「みんなに見られてたなんて恥ずかしい」

真咲妃は吹き出す汗をハンカチで押さえた。





「高校の時なんか散々悪さばっかりでさ、タバコと喧嘩がばれた時は停学寸前だったよな。あれ?停学だったんだっけ?何度目だったっけ?」


今の一章からは想像も出来ない事ばかりを聞かされ真咲妃は驚いた。


「今じゃ俺はめったにタバコ吸わないけどな。ハタチまでに吸い過ぎたわ」


「一章もめったに吸わないんですよ」


真咲妃は自分の知らない一章の話を聞くのが楽しかった。一章もまだ楽しそうに健人と思い出話に花を咲かせていた。


「俺も一章もつるんでた中ではちょっと異色でさ……」

「そうだったな。外見に似合わず健人は外国語が得意だったし俺はピアノが弾けたしな。いつだったか英語の外国人教師とマジで喧嘩した時なんか凄かったな」


「喧嘩?学校で先生と?」

真咲妃はビックリして二人をみた。


「手は出なかったんですけど、言葉がね……。外国人教師と対等に英語で口げんか。あん時のクラスみんなの顔。ポカーンとしてたな」

健人と一章は大笑いしあった。


「そんな事もあったな。俺あん時頭に血が上ってて何言ったか覚えてねーけど」


一呼吸すると健人はふと何かを思い出したように不適な笑みをしながらスーツの内ポケットから何やら取り出した。


「あっそうそう、荷物整理してたらこんな写真が出てきてさ」

健人がポケットから一枚の写真を出した。その写真を健人から受け取ると一章の顔は固まった。


「何?どんな写真?見せて」

真咲妃が手を伸ばし写真を取ろうとした。一章はびっくりするくらいのスピードで写真を持つ手を引いた。

「あっいや……この写真は……。健人てめえ!」

一章は健人を鋭く睨みつけた。


「あっ、もう一枚あった」

健人は悪そびれる事もなく、胸元から取り出したもう一枚の写真をひらひらと持ち真咲妃に渡した。


「真咲妃さん!見てはダメです!!」

必死に阻止した一章の力は一歩及ばず、真咲妃の手に写真は渡った。


写真にはタバコを口に加えいわゆる『ヤンキー座り』をしてこちら見て笑っている短ラン姿の男子学生が数人写っていた。

「これが俺。んでその隣の隣が一章」

健人は写真を指差して言った。


「何の時の写真なんですか?」

「あーこれはね、真ん中のヤツの退学記念。今は真面目そうだけど、一章にもこんな時代があったんだよ。こんなんだったけど、女子と話すのは苦手でさ、敬語でしか話せねーのよ。そこは今と変わんねーな」


ケラケラと笑う健人をよそに、一章は過去の汚点を真咲妃に知られた恥ずかしさからひたすらアルコールを口に運んでいた。




「全く、健人は喋りすぎた!」


「そう?あたしの知らない一章の秘密を知ってなんか嬉しい」


パーティーが行われた会場は自宅からは遠く、予約していたシティーホテルに戻ってきた二人はシャワーを浴びた後、ソファーでくつろぎながら話しをしていた。


「一章の学校は学ランだったんだね。うちブレザーだったから学ランに憧れてたんだ」


「真咲妃さんの学生時代はどうでした?」


「あたし?あたしの学生時代はタバコも吸わなかったし喧嘩もない、普通で平々凡々な学生生活だったよ。その時もう両親はいなかったし、姉さんはとっくに社会人で仕方なく寮生活だったんだけど。それなりに楽しかったけど全部みんなと同じでつまんなかった」


真咲妃は思い出すように遠くを眺めた。


「寮母が厳しい人でね、バイトも禁止だった。早くこの生活から抜け出したいって思って、卒業と同時に紫織ママの店に入ったの。ああいう世界に憧れてね。一章は楽しそうだね」


手にした二枚の写真を眺めて真咲妃は言った。

二枚目の写真には、バイクに二人乗りしている健人と一章が写っている。

どちらの写真も楽しそうだ。


「もしかしてこの傷はこの頃の?」

真咲妃は隣にいる一章のまぶたにある小さい傷に触れた。



一章は真咲妃の話を聞きながらアルコールの入ったコップを空にするとおもむろに立ち上がり真咲妃を抱きあげた。

「きゃっ、一章?」


そしてそのままベットルームへ運び、きれいに整えられている大きなベットの上にポーンと真咲妃を投げた。


「きゃあっ!」

「俺の過去の汚点である秘密を知ったからには黙っててもらわないとな」


一章は真咲妃に覆い被さるようにして唇を塞いだ。

「んんっ」

アルコールの匂いがする激しいキスに真咲妃はクラクラした。


「一章、酔ってる?」

「全然!」


一章は少し赤い顔で笑うと真咲妃を押し倒した。




「俺の秘密をもっと教えてあげますよ……」




その後二人は少し激しく甘い夜を過ごした。



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