第44話 古代武具の選定――時空士に応える黒き籠手
宿の朝食を終えた恒一たちは、昨日発見した山中の古代施設について話し合っていた。
「ねえ、今日はあの施設の奥を調べるんだよね? 古代武具が残っているなら、私の短剣も何か手がかりが見つかるかな!」
コハクが期待に満ちた声を上げ、尻尾を揺らした。
「武器が見つかったとしても、すぐに使えるとは限らないわ。古い施設なのだから、罠や防衛機構が残っている可能性もあるでしょう?」
リゼリアが落ち着いた声で答える。
「分かってるよ。でも、使いやすい武器が見つかったら試してみたいじゃない!」
「私も、昨日の施設で見た装置が気になっています」
エレナは弓の具合を確かめながら言った。
「ただ、古代の道具が私たちの技能に合うとは限りません。まずは仕組みを調べる必要がありますね」
「防壁や浄化に役立つものがあれば、調査の安全性も高められると思います」
セレスも慎重にうなずいた。
フィリアは昨日の記録をまとめた手帳を開いた。
「昨日の反応だけでは、武具の機能も、私たちへの適合性も判断できません。施設の装置が正常に動く保証もありませんし、持ち帰るものがあれば、慎重に検査しましょう」
「そうだな。まずは安全確認。それから、使えそうなものがあるか調べよう」
恒一がそう締めくくると、リゼリアは穏やかに微笑んだ。
「ええ。焦らず、一つずつね」
◇
北東の山中にある古代施設。
六人は前日に確認した通路を慎重に進み、結晶に覆われた獣と遭遇した区画の手前で足を止めた。床や壁には、六つの星を円で囲んだ紋様が刻まれている。以前に調査した遺跡や石橋の地下施設でも見つかったものとよく似ていた。
「同じ紋様が、ここにもありますね」
フィリアが壁面を観察する。
「共通する技術で造られた施設なのかもしれません。ただ、同じ印があるからといって、すべてが直接つながっているとは限りません」
「昨日の戦闘で、奥の装置はまだ動いていることが分かった。でも、何を管理しているのかは不明のままだ」
恒一は周囲を見回した。
昨日の戦闘では、結晶に覆われた獣が床の結晶から力を得ているように見えた。空間への干渉も確認されたが、それが獣自身の能力なのか、施設の仕組みによるものなのか、まだ判断できていない。
「まずは周辺の記録を集めよう。無理に奥へ進むのは、それからだ」
リゼリアたちはうなずき、通路脇にある小部屋の調査を始めた。
小部屋には、古びた台座と、壁に埋め込まれた金属板が残されていた。台座の上には、いくつかの武具らしき物体が置かれている。長い年月を経て表面が変色しているものもあれば、黒い金属の輝きを保っているものもあった。
「本当に武具が残っていたんだ……」
コハクが目を輝かせる。
「触るのは待ってください。何らかの仕掛けが残っているかもしれません」
セレスの言葉に、コハクは伸ばしかけた手を止めた。
フィリアは台座の周囲を調べ、壁面の金属板に刻まれた文字を読み取ろうとした。しかし、文字の大半は摩耗しており、意味を確かめられる部分は少なかった。
「武具の保管場所だった可能性はあります。でも、ここが何のための施設だったのかまでは分かりませんね」
「なら、残っているものを一つずつ確認するしかないな」
恒一は台座から少し距離を取り、黒い金属で作られた籠手に目を留めた。
それは、彼が訓練用に作っている未完成の試作籠手と、どこか似た形をしていた。拳から手首にかけて細い溝が刻まれ、表面には青白い線のような模様が走っている。
「これは……」
恒一がつぶやく。
「恒一の能力と関係があるのかしら?」
リゼリアが隣から籠手を見つめた。
「まだ分からない。見た目が似ているだけかもしれないし、まずは構造を確かめたい」
恒一は直接手に取ることを避け、フィリアとともに周囲の装置を調べた。
台座の脇にある石板に手を近づけると、表面にかすかな光が走った。文字のようなものが浮かび上がるが、すぐに途切れ、読み取れる情報は限られている。
《装備分類:未判定》
《使用者適合:測定中》
《構造評価:未完了》
《補助機能:未確認》
《空間干渉反応:微弱》
「適合判定というより、何かを測定している途中のようですね」
フィリアが慎重に記録する。
「使用者が誰なのか、何の機能があるのかも、まだ確定できません」
恒一は黒い籠手を見つめた。自分の技能に関係する可能性はある。しかし、今の段階で自分専用の武具だと決めつけることはできなかった。
「無理に動かさず、反応が続くかだけ確認しよう」
彼は《空間操作》を使おうとせず、台座の紋様と籠手の表面を観察した。
しばらくすると、籠手の溝が一瞬だけ青白く光った。
《管理系統との共鳴反応:微弱》
それだけ表示され、光は消えた。
「今、反応したわね」
リゼリアが言った。
「ああ。でも、何に反応したのかは分からない」
恒一は慎重に息を吐いた。古代の装備が自分の能力に応じた可能性はある。それでも、装着して安全に使えると確認できたわけではない。
「持ち帰るにしても、ギルドで調べてもらってからだ。ここで試すのは危険すぎる」
恒一の判断に、全員が同意した。
◇
次に、台座に残されたほかの武具を調べた。
赤い結晶の埋め込まれた片手剣、細身の弓に似た武器、左右で形の異なる短剣、環状の結晶が付いた杖。そして、魔法陣を描いたような模様のある小さな金属器具。
どれも古代の技術が使われているように見えるが、詳しい機能は分からない。
「この剣、私の今の剣と少し似ているわね」
リゼリアは手を伸ばしかけて、台座の周囲にある細い溝に気づき、すぐに手を引いた。
「直接触れるのは、装置の仕組みが分かってからにしましょう」
「そうですね。外見だけでは、武器なのか、それとも何かの部品なのかも断定できません」
フィリアは金属器具の表面を観察した。
エレナも弓らしき武具を注意深く見ていた。
「私の《異空間射撃》に関係するものなら興味がありますが、今のところは普通の弓との違いも判断できませんね」
「私の短剣も、形が少し違うだけじゃ何とも言えないね」
コハクは残念そうに口を尖らせたものの、勝手に触ろうとはしなかった。
セレスは環状結晶の付いた杖を見ていた。
「防壁や浄化の魔法に使える可能性はあります。でも、今の私たちに扱えるかどうかは別の話です」
「全員、自分の技能に合いそうなものが気になっているんだな」
恒一が言うと、リゼリアが笑った。
「当然でしょう? ただし、使えるかどうかは別。今の装備を大切にしながら、少しずつ調べるべきね」
その言葉に、恒一もうなずいた。
古代武具が本当に使えると分かれば、今後の探索に役立つかもしれない。しかし、未知の道具に頼り切るのは危険だった。
六人は武具の形状と配置を記録し、台座や壁面の紋様を写し取った。持ち帰れるものがあるかどうかも含め、ギルドの専門家に確認してもらう必要がある。
◇
調査を終える前に、恒一はもう一度、黒い籠手の前に立った。
自分の《空間固定》や《二重衝撃》を補助するものなのだろうか。そう考えたくなる気持ちはあったが、確証はない。
恒一は籠手に触れず、台座の紋様へ意識を向けた。
すると、床に刻まれた六つの星を囲む円が、かすかに光った。
《管理系統との共鳴反応:微弱》
《記録領域:アクセス不可》
表示はすぐに消えた。
「記録領域……?」
恒一が眉をひそめる。
フィリアが記録を確認する。
「何かの管理機構が存在する可能性はあります。ただ、アクセスできない理由も、記録が実際に残っているのかどうかも分かりません」
「この施設の管理機構と、恒一の固有異空間が関係している可能性は?」
エレナが尋ねた。
「可能性は否定できない。でも、今の反応だけでは結びつけられないな」
恒一は答えた。
固有異空間は、今も灰色の壁とベッド、明かりだけがある小さな初期領域だ。維持するだけでも精神的な負担があり、安定して使えるとは言い難い。仲間を招き入れることもできず、古代施設と自由につながっているわけでもない。
今回の反応がその異空間によるものなのか、時空士という職業に由来するものなのか、それとも単なる施設側の仕組みなのか。判断する材料は足りなかった。
「分からないことは、ギルドに持ち帰って整理しよう。ここで無理に答えを出す必要はない」
恒一がそう告げると、リゼリアは隣でうなずいた。
「ええ。少しずつ進めばいいのよ。今は安全に戻ることを優先しましょう」
六人は記録をまとめ、台座や武具には手を加えず、小部屋を後にした。
通路を戻る途中、奥の方から淡い金色の光が漏れていることに気づいた。昨日まで見ていた青白い光とは、わずかに色合いが違う。
「また別の装置があるのでしょうか……」
フィリアが足を止めた。
「今は近づかない。まずは今日の調査結果を報告して、準備を整えてからだ」
恒一の言葉に、仲間たちはうなずいた。
未知の施設には、まだ多くの謎が残されている。古代武具の正体も、黒い籠手が恒一に反応した理由も分からない。
それでも、手がかりは少しずつ増えていた。
六人は慎重に来た道を引き返し、ギルドへ報告するため、山中の施設を後にした。




