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第38話 紅き星の目覚め――吸血姫の覚悟

エルセリアの冒険者ギルドに併設された訓練場には、朝から五人の仲間が集まっていた。

壁際には、それぞれが使う武具が並べられている。フィリアがまとめた調整案をもとに、街の職人に手を入れてもらったものだ。どれも完成された特別な武器というわけではない。だが、使い手の体格や戦い方に合わせ、握りやすさや重心、扱いやすさが見直されていた。


「よし。今日は装備の調整具合を確かめながら、連携の訓練をしよう」


恒一がそう告げると、コハクが待ちきれないとばかりに尻尾を揺らした。


「やっとだね! 新しく調整してもらった短剣、早く使ってみたい!」

「気持ちはわかるけれど、最初から全力で振り回さないこと。まずは握りや重心を確かめて、それから少しずつ強度を上げるのよ」


フィリアが記録用紙を手に釘を刺す。


「えー、でも、どこまで使えるか試さないとわからないじゃん」

「だからこそ、段階を踏むの。武器の具合を調べる前に、標的ごと壊してしまったら意味がないでしょう?」

「……はーい」


コハクは素直に返事をしたものの、短剣を持つ手は嬉しそうに動いていた。

エレナは弓の弦と握りを確認し、セレスは杖の状態を慎重に点検している。聖堂からの協力者である彼女は、普段の治療や浄化に加え、仲間を守るための防御魔法も訓練していた。

リゼリアは調整を終えた剣を鞘から抜き、刃を光にかざした。


「悪くないわね。以前よりも、私の手に馴染む感じがするわ」

「職人さんに細かく調整してもらったからな。実際に使ってみて、違和感があったらまた相談しよう」

「ええ。恒一との連携も、改めて確認したいところね」


彼女は紅い瞳を細め、楽しそうに微笑んだ。

恒一も笑顔で頷いたが、胸の奥には小さな不安が残っていた。

ここ最近、空間に干渉する力を使うたび、集中力を大きく消耗することがある。短時間なら扱えるようになってきたものの、複数の現象を同時に制御しようとすれば、頭痛や目眩が起こる危険もあった。


「恒一、今日は訓練よ。無理をする必要はないわ」


リゼリアは、彼の考えを見透かしたように言った。


「わかってる。みんなの装備を確認しながら、俺自身の調子も確かめるよ」

「本当に?」

「本当だよ」

「……なら、約束して。少しでも異変を感じたら、すぐに中断すること」


彼女はそう言って、恒一の手を軽く握った。

その瞬間、二人の間に、かすかな温かさが生まれた。

恒一の意識の奥で、見慣れない文字が一瞬だけ揺らめく。

《星位解放:待機状態》

表示はすぐに消えた。


「……今のは?」


恒一が小さく呟いたときには、すでに何も見えなくなっていた。

彼は気のせいかもしれないと思い直し、仲間たちとともに訓練場の中央へ向かった。


     ◇


最初の試験は、コハクから始まった。

訓練場には、硬い外殻を持つ魔物を模した標的が設置されている。木材と硬化処理を施した素材を組み合わせたもので、普通の木製標的よりも強い衝撃に耐えられるよう、ギルドの職員が準備してくれたものだった。


「それじゃあ、いくよ!」


コハクは短剣を構え、素早く地面を蹴った。

標的の正面から踏み込むと見せかけ、直前で横へ跳ぶ。低い姿勢で懐へ潜り込み、一撃、二撃と短剣を振るった。

さらに身体をひねり、反対側の刃で標的の関節部分を狙う。

刃が外殻に食い込み、三つの傷跡が一直線に刻まれた。


「すごい……!」


エレナが感嘆の声を上げる。


「動きの無駄が減っていますね。短剣の重心と柄の形が、コハクの戦い方に合っているんだと思います」

「へへっ、まだまだいくよ!」


コハクは一度距離を取り、恒一へ視線を向けた。


「恒一、今度は《瞬影襲撃》を試したい!」

「いいぞ。ただし、足場と移動先を確認してからだ。相手が動くことも想定して、無理な踏み込みはしないようにな」

「了解!」


コハクは呼吸を整え、標的の動きを想定しながら、短い距離を素早く移動する訓練に入った。

彼女の《瞬影襲撃》は、持ち前の身軽さと瞬発力を生かした技だ。だが、どんな場所でも安全に移動できるわけではない。足場が崩れていたり、敵が予想外の動きをしたりすれば、技を使う側にも危険が及ぶ。

コハクは標的の横をすり抜け、死角へ回り込む。そこから間合いを詰め、短剣を振り抜いた。

刃は標的の背面に、深い切り込みを刻んだ。


「やった! 今の、どうだった?」


嬉しそうに振り返るコハクに、恒一は頷いた。


「よかった。移動してから攻撃するまでの流れが自然になっている」

「えへへ!」


彼女の耳がぴんと立つ。

しかし、フィリアは記録用紙から目を離さなかった。


「動きはよかったけれど、まだ移動先の状況に左右されるわ。実戦では相手も動くし、足場が安定しているとは限らない。成功した動きを繰り返すだけでなく、途中で予定を変える練習も必要ね」

「そこは、あたしの感覚で何とかするよ!」

「感覚だけに頼らないこと」

「はーい!」


元気よく返事をするコハクを見て、恒一は頼もしさを感じる一方、気を引き締めた。

未知の遺跡や、いつか調査することになるかもしれない武具迷宮では、今の技が通用しない敵に遭遇する可能性もある。

そのときに必要なのは、力だけではない。危険を察知し、状況に応じて退く判断も、生き残るためには欠かせないのだ。


     ◇


続いて、エレナの試験が始まった。

訓練場の端には、異なる高さと角度に複数の標的が配置されている。

エレナは新しく調整された弓を構え、弦の張り具合を確かめた。矢をつがえ、狙いを定めて放つ。

矢はほとんど狙いどおりの位置へ命中した。


「弓のぶれが少なくなっていますね」


フィリアが記録を見ながら言った。


「握りや重心を調整した効果が出ているようです。あとは、エレナ自身の射撃感覚との相性を確かめていけばよさそうね」

「はい。以前よりも、構えたときに余計な力が入らない気がします」


エレナは小さく頷き、次の標的へ狙いを定めた。

今度は、彼女自身の技能である《異空間射撃》を意識する。

矢は通常の軌道とは異なる不思議な動きを見せ、標的の死角を狙うように飛んだ。だが、狙った場所から少し外れ、標的の端へ突き刺さる。


「惜しかったな」


恒一が声をかけると、エレナは悔しそうに矢の刺さった位置を見た。


「あと少しだったのですが……」

「弓の調整だけで、技能の扱いまで急に変わるわけじゃないもの。今日は、どの姿勢なら安定するのかを確かめていきましょう」


フィリアの言葉に、エレナは真剣な表情で頷いた。

彼女は足の位置を少し変え、肩の力を抜き、もう一度矢を放った。

今度は狙った範囲に矢が命中した。


「成功です……!」


エレナの表情が明るくなる。


「今の感覚を忘れないようにしよう。毎回同じようにできるか、少しずつ確かめていけばいい」

「ありがとうございます、恒一さん」


エレナは照れくさそうに微笑んだ。

そのあと、彼女は少しだけ迷ってから恒一のそばへ歩み寄った。


「あの……」

「どうした?」

「訓練が終わったら、少しだけ二人で話す時間をもらえませんか?」


恒一は一瞬驚いたが、すぐに笑顔で頷いた。


「もちろん。夕方なら時間を作れるよ」

「ありがとうございます」


エレナは嬉しそうに頭を下げた。

彼女が戻っていく背中を見ながら、恒一はその願いを大切にしようと思った。

仲間として支え合うだけでなく、一人ひとりの考えや気持ちにも、きちんと向き合っていきたい。

そのためにも、焦らずに信頼を積み重ねていく必要があるのだ。


     ◇


セレスの試験では、防御と浄化の魔法を切り替える訓練が行われた。

彼女は杖を構え、自分の前に防御膜を展開する。フィリアが放った弱い魔法弾が防御膜に触れ、淡い光を散らした。

攻撃を受け止めた直後、セレスは杖の先を標的へ向け直し、浄化の光を放つ。


「切り替えが以前より滑らかになっていますね」


フィリアが記録用紙を見ながら言った。


「これなら、味方を守ったあとに状況を立て直す余裕も生まれるはずよ」

「でも、強い攻撃を受けた場合に、どこまで防げるのかはまだわかりません」


セレスは慎重に杖を握り直した。


「防御力を高めるだけでなく、攻撃を受け流す方法も考えたいです」

「恒一さんの《空間固定》と組み合わせれば、何か見つかるかもしれないな」


恒一がそう言うと、フィリアは少し考えてから頷いた。


「ただし、恒一の技能が防御膜そのものを強化できると決まったわけではないわ。まずは弱い攻撃で、何が起きるのかを確認しましょう」

「そうだな。俺が短時間だけ空間を固定する。セレスは、いつもどおり防御膜を展開してくれ」

「はい。お願いします」


セレスが防御膜を展開し、恒一はその周囲の空間へ慎重に意識を向けた。

《空間固定》を使うと、意識の奥に軽い圧迫感が生じる。恒一は無理に範囲を広げず、ごく短い時間だけ制御を維持した。

フィリアが弱い魔法弾を放つ。

魔法弾が防御膜に触れた瞬間、軌道がわずかに逸れ、斜め上へ流れていった。

防御膜は崩れなかった。


「今のは……!」


セレスの顔が輝く。


「攻撃の向きが少し変わりましたね」

「そうだな。ただ、空間固定の影響なのか、防御膜の角度なのか、まだはっきりしない。今回は弱い攻撃だったし、同じ結果が毎回出るとも限らない」


恒一がそう説明すると、セレスは真剣な表情で頷いた。


「はい。条件を少しずつ変えて、確かめていきます」


そして彼女は、恒一を見つめた。


「恒一さん。次は、あなた自身を守る方法も一緒に考えたいです」

「俺を?」

「はい。恒一さんは、私たちを守ろうとして無理をすることがありますから……。あなたが倒れてしまったら、私たちも冷静ではいられないと思います」


その声には、切実な思いがこもっていた。

恒一は自分の手を見下ろし、これまで技能を使いすぎて頭痛に襲われたことを思い出す。


「わかった。俺も、自分を守る方法を身につけるよ。技能を使い続けるだけが戦い方じゃないからな」


セレスは、ほっとしたように微笑んだ。


     ◇


フィリアの試験では、《多重魔法包囲》の制御を確かめることになった。

彼女は杖を構え、三つの小さな魔法陣を空中に展開する。それぞれの魔法陣に別々の術式を組み立て、標的へ向けて放つ準備を整えた。


「まずは三方向から、同時に攻撃するわ。恒一は空間に干渉しなくていいから、魔法の動きを観察していて」

「わかった」


フィリアが合図を出す。

一つ目の魔法は正面から、二つ目は側面から、三つ目は標的の反対側へ回り込むように飛んだ。

三つの魔法は、ほぼ同時に標的へ命中した。


「多重魔法包囲の基礎は、かなり安定してきたわね」


フィリアは満足そうに頷いた。


「ただし、魔法陣を増やせば増やすほど、制御の負荷も大きくなる。数を増やすより、今の三つを確実に扱えるようにしたいわ」

「なるほど。無理に数を増やしても、狙いが甘くなったら意味がないからな」

「そのとおり。あなたの《空間固定》と組み合わせる方法も、いつか研究できるかもしれない。でも、現時点では、私の魔法をあなたの技能で自由に移動させられるわけではないでしょう?」

「そうだな。できることと、できないことを見極めながら試そう」


フィリアは魔法陣を消し、杖を机の上に置いた。


「それと、装備の研究も続けたいわ。現代の知識をそのまま再現するのは難しくても、素材の選び方や重さの配分、衝撃を受けたときの力の逃がし方なら、この世界の道具にも応用できるはずよ」

「武具迷宮に挑む前に、できる限り準備しておきたいな」

「ええ。ただ、まだ場所も詳しい構造も確認できていないのだから、迷宮の装備を作ると決めつけるのは早いわね。まずは今ある武器と防具を、確実に扱えるようにすることよ」


研究者らしい慎重な言葉だった。

未知の技術を目の前にすれば、フィリアはきっと真っ先に調べたがるだろう。それでも、危険が伴うときには、好奇心だけで突き進まない。

恒一はそんな彼女の姿勢を頼もしく感じていた。


     ◇


最後は、恒一とリゼリアの連携試験だった。

訓練場の中央には、特別に頑丈な標的が設置されている。

リゼリアは剣を構え、紅い魔力を刀身へ集中させた。


「準備はいい、恒一?」

「ああ。まずは、俺がどこまで合わせられるか確かめよう」

「無理は禁物よ。少しでも頭痛が強くなったら、そこで終わり」

「わかってる」


リゼリアが剣を振るう。

鋭い斬撃が標的へ向かって走り、恒一はその軌道を見極めてから、《空間固定》を短時間だけ使った。

斬撃そのものを自在に操れるわけではない。彼にできるのは、限られた範囲の空間へ干渉し、動きにわずかな制約を与えることだけだ。

恒一は集中を保ちながら、リゼリアの斬撃が標的へ届く瞬間を見定めた。


「今だ!」


彼が技能の制御を解くと、斬撃は標的へ命中し、外殻に深い切り込みを刻んだ。


「見事ね」


リゼリアは満足そうに微笑んだ。


「以前よりも、あなたの《空間固定》が安定しているわ」

「俺だけじゃない。リゼリアの剣筋もよくなっているよ。魔力を流すときの揺れが減っている」

「そうかしら?」

「ああ。一緒に訓練しているから、少しずつわかるようになってきた」


リゼリアは少しだけ目を丸くし、それから柔らかく笑った。


「あなたは、よく見ているのね」

「一緒に戦う仲間だからな」

「……それだけ?」


彼女はいたずらっぽく尋ねた。

恒一は一瞬言葉に詰まった。


「それだけじゃ、ないよ」


リゼリアの紅い瞳が、嬉しそうに細められた。


「ふふ。なら、あとで続きを聞かせてもらおうかしら」


その瞬間だった。

標的の周囲に残っていた魔力が、予想外の反応を示した。

先ほどまでの斬撃の余波が、標的の外殻に残っていた魔力と重なったらしい。空間固定を解除した直後、標的の一部が軋み、周囲の空気がかすかに揺らいだ。


「危ない!」


恒一は反射的に、もう一度《空間固定》を使おうとした。

だが、先ほどまでの集中が残っていたところへ、さらに意識を向けたことで、頭の奥に鋭い痛みが走った。


「っ……!」


視界が揺れ、足元が不安定になる。

リゼリアはすぐに異変を察知し、剣を下ろして恒一の手を握った。


「恒一、もういいわ! 技能を止めて!」

「でも、標的が……」

「標的より、あなたのほうが大切よ!」


その言葉に、恒一ははっとした。

彼は無理に技能を使うのをやめ、ゆっくりと息を吐いた。リゼリアが職員へ合図を送り、標的から距離を取る。訓練場の職員が安全を確認し、周囲の魔力が落ち着くまで全員が待機した。

しばらくして、恒一の視界の揺れは収まった。


「……すまない。もう少しで、無理をするところだった」

「謝ることではないわ。でも、約束したでしょう?」


リゼリアは心配そうに彼の顔を覗き込んだ。


「自分の限界を確かめることと、限界を無視することは違うのよ」

「ああ。肝に銘じるよ」


彼女の手を握り返した、その瞬間。

恒一の意識の奥で、見慣れない表示が浮かび上がった。

《契約者:リゼリア》

《相互信頼:確認》

《本人の意志:確認》

《星位解放:発動条件に接近》


「……何だ、これは?」


恒一が呟いた直後、リゼリアの周囲に、淡い紅色の光が一瞬だけ揺らめいた。

彼女もその気配に気づき、自分の手を見つめる。


「今の光……私の魔力かしら?」

「わからない。でも、何かが反応したみたいだ」


光はすぐに消え、リゼリアの様子にも目立った変化はなかった。

新しい力が発現したわけでも、彼女の★ランクが変わったわけでもない。

ただ、恒一の視界には、先ほどの表示が確かに残っていた。

《秘匿スキル:星位解放》

《契約者:リゼリア》

《通常星位:★3》

《発動条件:未確定》

《発動負荷:未確定》

恒一は息を呑んだ。


「星位解放……?」


その言葉に、リゼリアが彼の顔を覗き込む。


「恒一、それは何?」


恒一はすぐに答えず、周囲にほかの仲間がいないことを確かめた。今の現象を、ここで大勢に知られるわけにはいかない。


「まだ、よくわからない。だけど、俺の中に、何か隠された能力があるみたいなんだ」

「隠された能力……」


リゼリアは真剣な表情で彼を見つめた。


「無理に調べようとしないこと。さっきのように、あなたが倒れてしまったら意味がないわ」

「ああ。今は、何が起きたのかを記録するだけにしておく」


恒一は、表示の内容を忘れないように頭の中で繰り返した。

星位解放。

それが何を意味するのか、今の彼にはまだわからない。

ただ、十五歳のときに授かった★ランクは、原則として生涯変わらない。それが、この世界の常識だった。

もしその常識に関わる能力だとすれば、軽々しく扱ってよいものではない。


     ◇


訓練を終えた恒一たちは、ギルドの一室を借りて話し合うことにした。

恒一は、先ほど起きた現象について、仲間たちに説明するべきか迷っていた。

リゼリアは彼の隣に座り、静かに言った。


「みんなを信頼しているのなら、話しておくことにも意味はあると思うわ。でも、まだわかっていないことまで、無理に説明する必要はないわよ」

「そうだな……。隠し続けることが、かえって危険になる場合もある」


恒一は少し考えたあと、コハク、エレナ、セレス、フィリアの顔を順に見た。


「みんなに、聞いてほしいことがある。さっき、リゼリアと連携訓練をしていたとき、俺の意識に見慣れない表示が出たんだ」

「見慣れない表示?」


コハクが耳を立てる。


「《星位解放》という名前だった。詳しい効果はわからない。ただ、リゼリアとの間で何かが反応したらしい」


話が終わると、しばらく誰も口を開かなかった。


「……星位解放、ですか」


最初に言葉を発したのはセレスだった。


「私たちが学んできた記録では、十五歳のときに授かった★ランクは、生涯変わらないものとされています。少なくとも、一般に知られている歴史の中では……」

「私も聞いたことがありません」


エレナも驚きを隠せなかった。


「職業の技能が上達することはあっても、★そのものに関わる力となると……」

「ちょっと待って」


フィリアは考え込むように腕を組んだ。


「名前だけでは、どんな能力なのか判断できないわ。ランクを変える力なのか、星位に関係する情報を読み取るだけなのか、それすら確定していないのでしょう?」

「ああ。今のところ、発動したと断言できるような変化はない。リゼリアの★ランクも★3のままだ」


恒一が説明すると、フィリアは慎重に頷いた。


「それなら、まずは記録を残すことね。原因も効果もわからないうちに、試すためだけに能力を使おうとするのは危険だわ」

「私もそう思います」


セレスが続けた。


「恒一さんが危険にさらされる可能性があるなら、慎重に扱うべきです。必要以上に人へ話すことも避けたほうがいいと思います」

「うん。あたしも誰にも言わないよ!」


コハクは、いつになく真剣な顔をしていた。


「恒一が無理して倒れるの、もう見たくないもん」


エレナも静かに頷く。


「私もです。恒一さんが望まない形で、誰かに能力を調べられたり、使わされたりするようなことは、あってほしくありません」


最後に、フィリアが口を開いた。


「研究者としては、わからないことが多すぎて気になるわ。でも、今は好奇心より安全を優先するべきね。調べるとしても、恒一が無理なく確認できる範囲に限りましょう」


恒一は四人を見渡し、深く頭を下げた。


「ありがとう。まだ何もわかっていないからこそ、みんなに知っておいてほしかったんだ」


リゼリアは恒一の隣で、誇らしげに微笑んだ。


「当然よ。私たちは仲間でしょう? あなた一人に危険を背負わせるつもりはないわ」


その言葉に、四人も頷いた。

こうして、恒一たちは《星位解放》という未知の能力について、慎重に扱うことを決めた。

それを知るのは、恒一と、彼が信頼する五人の仲間たちだけ。

少なくとも今は、ギルドや王国、聖堂などの外部へ情報を広めるべきではなかった。


     ◇


話し合いが終わり、夜も更けた頃。

恒一とリゼリアは、宿へ戻る道を並んで歩いていた。

街の明かりが石畳を照らし、夜風が二人の間を通り抜ける。


「今日は大変だったわね」

「ああ。でも、みんなが理解してくれてよかった」

「みんな、あなたのことを大切に思っているのよ」


リゼリアは足を止め、恒一を見つめた。


「それは、私も同じ。あなたがどんな力を持っていても、私はあなた自身を見ているわ」

「リゼリア……」

「だから、何でも一人で抱え込まないで。私たちの力を借りてちょうだい」


恒一は彼女の手を取った。


「わかった。これからは、もっと頼らせてもらうよ」

「ふふ。最初からそうしてくれればよかったのに」


リゼリアは微笑み、そっと恒一に身を寄せた。

二人は静かに抱き合った。

その温もりは、今日の訓練で消耗した精神を落ち着かせてくれるようだった。

やがて、リゼリアが顔を上げる。


「……恒一。今日だけは、少し甘えてもいいかしら?」

「もちろん」


彼女は嬉しそうに笑い、恒一の唇にそっと口づけた。

短く、優しい口づけだった。

二人はしばらくそのまま寄り添い、互いの温もりを確かめる。

恒一の意識の奥に、淡い文字が浮かんだ。

《星位解放:発現条件を記録》

《契約者:リゼリア》

《相互信頼:確認》

《恒久的星位変動:未発生》

《解析:継続中》

恒一はその表示を見つめた。

星位解放の先に何があるのか、まだわからない。

今は急ぐ必要などない。

力を求めるあまり、自分自身を壊してしまっては意味がないのだから。


「どうしたの、恒一?」

「いや……これから、もっと強くなれそうだと思って」


恒一は微笑んだ。


「でも、一人で強くなるんじゃない。みんなと一緒に、だ」


リゼリアは彼の手を握り直した。


「ええ。私たちは一緒よ」


二人は再び歩き始めた。

明日もまた、訓練と調査が待っている。武具迷宮についても、まだ場所や内部の状況が確認できているわけではない。焦らずに情報を集め、今できる準備を続けていく必要がある。

その夜、恒一は一つのことを心に刻んだ。

未知の力を手にしたとしても、それだけで仲間を守れるわけではない。

互いを信じ、無理をせず、共に成長していくこと。

それこそが、彼らがこれからも生き残るために必要なものなのだ。

そして恒一はまだ知らなかった。

《星位解放》が本当にどのような力なのか。

その答えを知る日は、まだ先のことだった。

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