第31話 石柱の地下に眠る研究者
翌朝、冒険者ギルドの掲示板前には、いつもより人が集まっていた。原因は、北西の森で発見された石柱だった。森の奥に半ば埋もれていた、円の中に六つの光点がある紋章。あれを見つけてから、恒一の固有異空間には見慣れない接続候補が現れるようになった。偶然と片づけるには、反応が一致しすぎている。
「昨日の夜も、あの扉の輪郭が出たんだ」
ギルドの一角で、恒一はリゼリアたちに説明した。
「一瞬だけだけど、向こう側に何か見えた。石造りの通路みたいだった」
「なら、石柱の地下に何かある可能性は高いわね」
リゼリアは腕を組み、赤い瞳を細めた。
「ただし、あなたの異空間との関係はまだ断定できないわ。魔石が反応したからといって、同じ仕組みとは限らないもの」
「うん。だから、今日は無理に装置を起動しようとしない。まずは石柱の周囲を調べて、地下への入口がないか探そう」
「賛成です。前回の施設にも、私たちが見落としていた仕掛けがありましたから」
セレスが調査用の手帳を胸に抱いた。
「古代施設は、入口そのものが仕掛けの一部になっていることがあります。力任せに壊すと、内部の仕組みまで損なう恐れがあります」
「だったら、あたしの出番だね!」
コハクがぴんと獣耳を立てた。
「土の匂いとか、足跡とか、そういうのを探すのは得意だよ。前に見つけた場所だし、今日は絶対に入口を見つけてみせる!」
「頼りにしているよ、コハク」
「えへへ。任せて、恒一!」
尻尾を揺らして笑うコハクの隣で、エレナが静かに頷いた。
「私は周囲の地形と魔力反応を確認します。何かが近づいてきても、早めに気づけるはずです」
「じゃあ、準備を整えたら出発しよう」
そう言ったところで、受付の奥からガルドが歩いてきた。
「待て。今日はお前たちだけで調査するより、同行者を一人つけたほうがいい」
「同行者?」
「古代魔法と魔道具の研究をしている魔法使いだ。最近、王都からこの町に来たばかりでな。遺跡の調査依頼を探していた」
ガルドが振り返る。
「入ってこい」
「失礼するわ」
軽やかな声とともに現れたのは、濃い紫色の髪を肩のあたりで揺らす女性だった。年齢は二十代半ばほどに見える。紺色の魔法使い用コートには細かな銀糸の刺繍が施され、腰には小さな魔道具がいくつも吊り下げられていた。手には薄い金属板を組み合わせた、不思議な計測器を持っている。
女性は一同を見回したあと、恒一の前でぴたりと視線を止めた。
「あなたが黒瀬恒一?」
「そうだけど」
「時空士で、最近、古代遺跡の接続装置に関わる調査をした冒険者ね。噂は聞いているわ」
彼女は興味深そうに恒一の顔を覗き込んだ。
「私はフィリア・アステル。魔法構造と古代魔道具の研究をしているの。よろしく」
「よろしく、フィリアさん」
「フィリアでいいわ。ところで、あなたの空間操作は、どんな感覚で発動するの?」
挨拶を終えたばかりなのに、質問が飛んできた。
「どんな感覚って……対象の位置や周囲の空間を意識して、そこに働きかける感じかな」
「対象の位置だけじゃなく、空間そのものに?」
「そうだね。少なくとも、普通の魔法とは少し違うと思う」
「興味深いわね……」
フィリアは計測器を握り直した。
「普通の魔法は、魔力を使って炎や風などの現象を起こすでしょう。でも空間操作系の能力は、現象が起こる場所や、対象の位置関係そのものに干渉する。理論上は知っていたけれど、実際に使える人に会えるなんて!」
研究者の目が輝いている。その熱意に押され、恒一が思わず半歩下がると、リゼリアが自然な動作で二人の間に入った。
「フィリア。調査に同行するのは構わないけれど、恒一を研究材料のように扱わないでちょうだい」
「あら、ごめんなさい。つい夢中になってしまったわ」
フィリアは悪びれずに笑った。
「安心して。本人の許可なく、能力を測定したり身体を調べたりはしないわ」
「当然よ」
「リゼリア、心配してくれてありがとう」
恒一が微笑むと、リゼリアは一瞬だけ表情を和らげた。
「当然でしょう? あなたは私の大切な契約者なのだから」
そう言いながら、彼女は恒一の腕に自分の腕を絡めた。フィリアはその様子を眺め、何かを察したように小さく笑った。
「なるほど。噂以上に仲がいいのね」
「ええ。覚えておいてちょうだい」
「リゼリア……」
恒一が困ったように呼ぶと、彼女は何食わぬ顔で首を傾げた。
「何かしら、恒一?」
その声があまりに自然だったので、恒一はそれ以上何も言えなかった。
◇
北西の森に到着すると、コハクがすぐに地面へしゃがみ込んだ。
「うん。やっぱり、このあたりだけ土が柔らかいよ」
前回見つけた石柱は、相変わらず苔と土に覆われていた。周囲には目立った建物もなく、遠目にはただの古い石碑にしか見えない。しかし、石柱の根元を調べていたコハクが、倒木の陰で不自然な窪みを発見した。
「恒一、こっち!」
近づいてみると、窪みの底には平らな石板が埋まっていた。石板の端には、細い溝が幾重にも刻まれている。
「これ、石柱の土台とつながっているのかもしれません」
セレスが表面の苔を丁寧に取り除いた。現れたのは、円の内側に六つの光点を配した紋章だった。
「間違いないわね」
リゼリアの赤い瞳がわずかに光る。
「魔力の流れが石柱から地下へ向かっている。しかも、ここを中心に何本も枝分かれしているわ」
フィリアは計測器を石板に近づけた。針が細かく震え、金属板の隙間から淡い紫色の光が漏れた。
「これは面白い……。表面の紋章は単なる目印ではないわ。魔力の流れを切り替えるための制御装置に近い構造ね」
「制御装置?」
「ええ。地下に何か大きな魔道具があって、この石柱がその一部を動かしているのかもしれない」
フィリアは石板の周囲を調べ、三つの小さなくぼみを見つけた。
「ただ、起動に必要な条件がそろっていないようね。ここに何かを置く仕組みなのかもしれないけれど、無理に魔力を流し込むのは危険だわ」
「魔石を使うのか?」
恒一が尋ねると、フィリアは頷いた。
「可能性はある。でも、種類を選ぶ必要があると思う。魔力の強さだけではなく、反応の安定性が重要なのかもしれない」
その言葉に、恒一は腰の袋に入れた青い魔石を思い出した。前回の岩角獣から得た、比較的安定した反応を示す魔石だ。
「これを調べてみる価値はあるかな?」
恒一が魔石を見せると、フィリアの目がさらに輝いた。
「ええ。でも、まずは計測器で反応を確かめさせて。適合しない魔石を使うと、内部の回路を損なうかもしれない」
彼女は計測器を使い、魔石と石板の反応を慎重に確認した。しばらくして、フィリアは小さく息を吐いた。
「反応はあるわ。けれど、魔石を置くだけで起動するとは限らない。石柱から伝わる反応と、魔石の性質が何らかの形で合う必要があるのかもしれない」
「俺の空間操作が使える可能性は?」
「否定はできないわ。でも、まだ仮説よ。あなたの能力が装置の鍵になるのか、それとも単に反応を引き起こしているだけなのか、今の段階では区別できない」
恒一は頷き、石板の縁に手を添えた。
「ごく短時間だけ、周囲の空間を確かめてみる。何か異常を感じたらすぐにやめるよ」
意識を集中する。空間の境界を捉え、石板の周囲にある位置関係を慎重に探った。無理に力を加えるのではなく、まずは反応があるかどうかを確かめる。
すると、青い魔石が淡く輝いた。石板の溝に光が走り、石柱の表面にも同じ紋章が浮かび上がる。
次の瞬間、地面の奥から低い音が響いた。
「動いた……!」
コハクが尻尾をぴんと立てる。
石板の中央がゆっくりと沈み、周囲の土が細かく震え始めた。やがて、石柱の根元から地下へ続く階段が姿を現した。
「入口が隠されていたんですね」
エレナが弓を構えながら、暗い階段の先を見つめた。
「奥から風が流れてきています。空気が通っているなら、完全に閉ざされた空間ではないようです」
「でも、嫌な匂いがするよ」
コハクの耳が伏せられた。
「土と古い石だけじゃない。何かがずっと奥にいるみたい」
リゼリアの表情も引き締まる。
「魔力の流れが乱れているわ。奥に進むなら、警戒を怠らないことね」
フィリアは計測器を確認し、いつになく真剣な顔になった。
「ここから先は、私も初めて見る構造よ。研究者としてはすぐにでも調べたいけれど……あなたたちの判断に従うわ」
「ありがとう。危険を感じたら、すぐに引き返そう」
恒一はそう告げ、先頭に立った。
◇
階段は、想像していたよりも長かった。壁には青白い鉱石が埋め込まれ、一定の間隔で淡い光を放っている。自然の洞窟というより、誰かが意図して造った通路だった。
しばらく下ると、広い空間に出た。中央には円形の台座があり、その周囲を三本の金属柱が取り囲んでいた。床には幾何学的な模様が刻まれ、壁際には大小さまざまな結晶が並んでいる。
「これは……魔力の流れを制御する施設?」
フィリアが息を呑んだ。
「壁の結晶が反応を集め、中央の台座で流れを整え、柱を通してどこかへ送っている。こんな大規模な仕組み、王都でも滅多に見られないわ」
「どこかって、どこへ?」
「それが分からないのよ」
フィリアは台座の側面を調べた。
「ただ、中央に空洞がある。ここに何かを設置して使っていたようね」
恒一は台座へ近づいた。腰の袋に入れた青い魔石が、かすかに熱を帯びている。固有異空間の奥にある、あの小さな部屋。そこで見えた扉の輪郭が、頭の中に浮かんだ。
もしかすると、この施設は異空間に関係する何かを記録しているのかもしれない。しかし、確信はなかった。
「恒一、何か感じるの?」
リゼリアが尋ねる。
「うん。魔石が反応している。でも、今までの施設とは少し違う気がする」
「なら、無理に反応させないことね。あなたの集中力が切れたら、能力の制御も難しくなるわ」
「分かってる」
恒一は台座に触れる前に、周囲を慎重に確認した。そのときだった。壁際に並んだ結晶の一つが、突然、紫色に明滅した。続いて二つ、三つと光が広がっていく。
「全員、下がって!」
エレナの声が響いた。
床の模様を走っていた光が、中央の台座へ集まっていく。金属柱が低い音を立て、空気そのものが歪み始めた。
恒一は反射的に《空間固定》を発動した。歪みの中心を短時間だけ固定する。だが、いつものようにはいかなかった。空間の向こう側から、何かが押し返してくるような感覚があった。
「くっ……!」
意識が乱れ、視界が揺れた。
リゼリアがすぐに恒一の肩を支える。
「恒一、無理をしないで!」
「大丈夫……まだ、少しなら保てる!」
「大丈夫な顔には見えないわ!」
彼女の声には、隠しきれない焦りがあった。
フィリアは計測器を確認し、台座の側面へ視線を走らせた。
「待って! これは直接的な攻撃じゃない。装置が外部の接続先を探しているんだわ!」
「接続先……?」
「ええ。でも、回路が不安定で、接続先を正しく識別できていない!」
セレスが床の文字を読み取ろうと膝をついた。
「ここに刻まれているのは……『適合者による制御をもって、境界を安定させよ』。その下には、『接続先の認証なき解放を禁ず』とあります!」
「つまり、今のままでは危険ってことだね!」
コハクが短剣を抜き、周囲を警戒した。
恒一は歯を食いしばりながら、歪みの中心を見つめた。空間の向こうに、ぼんやりと別の景色が浮かんでいる。石造りの通路。青い光。そして、奥に立つ扉。固有異空間で一瞬だけ見えたものと、よく似ていた。だが、そこがどこなのかは分からない。
恒一は無理に接続を開くのではなく、空間の歪みが広がらないよう、固定する範囲を必要最小限に保つことに集中した。
「フィリア、台座の側面に反応を止められそうな場所はないか?」
「あるわ! 右側の三つ目の溝よ。そこを遮れば、流れを一時的に弱められるはず!」
エレナが素早く動き、床の光を避けながら台座の反対側へ回った。
「私が位置を確認します!」
コハクも低い姿勢で走り、崩れかけた石片を飛び越えた。
「見つけた! ここだよ!」
恒一は《空間固定》を短く解除し、指示された溝へ近づいた。集中力が限界に近づいている。リゼリアが彼の手を強く握った。
「恒一。私たちを頼って」
「……ああ。少しだけ、支えてくれ」
「もちろんよ。あなた一人で抱え込まないで」
その言葉に、恒一は彼女の手を握り返した。リゼリアは恒一のそばで敵や装置の反応を警戒し、動きを見極めて指示を出す。エレナが溝の位置を確認し、コハクが周囲の安全を確保する。セレスは浄化の光を準備し、フィリアが計測器を見ながら装置の反応を読み取った。
「今よ! その溝の奥にある突起を押し込んで!」
フィリアの声に従い、恒一は慎重に手を伸ばした。空間を無理に押さえつけるのではなく、突起の周囲だけを短く固定して位置を保つ。セレスが浄化の光を重ね、フィリアが装置の反応を確認する。
やがて、台座の光が一つずつ消えていった。最後に中央の結晶が淡く瞬き、施設は静寂を取り戻した。
恒一はその場に膝をついた。
「恒一!」
リゼリアがすぐに支える。
「もう……あなたは、いつも無茶をするんだから」
「ごめん。みんながいてくれたから、止められた」
「謝るより、少し休んで」
リゼリアは恒一の背中を支え、顔色を確かめた。その距離の近さに、恒一は思わず苦笑する。
「リゼリア、みんなが見てるよ」
「見られて困ることはしていないわ」
「そうだけど……」
「それとも、私が心配するのは嫌?」
「そんなわけないだろ」
恒一が答えると、リゼリアは満足そうに微笑んだ。
「なら、今は大人しくしていなさい」
そのやり取りを見ていたフィリアが、興味深そうに首を傾げた。
「契約者同士の信頼が、能力の制御にも影響しているのかしら。理論だけでは分からないことが多いわ」
「研究のことは、あとでいくらでも話せます」
エレナが穏やかに言った。
「今は恒一さんの体調を優先しましょう」
「そうね。ごめんなさい」
フィリアは素直に頷き、計測器をしまった。
◇
台座が停止したあと、床の一部に小さな収納区画が開いているのが見つかった。中に入っていたのは、薄い金属板と、青白い結晶が収められた小箱だった。結晶は不安定な紫色の魔石とは違い、落ち着いた光を放っている。
フィリアは手を触れず、計測器越しに状態を確認した。
「これは魔力の蓄積に使われていた結晶ね。かなり古いものだけど、まだ反応が残っているみたい」
「異空間の安定化に使える可能性は?」
恒一が尋ねると、フィリアは慎重に答えた。
「可能性はあるわ。ただし、今すぐ使うのは勧めない。装置が停止したばかりだし、結晶の内部に何が蓄えられているか、完全には分からないから」
セレスは金属板に刻まれた文字を読み進めた。
「こちらには、『予備領域への接続は、接続先の認証を確認した後に行うこと』とあります。それから……『境界の先にあるものを、安易に呼び込んではならない』とも」
その言葉に、全員の表情が引き締まった。
「呼び込む、か」
恒一は金属板を見つめた。この施設は、ただ魔力を送るためだけの装置ではないのかもしれない。接続先を探し、認証し、何かをつなぐための仕組み。それが固有異空間と関係しているのかどうか、まだ断定はできない。
だが、今の自分が不用意に触れてはいけないものだということだけは分かった。
「今日はここまでにしよう。装置は停止しているけれど、完全に安全とは言えない。発見したものを記録して、ガルドさんと相談しよう」
異論は出なかった。フィリアも満足そうに頷いた。
「賢明な判断ね。私も、きちんと記録を整理してから次の調査に臨みたいわ」
帰り際、恒一はもう一度、中央の台座を振り返った。装置の光は消えている。それでも、青白い結晶の奥に、かすかな光が残っているように見えた。まるで、完全に目覚める時を待っているかのように。
◇
エルセリアの町へ戻ると、空はすでに夕暮れに染まっていた。ギルドで報告を済ませ、フィリアと次回の調査について打ち合わせることになった。
「今日の記録を整理したら、また話し合いましょう。あの装置には、まだ調べるべきことがたくさんあるわ」
「よろしくお願いします」
「こちらこそ。恒一、あなたの空間操作についても、本人が望む範囲で意見交換できたら嬉しいわ」
「それなら、僕も興味があるよ」
フィリアは嬉しそうに笑い、手を振ってギルドを後にした。
彼女の姿が見えなくなると、コハクが恒一の袖を引いた。
「ねえ、恒一。さっき、集中しすぎてたでしょ?」
「少しね」
「少しじゃないよ。顔色が悪かったもん」
コハクは心配そうに耳を伏せたあと、ぱっと表情を明るくした。
「だから今日は、おいしいものを食べて早く休もう! あたし、おすすめのお店知ってるよ!」
「賛成です。私も、温かい食事を取ったほうがいいと思います」
エレナも微笑んだ。
セレスは調査記録を抱え直す。
「私は聖堂へ戻って、金属板の文字をもう少し詳しく調べます。分かったことがあれば、お知らせしますね」
「ありがとう、セレス」
仲間たちがそれぞれ話す中、リゼリアは恒一の隣に寄り添った。
「恒一。食事のあと、少しだけ二人で話せるかしら?」
「もちろん。何かあった?」
「今日、あなたが膝をついたとき……怖かったの」
いつもの自信に満ちた声とは違い、その言葉は静かだった。
「あなたが特別な力を持っていることは分かっているわ。でも、その力に振り回されて、あなた自身が傷ついてしまったら意味がない」
「……そうだね。気をつけるよ」
「約束して。何かを成し遂げるために、あなた自身を犠牲にしないで」
恒一は彼女の手を取った。
「約束する。これからは、もっとみんなを頼るよ」
リゼリアはほっとしたように微笑んだ。
「ええ。それでいいの」
そして、人目を気にすることなく、恒一の頬にそっと口づけた。
「今日はよく頑張ったわね、恒一」
夕暮れの町に、彼女の銀髪が柔らかく揺れた。恒一は頬に残る温もりを感じながら、仲間たちと歩き出した。
固有異空間の扉は、まだ開かない。古代施設の正体も、接続先の正体も分からない。それでも、一人では解けなかった謎が、仲間となら少しずつ解けていく。そして今日、新たに出会った研究者は、この謎を解くための大きな手掛かりになるかもしれなかった。
◇
その夜。恒一が固有異空間に入ると、簡素な部屋の壁に、いつもとは違う光が浮かび上がった。青白い光の向こうに、見知らぬ石造りの通路が一瞬だけ映る。次いで、壁に文字が浮かび上がった。
《接続候補:新規反応を検出》
《接続先:未確定》
《予備領域との関連:可能性あり》
《接続認証:未完了》
恒一は息を呑んだ。今日の地下施設で見た景色と、同じものなのだろうか。
答えは、まだない。
ただ一つ確かなのは、固有異空間が、外部の何かに反応し続けているということだった。
恒一は壁に触れ、しばらくその光を見つめていた。焦って先へ進む必要はない。今は、この小さな部屋を維持することさえ、まだ完全にはできないのだから。
明日、フィリアたちと記録を照らし合わせれば、何か新しいことが分かるかもしれない。
恒一はそう考えながら、ゆっくりと元の部屋へ戻った。




