脱衣麻雀の女に恋をした男
皆さんは脱衣麻雀というゲームを御存じだろうか。ゲームセンターにおいてあるビデオゲームで、役を上がるたびにゲーム中の女性が一枚づつ脱いでいくゲームです。80年代は成人的な物は本やビデオなどが多く、子供には手が出なかった。代わりにゲームセンターに赴き、脱衣麻雀を楽しむことが多かったのだ。
もちろん子供に麻雀の役など知るわけもなく、ゲームによっては天和や地和で上がられて終わりなんてのも珍しくなかった。天和は牌が配られたときにすでに役が完成していることを言う。
金のない子はうまい人のプレイを見て楽しむのが多かった。
今ではスマホがあり、エッチな画像や動画を見放題。ゲームセンター自体廃れており、クレーンゲームやパチスロマシンしか置いてないのがほとんどだ。脱衣麻雀自体2000年代初期に規制され始め姿を消してしまった。温泉などの施設にも置いてあったが、ビデオゲームを置くところは全くなくなってしまい、昔のゲームを楽しむ機会は動画サイトくらいしかなくなったと思う。
私がなぜこんな話をするのか。それは私が脱衣麻雀の女に恋をしたからである。
あれは20年前も昔だった。私は北海道にあるR町へ旅行に来ていた。そこにある温泉ホテルに泊まる予定だった。別に有名ではないが、ネットの写真を見て気に入ったのだ。薄暗い、うちっぱなしのコンクリートに温泉ホテルとは思えない雰囲気が良かった。周囲はじめっとした森に囲まれており、うっすらと霧が浮かんでいた。
私はR町駅からタクシーを拾い、そのホテルへ向かった。運転手は年老いた老人で、私の行き先を告げられるとあんなキチガイの住むホテルに泊まりたがる人がいるんだねと感心していた。どうやら地元では評判の悪いホテルのようだ。なんでも10年前に建てられたそうだが、客が来ても支配人の身内が客を追い返すことが多いという。そんなんでよく商売が成り立つなと地元でも評判だった。支配人は滅多に町には降りてこないそうで、食品関係はすべて配達で済ませているそうだ。客商売なのにやる気がないのが気になった。
町は過疎化が進んでおり、シャッターが下りた店が立ち並ぶものの、国道沿いなのか車の量だけは多かった。他に目立った観光地もなく、小中高はそろっているが、いずれは廃校になるかもしれなかった。
それでも町の中には水田が多く広がっており、緑のじゅうたんのようだ。遠くで白いサギが飛んでおり、田んぼに口を突っ込んでいるのが見える。
山の中を20分ほど走るが、森の木々に挟まれている気分になる。さすがは北海道だと思った。
そして目的地に着くと、運転手に代金を払う。運転手は何かあったらこの番号に連絡しなと、メモをよこしてくれた。よほどこのホテルは評判が悪いらしい。
実物のホテルは写真よりもうらぶれていた。廃屋と言ってもおかしくないくらい、人の住んでいる気配を感じられなかった。それでも駐車場には黒い四輪駆動車や白いワゴン車が置かれてあるので、人はいると思われる。空は雲一つなく、晴天だが、それでも陰気臭さはぬぐえなかった。
「出てけぇぇぇ!!」
突如男の大声が聴こえてきた。まるで獣が吠えたような感じだ。次に玄関から数人の若い男たちが出てきた。金髪にアロハシャツなど派手な格好がほとんどだ。日帰り入浴の客だろうか。
「けっ、もうこんなとこ、こねぇよ!!」
男たちは悪態をついて車に乗って走り去った。一体何が起きたのだろうか。
「兄さん!! 早く戻って!!」
別の男の声がした。ぎゃーぎゃーと猫が暴れるような声が聴こえてくる。私は受付の方にやってきた。ホテルの中は外と同じく陰気だった。電灯は薄暗く、窓も締め切っており埃っぽい。廃屋に紛れ込んだと錯覚するほどだが、さすがに掃除はされているのか、奇麗だった。
呼び出しのチャイムを鳴らして数分後、男が一人やってきた。平凡そうな男だ。顔は青白く客商売に向かないと思った。
「ようこそ、丸羽都温泉へ。支配人の丸羽都です」
「予約した山田です」
「山田様ですね。お部屋に案内します」
私が名前を言うと、支配人は頭を下げ、私の荷物を手にした。コンクリート造りで二階に上がると、一つの部屋に案内された。畳張りで温泉宿とは思えないほど殺風景であった。だがこうした宿も好きだ。
「浴場は8時までとなっております。それ以降はホテルの電気も消すのでご了承ください。食事は6時にこちらに持ってきます。あと休憩室にあるゲームには触れないようにしてください」
「ゲームですか、それはなぜです?」
「なに、ただの脱衣麻雀のゲームです。このホテルに一台しかありません。ですが兄はそのゲームの女に恋をしておりましてね。先ほどの客みたいに遊ぶと癇癪を起して追い出してしまうのです」
支配人はうんざりした顔であった。わけのわからない理由で客を追い返されてはたまらないだろう。
「そうなんですか。でも客の見える場所に置かなければよいのでは?」
「そうしたいのはやまやまですが、そうもいかないのですよ」
そう言って支配人は話を打ち切った。なんとも気になる話だ。
私は早速温泉に入ることにした。部屋には浴衣が置かれてあり、私はそれに着替えた。白地に青い波模様のありふれたものだ。私は部屋を出ると何とも言えない気分になる。私以外客がいないのではないかと、人の気配を感じないのだ。ホテルの廊下は薄暗く、なんとも言えない臭いが漂っていた。客商売でありながら、やる気のなさがあけ透けてみえた。
私は男湯の暖簾をくぐる前に、一台のゲーム機を見つけた。昔は喫茶店でも見かけた機体だが、今ではすっかり消え失せてしまっていた。画面には赤い着物を着た美人が出ていた。私はゲームに詳しいが、このようなゲームは見たことがなかった。一般には流通していないゲームかもしれない。
題名は麻子と相撲フォントで白く書かれていた。懐かしいメロディとともに、麻子は「助けて、ここから出して」とデモ画面で訴えていた。見たところ囚われているように見えず、不思議に思った。ゲーム機の他には自動販売機が置かれてあり、ちかちかと光っていた。
脱衣場はこれまた薄暗く、床や籠はボロボロであった。先ほどの客も同じような光景を見たのだろうか。浴場は灯が窓以外ない、町の銭湯の方がましなものだった。二畳くらいの浴槽に濁った湯がどっぷりと満たされていた。硫黄の香りがツンと鼻につき、一応温泉なのだなと感心していた。
シャワーや鏡は備え付けられていたが、シャンプーやボディソープの類はなかった。あまり客を歓迎していないように思えた。
サウナもない殺風景な風呂なので、一回湯船につかり、体を洗ってもう一度入る。身体がポカポカしてきた。一人だけ風呂を独占しているので気分は良かった。
私は風呂に上がると、部屋に戻った。戻る途中、不気味な声がした。「あさこぉ、あさこぉぉぉ!!」
と男が女を追い求めるような陰気な声色であった。
ちらりと覗いてみると、それは一人の男だ。浴衣を着ているが、着崩れており、ぼさぼさの頭に不精髭を生やしていた。まるで野人である。野生の猿のように四つん這いになり、ホテルの廊下を徘徊していた。残るは汗と尿の匂いが残っていた。あれが支配人の兄だろう。それにしても頭のおかしい身内を部屋にも閉じ込めず、自由にさせているのは何故だろうか。考えても仕方がないので部屋に引っ込んだ。
夕食の時間になった。ふきのとうやぜんまい、わらびなどの山菜のてんぷらにヤマメの塩焼き、山菜ごはんになめこ汁が出てきた。期待していなかったので驚いた。
「お客様、うちは山菜料理が名物なのですよ。こう見えても料理を作るのが好きで、調理免許も持っているのです」
「そうなんですか。どれどれ」
支配人の言葉に耳を傾けつつ、私はてんぷらを食べた。サクサクした衣に山菜の味がじゅわっと広がってくる。塩焼きもおいしく、ごはんとなめこ汁も大変おいしくいただけた。
「この町は山菜やきのこが豊富なのですよ。もちろんきのこは店で買ってますけどね」
支配人はビール瓶を持ってきた。私はコップにビールを注ぐと一気に飲み干した。しゅわしゅわした感触と苦みが心地よい。火照った体に冷たいビールがのど越しを通るのは最高に幸せだ。
「ところでゲーム機を見ましたが、見たことのないゲームですね」
「……あれは友人からもらったのですよ。メーカーの名前もない違法のゲームだと思いますね。遊んでもつまらないですよ」
「つまらないなら置かなければいいじゃないですか」
「それができないのですよ。あのゲームは魔法がかかっているのです。電気を入れ続けないと酸素が切れるように中の女性が死んでしまうのです。お金もたまに入れてあげないとお腹を空かせてしまうのですよ。まあ、クリアした人は一人もいませんけどね」
支配人はあっはっはとおかしそうに笑っている。私は踏み込んだつもりはないが、支配人はべらべらしゃべっていた。普通の人なら魔法など信じないし、支配人が何もないからほら話で客を慰めているのかと思うだろう。
しかし支配人の目を見ると笑っていなかった。まるで冷たい目で獲物を狙っている気がした。私はそうなんですかと答えただけで話を打ち切った。支配人はにっこりと笑みを浮かべ、部屋を出ていった。
私はふうとため息をついた。風呂につかったにもかかわらず、真冬の外に裸で飛び込んだ気分になる。
それほど支配人の視線がナイフのように喉をひたひたと当てられた気分になった。
その夜、テーブルの上で原稿用紙を広げ、執筆をしていた。私は小説家志望で小説を書くのだが、応募したことはない。そもそも当時は小説の応募は非常に面倒だった。手書きの原稿用紙など応募できずワープロなどで原稿を書くしかなかった。当時の私はワープロを持っておらず、プリンターも持っていないので無理だった。今は投稿サイトでタグをつけるだけで応募できるから便利になったものだ。
原稿を書いて時間を潰して遊んでいるだけだ。本業の方が大事である。
外は雨が降り出していた。土砂降りで森の木々に当たり、でたらめな演奏をしているような錯覚になる。雨の匂いが部屋に漂ってきた。なんとも不安になる。しかし今日の出来事を活字にしてまとめると、頭がすっきりした気分になった。
百枚ほど書き終わると、眠くなってきた。そろそろ休もうかと思ったが、トイレに行くことにした。その際に例のゲーム機を見かけたが、電源が入ったままになっている。ゲーム画面を見てみると、なんとも艶めかしい女性が画面いっぱいに表示されていた。実写を取り込んだゲームもあるが、こちらの方が写実的である。
『助けて、ここからだして』とメッセージが出ていた。女性、麻子は悲し気に訴えている。でも縄で縛られたり、拘束されているわけではないのに、どういう設定だろうか。
『ここの支配人の兄は魔法使いです。私を魔法でゲーム機に閉じ込めたのです』
私の心を読んだかのように、メッセージが変わる。ちょっと心臓が高鳴った。普通なら恐怖で逃げ出すところだが、私は好奇心の方が上回っていた。
『もう10年間、ここに閉じ込められています。電源を入れないと数日で魔法が解けてしまうそうです。でもあの男が見張っているのでそれは無理です。さらに人の目にさらすことで魔法を強化できるので、私を部屋に隠すことができないのです』
なるほどね。それで支配人はこうしてゲーム機を衆人に晒さないといけないのか。兄はそれが気に食わないのでゲームをプレイする人を邪魔しているんだな。恐らく支配人あたりが硬貨を定期的に入れているのだろう。兄が死んでから彼女をものにするつもりなのかな?
『はい、その通りです』
麻子が肯定した。魔法が実在したのは驚いたが、世の中にはそういうことがあるんだなと思った。これは私が常識にとらわれない人間だからだろうか。幼少時から漫画のキャラが実在すると思い込み、漫画の中の出来事を実行していたことがあった。そのせいで周囲から変人扱いされ、障碍者扱いされてきた。歳をとると落ち着いてきて、子供のころと比べるとましになっていた。もっとも人の質問の意図を把握できず、ずれた発言をすることがあるので、小ばかにされているが。
私は手元に小銭があるので、椅子に座り、硬貨を入れてプレイすることにした。なんとなく面白そうだったからだ。普通ならゲームのキャラが会話するなんてありえないが、私はそれが普通の出来事だと思っていた。
麻雀の画面に切り替わるが、いきなり天和を上がってしまった。役は平和だが、役ができていれば上がれるのだ。
すると麻子の画面になり、着物が一枚消えた。役満を上がっても一枚ずつしか脱がせられないようだ。
某アニメーションに力を入れている脱衣麻雀のシステムを採用しているのだなと思った。
次に地和で上がった。こちらは子の時に役ができていれば上がることができるのだ。
いくらなんでも幸運が過ぎる。もしかしたら麻子が操作しているのかもしれない。支配人の兄がゲームをプレイすることに激怒していたのは、彼女がわざと相手に勝たせることができるためだろうな。
こうして5回連続上がることができた。すると麻子は素っ裸になっていた。なんとも均整の取れた美しい裸体だ。そしてゲーム機から女性が飛び出してきたのだ。実物の麻子は日本人形のように美しかった。
「ありがとうございます。私を助けてくれたお方」
麻子は私の両手を握ってにっこりと笑った。まるで魂を握られた気分になる。彼女をものにするなら魔法でゲーム機に閉じ込めたくなる気持ちもわかる気がした。
「ああ!! 麻子!! なんで魔法が解けたんだ!!」
支配人が驚いていた。せっかく閉じ込めた美女が出てきたのだ。それは驚くだろう。
「おのれおのれおのれ!! よくも麻子を解放したな!! 殺してやる!!」
支配人が獣のように顔を歪めて私に襲い掛かろうとした。だが別の男が支配人の背中にしがみついた。支配人の兄だ。
「うぉぉぉぉ!! よくも麻子を逃がしたなぁぁぁ!! 許さないぞぉぉぉ!!」
「違う、私じゃない!! あいつが!!」
支配人が説明しても無視していた。頭がおかしいから正論は耳に入らないのだ。
私は麻子を連れて逃げ出した。幸い財布と携帯電話は持っている。すぐにタクシーの運転手からもらった連絡先に電話を入れた。電話の向こうで相手はすぐ理解してくれたようだ。私は麻子に浴衣を着せた。
外は雨が降っている。ひどい土砂降りで雨音がひどい。地面は海のように水浸しだ。森と水の香りが鼻をくすぐる。
すると土が腐った臭いが漂ってくると、どこから地鳴りが響いた。がけ崩れが起きたのだ。ホテルは崖とともに谷底へ落ちていった。まるで特撮映画を見ている気分になる。
数分後、車がやってきた。地元の建設会社で道路パトロールの車だった。
私はあまりの出来事に車に気づかず、崩れ落ちたホテルを見て、呆然となっていた。
☆
「これが私とお母さんの馴れ初めだよ」
私は自宅で20歳になった娘に話をしていた。私はあの後麻子と結婚し、娘が生まれた。
麻子は警察に事情聴取を受けた。10年前に行方不明になった女性と判明したそうだ。両親は麻子の失踪のショックで亡くなったらしい。親戚もおらず国が財産を管理したそうだ。彼女は死亡扱いされていた。
麻子の友人たちは再会した彼女を見て驚いた。10年前と全く容姿が同じだというのだ。
さらにホテルの残骸を調査したところ、支配人とその兄の遺体が発見された。調査の結果、彼女が監禁された形跡もなく、不思議がっていた。麻子の事情を話しても狂人扱いされるので黙っていた。生まれ故郷には帰る家もなく、麻子も私に惚れていたので一緒になった。
その後、私は小説家として活動を始め、麻子はプロ雀士として活躍し始めた。娘が生まれた頃は売れていなかったので育児は私の仕事だった。
「……お父さん。そんな子供騙しな話、信じると思っているの? 馬鹿にしないでよね」
娘は怒っていた。私と麻子は明らかに不釣り合いで、両親や弟たちは私が騙されていると信じ込み、結婚に反対していた。だが麻子は頭を下げて結婚を許可してもらったのだ。
親子仲は良好だが、馴れ初めは今まで語っていなかった。娘が成人したので打ち明けたが、案の定信じなかった。私だって信じないだろう。
「お母さんはどうしてお父さんと結婚したの? 今でも若くて美人なのに」
そう、麻子は当時と同じ容姿だった。恐らく魔法のせいで年を取りずらくなったのだろう。麻子は少女のように朗らかな笑みを浮かべていた。
娘は私に似たのか、人並であった。年の差結婚故に私が祖父扱いされることがあった。今でも麻子と並ぶと姉妹と間違えられることがある。娘はそれを嫌がっていた。
「お父さんは私を助けてくれたヒーローなのよ」
「それはいいから」
母親も同意したので娘は呆れていた。当然だろう。信じるわけがない。
私はこれをネタに小説を書き続けてきた。大ヒットはしてないが、生活できるほどに売れている。
娘は奨学金制度で大学に入学したが、いざとなれば私たちが代替わりするつもりだ。もっとも彼女はアルバイトをしながら金を貯めており、私たちの負担を軽くしている。
「あ~あ、お父さんのバカバカしい噺に時間を潰しちゃったな~。麻雀でもやりにいこう」
そう言って娘は雀荘に出かけた。彼女は妻と同じで麻雀が得意だ。私は弱いのでカモにされているが。
この話の題名は脱衣麻雀の女に恋をした男である。
ホテルのモデルは幼少時に親とドライブした時に見かけた建物です。
山の中にあり、廃屋のような感じで霧に包まれてました。その不気味な風景が今も頭の中にこびりついています。
モデルの町は北海道にある町ですが、温泉宿はありません。
江戸川乱歩の押絵と旅をする男とつげ義春先生の旅ものを意識しています。




