1話 白い目覚め
1話 白い目覚め(機械である私)
まぶしい。
目の奥が焼けるような白さ。また蛍光灯か――そう思ったけれど、よく見ると違う。頭上でフラッシュライトが回っていた。
眩しさに目を細めようとしたが、まぶたが動かない。
……私は、自分の体がどこにあるのか分からなかった。
耳の奥で、機械音とコインの跳ねる音が鳴り続けている。
どこかで聞いたことのある喧騒、でもどこでもない場所。手足はない。動けない。
ただ、何かが私の中に入り込んでくる感覚。
それは、体をまさぐられるような、心の奥を撫でられるような――
どうしようもなく、気持ち悪くて、でも、抗えない快楽だった。
「よし、今日はここに賭けるぜ」「こっちは出る台だ」
誰かの声が聞こえる。でも、返事はできない。
私は“何か”に回され、揺らされている。
――おかしい。
どうして? どうして私は……
薄れていく現世の記憶。米、蛍光灯、夜の坂道、誰にも必要とされなかった五十二年。
最後の記憶は、真っ白な光の中で消えた。
気づけば私は、場末のカジノの隅、古びたスロットマシーンになっていた。人の手が私のレバーを引くたびに、中のリールがカラカラと回る。
どこか遠くで歓声、でも私の意識は重く沈んだまま。
誰も私に話しかけてはくれない。かつては誰かの声に、些細な愚痴にすら救われていたはずなのに、今は声が届かない
客も、カジノの従業員も、私はただの機械。「よく当たる台だ」「昨日は大当たりだったぞ」
そう噂されているのが、ぼんやりと伝わってくる。
でも、本当は違う。当たるように見せかけて、じわじわと回収する台。
それが、今の私。
言葉も声もないまま、ただ回され、回転のたびに、何かが削れていく。
「私はなぜ、こんなものになったのか?」
問いだけが、空虚な箱の奥で響いている。
「……あーあ、また今日も新人か。どうせすぐ壊れるんだろ」
カジノの奥から、誰かの呟きが聞こえた。
ヒュイーン、キュルキュル、シャカシャカ、知らない音の洪水。
それは、言葉にできない孤独と快感と不安を、私の芯まで染み込ませていった。
私はただ、回されるたびに空虚な音を聞き続けていた。
孤独と機械音の狭間に、昔の自分がふと浮かぶ。だが、もう誰にも思い出されない
白い光、回るリール、見知らぬカジノの喧騒――
レバーが戻る音、コインの跳ねる音。そのどこかで、
冬の朝、コンビニの肉まんを買って指先を温めた感触が蘇る。
なのに今は、どんなに熱い思いも、冷たい鉄に吸い取られていく気がした。
全部が“消える直前の世界”と地続きのような気がする。