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はじまり、そして逆行

 エディントン家、その家のものは多くの者が王族との婚約を結んでいるという、最も王族に近い貴族の名家である。

 王族のほとんどが、暗殺をされたり、他国へ婿入り嫁入りをしている今、次の王となれるのはこの家の物しかいないとまで言われている。

 だが、その家のものたちも、婿入りや嫁入りをしているもの以外は全てが不審死を遂げている。

 原因は唯一生き残っているナタリア・エディントンであるとか、そのような噂が社交界で囁かれているが、真偽は定かではない。


「ナタリア・エディントン様」

「……なぁに、あなた。騎士如きが私に話しかけるなんて、首を撥ねられたいのかしら?」


 ここは、エディントン家の屋敷、そして今日はその家の令嬢、ナタリア・エディントンの18才の誕生日。

 そして、ナタリアに話しかけたのは、王家に仕える聖騎士団、その無名も無名の新人である。

 今日はエディントン家の若き女主人、その誕生祝いということで、多くの貴族たちがこの屋敷に招かれているため、聖騎士団が一応護衛に来ていたのだ。


 その聖騎士の少女の後ろでは、やめておけ、とでも言うようなジェスチャーをする聖騎士団の者たち。

 貴族たちの間に緊張が走る、なんていったってナタリアは機嫌を損ねるとすぐに処刑をしてくるかなり気難しい、というか性格最悪の令嬢なのだ。

 ああ、終わったな、と言う同情の目で見るものもいる、まあ殆どが自分に飛び火しないようにその2人から離れているのだが。

 そんな緊迫した空気をものともせずに、少女は口を開く。


「お前が殺した執事――クリス、その妹だ。覚えているか?」

「誰かしら、それ」


 彼女は惚けたように言う、騎士の少女を煽っているのだろうか、目からは嘲りが見える。

 まるで、そんな奴のことを覚えているわけがないでしょう、とでも言っているかのようだ。

 貴族たちは驚いた、ナタリアがあまり機嫌を損ねていないようだったからだ。

 むしろ、少し機嫌がよさそうに見える、目の前の少女のことを面白い道化とでも思っているのだろうか。


「ふざけるのも大概にしろ、我が兄を殺したのはお前だ。その罪、お前の首で償ってもらう」

「だーかーら、知らないと言っているでしょう? 耳が聞こえないのかしら。誰か、早くこの騎士を出て行かせてくれる?」


 ナタリアは顔を顰めて、手でシッシッというジェスチャーをする。

 機嫌が良さそうに見えたのは気のせいであったようだ、いつも通り機嫌が悪い。

 聖騎士の少女は顔を大きく歪め、ナタリアを虫だとでも思っているかのような冷ややかな目を向ける。

 いや、虫にはこんな恐ろしい目で見たりはしないだろう。


「やはりお前は、人間のクズだな。思っていた通りだ」

「あはっ、何を言って……」


 ナタリアが髪を手で払う、同時に少女が剣を抜き、振るう。

 ――ゴトリ、何かが落ちる音がした。

 彼女の首が落ちたのだ、視界はくるりと上を向き、美しい薔薇色の髪とその血が絡み合う。

 一瞬遅れてナタリアの胴体から血が吹き出る、夕焼け色のドレスもそれよりも濃い紅に染められていく。

 それが、ナタリアの最期、その筈だった。


+++++


 エディントン家の屋敷、その家の末娘である少女――ナタリア・エディントンは夢から目覚め、飛び起きる。

 簡素なデザインではあるが上質な素材からできていることがひと目でわかるその寝巻きを、冷や汗でぐっしょりと濡らした状態で。

 そしてすぐさま自分の首を触る、まるで自分の首があるかどうかを確かめるかのように。

 ついていることがわかり、安心した様子で少女はベッドを出て、そして立とうとするが、足に力が入らない。

 諦めてベッドに座り、そこで気がつく。


「こ、これは、どういう、こと……」


 ――私の手が、小さくなっているなんて……!


 イカれた魔術師か、それとも神の手によるものかは分からないが、18才の少女は、10才の少女となり目覚めた。

 その全ての記憶を持って、ナタリアは時を戻されたのだ。

 時を戻された、そう言ってしまうと少し、語弊があるかもしれない。

 彼女の幼少期は、このような見た目ではなかった。

 この手も、こんな風に骨張ってはおらず、ピアノを習っているのかと言われるくらいには、細く美しい手だった。

 彼女は何が起こっているのかと思い、ベッドの横にある備え付けの鏡を覗き込む。

 すると――


(私の大輪の薔薇のような美しさと愛らしさは、何処に行ってしまったの?!)


 そこに写っていたのは青白い肌に痩せ細った体の自分。

 王国の赤薔薇とも呼ばれた当時の彼女の美貌は、そこにはなかった。

 薔薇のように紅い髪は生命力を失い、まるで萎びた花のよう、夏の若葉のように輝いていた翠眼は、見る影もなく落ち窪んでいる。

 雪のように白く、絹糸のような滑らかさを持っていた肌は、死人のように青白く、枯れ木のような肌触りだ。

 栄養もケアも何もかもが足りていない、全身に毒を塗って生活していると言われても納得ができるくらいの酷い有り様だ。

 自らの容姿を見て、彼女はワナワナと震え、俯き、そして叫ぶ。


「なん、なの、この……無様な、有り様は……!」


 喉にも異常があるのか、声はかすれている、かなりの大声で叫んだつもりのようだが、これではこの部屋の外にもあまり聞こえない。

 だとしても、この感情を外に発散したかったのだろう。美貌があり、才能があり、家柄がある自分は万能であると自負していた彼女にとって、今の自分の有り様は耐え難い屈辱だった。


「けほっ、げほっごほっ」


 口を押さえた手に、血が飛び散る。

 ナタリアの体にしては大きな声を出したからだろう、少女のか弱い体は驚き、血を吐いてしまったのだ。

 ドタバタと自分の部屋の前で音がする、ガチャリと扉が開き、入って来た執事――クリスが少女を見て目を見開く。


「お、お嬢様?! いかがさない、ち、血を吐いていらっしゃる!? 今お薬を持ってきますから、横になっていてくださいね!」


 扉を閉めて慌ただしく出ていくクリス、自らがこの手で殺したはずの彼が元気に生きている姿を見て少女はやっと理解した。

 この世界の時が戻ってしまっていることを。

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