【落語】魔族の囚人
チャチャンチャンチャ~ン(出囃子)
え~「所変われば品変わる」と申しますが…これが種族となると大きく変わってきます。それぞれの文化、習慣、そして習性が違います。特に人間と敵対している魔族ともなりますと、人間では想像もできない習性となります。
魔族は本能で、暴力や略奪を好むそうで…なんでも初代魔王が統治するまでは「奪う強者が悪ではない、奪われる弱者が悪である」が唯一の法って言うんだから驚きです。法治国家となった大ゴウディン魔王国でもその習性は変わらず、毎日100人以上の逮捕者が出るとか。そうなると裁判所も大忙しです。
場所は大ゴウディン魔王国、マッターナシ地方裁判所の第18法廷。
ヤギの様な巻き角で、ヤギの様な髭を伸ばした裁判官が、ヤギの様に口を横に滑らせながら話し出す。
「え~、被告、ヤルダを窃盗により罰金1700万Cの刑に処す」
トントン
裁判官が力無く木槌を叩き、間の抜けた音が法廷に消える。
寿命の長い魔族にとって懲役は意味が薄い。人間のように3食・冷暖房・医療付きともなれば、こぞって入所する者もいるだろう。そこで大ゴウディン魔王国では量刑を金額に換算し、その支払いを刑罰としたのだ。
「ちょっと待て裁判官!俺が万引きした服なんて3万Cだぞ!」
「…ふむ、今の発言を考慮して欲しいと?」
「そうだ!」
「え~、では追加の法廷侮辱罪で罰金2000万Cとする」
「!」
これ以上の発言は不利だと思い、ヤルダは自分の口を手で塞ぎながら退廷した。
次に通されたのは小さな部屋。真ん中の鉄格子で仕切られ、向こうには女魔族が座っている。黒髪のショートヘアで黒縁眼鏡と地味目だが、可愛らしい顔立ちをしていた。
「では罰金の説明をします。被害を受けた洋服店の被害3万C、現場検証のために3日間の営業を止めた同店の損害30万C、派遣された兵士3人の日当と弁当代と酒代で90万C、留置所での滞在費が10日で100万C、食事が1食3万Cと諸々で計100万C、裁判所までの移送費で100万C、魔王国選弁護人の選定費用や罰金の説明等の事務手数料が200万C、裁判官への袖の下が500万C、法廷侮辱罪により裁判官が受けた精神的被害の見舞金が300万C、残りの577万Cが刑務所での経費の前払い分となります」
「なんで兵士の酒代や裁判官への袖の下とか必要なんだ!」
「それは正式な質問ですか?」
「ああそうだ!」
「ではお答えします、理由は必要経費です。今の返答で事務手数料200万Cが追加で発生しました。総額は2200万Cとなります」
ヤルダは再び口を手で塞いだ。
「では罰金の支払い方法について説明します」
事務員は使い古されたボードを手に説明しだした。
「これは貴方の能力によって大きく異なります。何か特殊な能力はありますか?例えば金を錬成できたり、強力な魔道具を作成できたりなどです。それらの買取により罰金と相殺されます」
「…いえ、そんな能力は無いです。そんな能力があれば万引きしません」
事務員は小さく頷くと次のボードに差し替える。
「では強力な魔法は?人間の村を焼き尽くすような範囲火炎魔法などです。他にも勇者と対峙して逃げおおせた等の現場経験でも構いません。最前線に配備されますと、日当が最低20万C支払われます」
「…義務戦闘訓練は受けましたが、そんな高等魔法は使えません。現場経験もありません」
事務員は慣れた手つきでボードを仕舞うと、プリントを一枚取り出した。
「…となりますと、後は『生産労働』となります」
「…生産…労働?」
「そうです、初代魔王様が考案された刑罰です。以前は人間が生産した物を略奪していましたが、このままでは人間の文化が衰退して良い略奪ができなくなると危惧した初代魔王様が、魔族にも物を生産させる為に考案されました」
ヤルダはプリントを眺めてみる。
農業:日当10万C
酪農:日当9万C
漁業:日当8万C…等々
「…なんで俺が、人間の真似事をしなきゃならないんだ?」
「それが初代魔王様の素晴らしい所です。略奪する魔族が、略奪される側に回る。これほどの屈辱はありません。この屈辱は犯罪抑止に繋り、国が管理するので賠償金を踏み倒す事もなく、余剰で国庫は潤い、人気のない生産労働の働き手を補填できる一挙四徳の刑罰なのです」
確かに3万Cの万引きで2200万Cの支払いをするのは割に合わず、ヤルダはもう万引きしようなんて思えなくなっていた。
「あと生産労働の必要経費ですが、食費が1食3000~1万C、作業服の洗濯費が1回5000C、入浴費が1万Cなどです」
「食費にランクがあるんですか?」
「はい、3000Cなら食パン2枚、1万Cならお代わり自由の日替わり定食となります。ほとんどの方が日替わり定食を頼みますよ?」
そりゃそうだ。食パン6枚ちょっとの金額で頼めるなら、俺だって定食を頼む。
「他にも缶ビール6000C、焼鳥7000C、ポテトチップス3000Cなど、嗜好品の購入も可能です」
「なんだかどっかの地下強制労働施設みたいな価格だな…」
「ちなみにヤルダさんの罰金ですと…」
事務員は小型計算具を弾きながら素早く計算する。
「1日1食の定食、作業服は5日に1回洗濯、毎日入浴という模範囚で…大体9か月半で生産労働から解放されます」
「おぉ!」
「まぁ、普通の囚人でしたら1週間と立たずにビールを飲みますし、平均して3年が相場でしょうか?中には10年を超える方もいらっしゃいます。病気になると経費がかさんで、元金より増える場合がありますので注意してください。ちなみに虫歯1本の治療で30万C、歯ブラシセットは1000Cです。購入されます?」
「…購入します」
「わかりました。……あと、静かに説明を聞いていただいたので、一つ助言を差し上げます」
事務員は鉄格子に近寄ると、他に聞こえないように囁いた。
「寝所は10人部屋となりますが、同室の方には週一で缶ビールを奢るのがマナーです。これを次の新人が来るまで続けてください」
「…どうしてですか?」
「集団リンチにあって3か月は入院する事になります。治療費が軽く1億Cを超えるので、死ぬまで退所できなくなります」
「リンチした人は罰せられないんですか!?」
「喧嘩とみなされ両成敗の罰金が100万C追加されるだけなので、痛くないみたいですよ?」
「……わかりました、肝に銘じておきます」
ヤルダの感謝に事務員が微笑む。
「あと…もし1年以内に出所できたらですけど…私とお付き合いしませんか?」
「…え?どうしてですか?」
「ヤルダさんは顔もいいですし、真面目そうだし…それに短期で出所できる囚人って、けっこう女性に人気があるんですよ?今のうちに予約出来たらと思いまして…なんならさっきの追加事務手数料200万Cも、私の権限で無かった事にできます」
「そ、それは嬉しいですけど…本当に俺なんかで良いんですか?」
「はい、ただし1年以内の出所ですからね?」
「はい!俺、頑張ります!」
こうしてヤルダはアーバシリ刑務所に収監後、必死で真面目に働いた。
日当が上がると聞けば他の魔族が嫌がる雑草抜きも率先して行い、平時は1日食パン2枚、定食は3日に1回で我慢した。寝所の同僚には週一で缶ビール2本ずつ奢り、平身低頭でリンチを回避した。ただし入浴と歯磨きは毎日行い、身綺麗さには気を付けた。全ては事務員と付き合うためだ。
その後、8か月で退所したヤルダは事務員と再会し、1年の交際を経て結婚。
ヤルダは刑務所で染み付いた上納精神で妻に尽くし、愛という形の無い報酬に喜び、結婚という逃げられない牢獄で終身刑を全うした。
御後が宜しいようで。