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第2章:侵入者(前編)


「カウンセラー? ふざけてるのか?」


会議室に響いた圭の声は、意識せずとも威圧的になる。

役員たちは顔を伏せるか、苦笑を浮かべるだけで誰も反論しない。

唯一、真正面からその声を受け止めたのは、ドア際で立っていた女だった。


佐久間芽衣。

外資系コンサルティングファームの“組織心理戦略”チーム所属。

社内のメンタルリスク管理と、組織再設計のために送り込まれた人物。

名目上は「中立的な外部支援者」だが、実態は圭にとっての“監視役”に等しい。


「正確には、メンタルヘルスと組織行動心理の専門家です。三上社長の会社の、ここ半年の離職率と内部クレーム件数をご覧になってますよね?」


芽衣は鞄から書類を取り出してテーブルに差し出した。数字が並ぶその紙面に、圭は目をやりもしなかった。


「俺の会社のことは、俺が一番よく分かってる。外から来た人間に指図される筋合いはない」


「分かっていらっしゃるなら、なぜ問題が増え続けてるんでしょう?」


淡々とした口調。その言い回しには敵意も挑発もなかった。ただ、事実を述べているだけ。

それがかえって圭の神経を逆撫でした。


「投資家向けの見せ球か? くだらない」


「投資家が求めているのは“成長し続ける企業”です。そしてそのためには、従業員の健康と働く環境の安定は不可欠です。今の御社は、トップの威光に依存しすぎている」


「……ほう」


「いつか、限界が来ます」


芽衣の視線は圭をまっすぐに射抜いていた。

怯まず、下から見上げもせず、ただ「事実の観察者」としての冷たさで。



会議が終わったあとも、圭の苛立ちは収まらなかった。


「なんなんだあいつは……」


執務室で書類を乱暴に机に投げる。側にいた秘書が一歩下がった。


「すみません、三上社長。芽衣さんですが、来週から週三回の常駐になるそうです。経営監査部門からの要請で、全社員とのヒアリングも予定していて……」


「勝手にしろ」


声が荒くなる自分に気づきながらも、止められなかった。

あの女が言ったことのどこにも“間違い”はなかった。

それが、腹立たしかった。



その夜、圭は一人でバーにいた。

赤ワインをゆっくり口に運びながら、無意識にスマートフォンを取り出す。


検索窓に、**「佐久間芽衣 経歴」**と打ち込む。


──名前が出てきたのは、三年前の論文。

「カリスマ型経営者における自己愛性特性と組織の不安定性」

著者名:佐久間芽衣。


スクロールした指が止まる。

“被験者A”として匿名記述されたエピソードは、まるで自分のことを描いているかのようだった。


・メディアに頻繁に登場

・創業者だが経営実務にはあまり関わらない

・部下に対する評価が極端に入れ替わる

・自己肯定感が外部からの賞賛に依存している


「……はは」


圭は苦笑した。まるで自分が論破されるための舞台に立たされているようだった。


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