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第1章:天才起業家、カウンセラーに論破される

スーツを着たままの姿で、俺はステージの袖に立っていた。照明がまぶしく、客席のざわめきが遠くで潮騒のように聞こえる。進行役が壇上で俺の名前を呼んだ瞬間、空気がひとつ、ピンと張った。


「それではご登壇いただきましょう。“デジタル・シェルパ”代表取締役、三上圭氏です!」


拍手が起こる。予定調和の、しかし歓迎のニュアンスを含んだ音。

俺はゆっくりとステージに上がり、手を軽く挙げて応える。視線が集中する。

この瞬間だけが、俺の居場所だ。



「創業時、僕はたったひとりでこの会社を立ち上げました。仲間はゼロ、資本もない。ただ、世界を変えられる技術と、それを証明する覚悟だけは持っていた」


壇上で話す内容は、もう百回は繰り返してきたものだ。

だが人は、ストーリーを欲しがる。とくに“成功者の過去”という、よく磨かれた神話に弱い。


今日も会場の空気は俺に味方している。俺はよどみなく話し、ジョークを挟み、投資家にも学生にもウケのいい“勝ち組”の顔を演じきった。


──演じる、という言葉にふと引っかかった。


いつからだろう、俺が自分自身の観客になったのは。



講演が終わると、名刺交換の列ができる。俺の話に“感銘を受けた”という若者たちが、目を輝かせて群がってくる。


「本当に勉強になりました」「尊敬しています」「いつか自分も」


無難な笑顔でそれらを受け流す。俺にとって彼らは鏡だ。賞賛の言葉に自分の価値を見出すための。


最後の一人と別れたとき、俺の胸の奥に残ったのは、むしろ空虚だった。



ホテルのロビーに降りると、一人の女が俺を見ていた。


控えめな黒いワンピース、癖のないボブカット、書類を抱えて立つ姿勢にはビジネスの匂いがした。だがどこか目が、妙に静かだった。


「……何か?」


俺が声をかける前に、女が歩み寄ってきた。


「初めまして。佐久間芽衣と申します。今日の講演、拝見しました」


「それはどうも。何かご用ですか」


名刺でも出すのかと思ったが、女はそれをせずに、まっすぐこちらを見た。


「あなた、自分が好きじゃないでしょう」


──何を言った?


思考が一瞬停止する。目の奥が熱くなり、喉の奥に何かがせり上がってくるような、久しぶりの感覚だった。


俺は慌てて笑みを作った。


「おもしろい分析ですね。心理学の学生さん?」


「いえ。私は来週から、あなたの会社の再構築プロジェクトを担当することになっています。メンタルと組織心理の専門です。今後ともよろしくお願いしますね、三上社長」


彼女は名刺を差し出し、その場を去った。



差し出された名刺のロゴには、外資系コンサルティングファームの名前が記されていた。

役員連中が勝手に進めていた「組織改革プログラム」のスタッフ──それが彼女か。


一歩踏み出した瞬間、俺の中で何かが軋んだ。


俺の王国に、妙な侵入者が現れた。


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