表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/10

第八話 初恋

皆様へ

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

コンテスト応募のため、改稿を行いました。

それに伴い、最終話の前に入る二つのお話を書いたのですが——。

システム上差し込みができないため、最終話(第十話)の後に続けております。

見た目おかしなかたちではございますが、八話九話の気持ちでお楽しみ下さい。少し落ち着いたテンポの短いお話です。お時間がありましたら是非。


 満開のバラが優しく揺れる庭園。 

 ほんの少し乾いた風が、心地よく頬を撫でる。


 王太子殿下——クライス様が私をこの場所へ案内してくださったのは、ただの散歩ではなかった。


「君に見せたいものがあるんだ。……少し思い出話になってしまうかもしれないけど」


 クライス様は庭の奥、白く小さな東家を指差す。

 石造りだけれど温もりを感じる、手入れの行き届いた場所だ。


 そう、ここは——かつてデミアン兄様の叙勲式のあと、私がひとり逃げ込んだ場所だった。


「ここ、覚えているかい?」


 彼の問いかけに、私は自然と目を細める。


「ええ……兄様の叙勲式の後、ここへ来たことがあります」


 クライス様は微笑みながら言った。


「あのとき、君を追いかけたんだ。……何かを伝えたかったわけじゃない。ただ、君が走っていく姿を見て、どうしてもついて行きたくなった」


「そんなことが……」


 なぜかしら——言葉が続かなかった。 

 彼の落ち着いた声と、横顔の美しさに見惚れてしまって。 

 心の中で言葉を選ぶより先に、その瞬間を心に深く刻みたくなった。


 ああ、いつの間にか彼のことを好きになっていたんだな——。 

 そう気づくと、胸がほんの少し熱くなって。 

 恥ずかしいような、照れくさいような気持ちに包まれた。


「ずっと騒がしかったからね。君も静かな場所に行きたくなったんじゃないかと思って。僕もあの場のざわめきに少し疲れていたし」


 東家の柱に手を触れながら、遠い記憶をたどるようにクライス様は話す。


「結局、君に声はかけなかったけど……ひとり佇む姿がずっと忘れられなかった。何度も頭に浮かんで、忘れられそうになかったんだ」


 顔がカッと熱くなって、頬が赤く染まるのを感じた。

 あの時、私が過ごした時間は、私ひとりのものではなかったんだ。 

 そのことに今、初めて気がついた。


「今日ここへ来たのは、なにかお話があるんですね?」


「うん、この話をしたら……君がどんな気持ちになるか、ずっと考えていた。落ち込むんじゃないか、自分を責めるんじゃないか……そんなふうに考えたら、なかなか言い出せなくてね……」


 そこまで話すと、一つ大きく息を吐いて——。

 クライス様は、ほんの少し表情やわらげた。


「もう一つ、君に伝えておきたいことがある」


「……ココロさんのこと、ですよね?」


「察しがいいね。彼女は正式に修道院へ送られることになった。外部の魔術師と組んでいた可能性もあるが、主導したのは彼女自身。本人の意思による行動と認定されている」


「罰が下るのですね」


「そうだ。ただ、極刑ではない。社会から隔離され、内省の機会を持つ。最も穏当な処置だと思う。……だけど、君の気持ちを確認したかったんだ」


 私は小さく頷く。

 目を閉じると、かつての学院での思い出や、ココロの天真爛漫な笑顔が浮かんだ。


「私……彼女を許します。でも同時に、処分は正当だとも思います。……許すことは何の罰も与えないことではない、別の問題なんだと、今やっと理解できました」


「ありがとう。君がそう言ってくれて、彼女もきっと救われるだろう」


「……そうだといいのですが。とにかく彼女には、修道院で自分自身と向き合ってもらいたい。きっと向き合ってくれると……信じたいです」



 ——バラの花びらが一枚、ひらりと私たちの間に舞い落ちた。



「だから私も、前を向きます。この国で生きて、この国を愛して、これからの人生をまっすぐ歩いていきたい」


「あぁ……俺も君となら、どんな未来であろうと、前を向いて歩けると思う」



 ——まだ若い誓いの言葉だったけれど。


 やがて大人になった未来の私たちは、きっとその誓いを破ることなく守り続けている。なぜか私には、そんな確信めいた予感が芽生えた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ