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第十話 卒業と婚約と

 ——ずっと疑問に思っていたことがある。


 なぜ、クライス殿下だけが『魅了』されなかったのか?

 この人には本当に、ゲームのバグかと思うほど、誰の影響も及ばなかった。

 魔法も策略も、なにも通じなかった。


 だから、ココロは『好きなものは最後に食べる』派なのかもしれない。

 そんなふうに、本気で思っていた。


 けれど──全くのお門違いだった。



「ところで、殿下だけが『魅了』されなかったのは、なぜなのでしょう?」


 何気なく尋ねた私に、殿下は軽く笑いながら答えた。


「あぁ、そのことについては心当たりがある。王族は代々、精霊と契約する習わしがあるのだが、特に私は三柱と契約していてね。『防御』『炎』『水』だ。

おそらく、『防御』の精霊が力を貸してくれたのだろう」


「まあ……『防御』だなんて、とても頼もしい精霊なのですね」


「君のおかげだよ」


「……へ?」


「庭園で話しただろう?デミアン先生の叙勲式の時。君が庭園に走って行って、それを追いかけたって。その時に偶然、『防御』の精霊と出会ったんだ。君があの時、僕を導いてくれた。だから、君のおかげで『守られた』んだ」


 彼の真摯な眼差しに、一瞬、言葉が出なかった。


 そうだった。

 あの時私は、自分の感情に素直になれずにただ逃げ出した。

 けれど結果的に、それが未来を変える分岐点になっていたのだ。


 叙勲式のパーティーが、まさかここまでの転機になるとは。

 まるでゲームの『隠しルート』を引き当てたみたいで、正直、驚きよりも都合の良さに目眩がしたほどだ。


 あの日がなければ、婚約はおろか、殿下が『防御』の精霊と出会うことさえなかった。

 そう考えると、もう一つの答えに辿り着いてしまう。


 『運命』——。

 いや、それよりもこう言うべきか——『ゲームの世界』ならではの仕組み。


 でももう、それが何であれ、どうでもいいことだ。

 私はこの世界に、確かな幸せと未来を見つけた。

 これが『現実かどうか』なんて、今となっては問う必要もない。


 だから、今日を最後にもう迷わない。

 私はこの日、『ゲームの世界』と本当にお別れすることを決めたのだった。



 ◇


 時が流れ、アシュレイ様とクライス殿下は無事に学院を卒業された。


 それからというもの、殿下は私のことを少し過剰なくらい気にかけてくれるようになった。


「変な虫がついたら困る」と言って、夏季限定の店舗運営にまで、無理やり同行することに。


「殿下、そこまでしなくても……」


「いや、絶対に必要だ」


「でもこれは、私たちの個人的なビジネスですし……」


「なら尚更、君のそばにいたい」



 ——そう言い切られてしまえば、もう反論の余地なんてない。



 こうして、私たちは一緒に小さなお店を開いた。

 扱うのは、オリジナルのヘアフレグランスと、それに合わせたカラーの魔道具ブレスレット。


 ブレスレットは、学生らしい思いつきから生まれたものだったけれど、実際に使ってみると驚くほど実用的だった。


 なにしろ、私たち三人の魔力が込められているのだから。

 立派な魔具としても通用する。


 色は、身に着ける人の体温や体質によって、自然に変化する仕組み。


 クライス殿下の「防御」

 デミアンの「風」

 そして、私のささやかな「温」


 この夏一緒に働いてくれるメリッサ様とテレシア様にも、一つずつプレゼントした。


 ブレスレットにそっと触れるたび、そこに込められた絆を感じる。

 その想いだけで、この夏がどれほど特別なものになったか——言葉では言い尽くせない。



 売り上げは想像以上に伸び、店は連日の大盛況。

 最終日には、なんと隣国からの出店依頼まで舞い込んだ。


 きっかけは、王室から授与された『王室御用達』の称号。

 商品を届ける喜びが『認められる誇り』へと変わる瞬間だった。



 出店を支えてくれたアルジャン侯爵様には、今後の共同経営者として声をかけるつもりだ。信頼できる人と未来を築いていけることもまた、ひとつの宝物。今の私は、そう思えるようになった。


 

 ◇


 そして季節は巡り、ついに私たちの卒業が目前に迫った。


 卒業パーティーといえば、元々の『ゲームの世界』では断罪イベントの舞台として有名だった。主人公が断罪され、ヒロインたちが勝利の笑みを浮かべる……そんな展開が定番。



 ——でも、今は違う。


 悲劇の代わりに、温かい祝福がこの場所を包もうとしている。

 なのに私は、まだ少し怖かった。


 王太子殿下とのダンス。

 婚約発表という人生の大舞台。


 心は高鳴るのに、胸の奥では緊張がうずく。

 人の心とは、どうしてこうも矛盾に満ちているのだろう。


 


「リア、婚約発表が楽しみだ」


「ええ、卒業まで待ってくださって……本当にありがとうございました」


「……結婚の儀も、少し早めたいのだが。どうだろう?」


「もちろんですわ。でも……結婚しても、私たちは『同志』として並んでいられますか?」


「当然だ。これからは国の未来のため、民の暮らしのため。君と共に歩みたい。義兄上の力も借りながら、事業を『王国の柱』として成長させていこう」


 


 その言葉に、私はようやく、覚悟という名の実感を得た。


 もう、転生者だったことも、ゲームの登場人物だったことも関係ない。

 ここで生き、ここで愛し、この国を私の現実世界として受け入れていく。

 そう決めたのだ。


 


 ——こうして、自分のために始めた『人生改革』は、一つの終幕を迎えることになりました。

 けれども穏やかに愛情を受けて下ろされた幕は、また新たな物語を迎えるために、静かに上がろうとしています。



 皆さま、その時まで——どうかお元気で。


 


 おわり

皆様へ

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

気付けば、このお話を多くの方がお読みくださっていて。

感謝の気持ちでいっぱいです。本当にありがとうございました。

とても嬉しかったので、続きのお話を書いています。


『元脇役(以下)令嬢・王太子妃エミリアは、ゲームを終わらせてもらえない』

https://ncode.syosetu.com/n2181kn/


前作より話数が多くなる予定ですので、お時間がありましたらお付き合いください。

お待ちしています。


2025.06.28追記

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