第七話 本物の王子様と
ようやく宮医から許可が出て、私は王城から退院ならぬ退城を果たした。
2週間ぶりに自宅——子爵家へ戻ると、両親が泣きながら迎えてくれた。
そして母が嘆く。
「いったいいつから、学院はそんなおかしな場所になってしまったのかしら……」
その嘆きは、何度も繰り返された。
けれど、それ以上に私を驚かせたのは、王家からの申し出だった。
なんと私を、王太子殿下の婚約者に迎えたいと言ってきたのだ。
「たしか、王太子殿下は公爵令嬢と婚約していたのでは……?」
私がそう口にすると、父がびっくりした顔で言う。
「……いったい何の話だ?」
あれ? そんなにおかしなこと言ったかしら?
ここまで驚かれると、こちらも聞き返さずにはいられない。
「えっと……公爵家って三家ありますわよね?ランドセル家、トート家、ポシェット家の三家。ポシェット家に令嬢がいないのは知ってます。ランドセル家の令嬢は隣国の王子様と恋仲で、トート家の令嬢が王太子殿下の婚約者。これで合ってます?」
「違う違う。トートの令嬢はうちの『超人』に夢中でな、逆プロポーズされた回数は数え切れんぞ」
「えっへん」と聞こえそうな表情で、お父様が教えて下さる。
——知らなかった。
「いつからですか?」
「デミアンがエビの養殖で勲章を賜った時の叙勲式だな。あの時、彼女が惚れ込んでな。だがあいつはシスコ……妹思いだから、お前が嫁いでからにしてくれって断ったらしい」
——えっ、私のせいで完全に話の流れ変わってたんだ。
◇
体調が戻った頃、私はアシュレイ様とお会いすることにした。
卒業を控えた彼の学年はその日、卒業パーティーのリハーサルを行う予定で。
私は遠慮して、昼食の時間に約束してもらった。
昼食を共にしながら、先に口を開いたのは私。
「婚約解消にご同意くださり、ありがとうございました」
「こちらこそ……もっと早く謝るべきだった。申し訳なかった」
「月に一度お付き合いがございましたから、アシュレイ様の誠実なお人柄は存じておりますので……。それにしても、ココロさんのことはお気の毒でした。『魅了』のことも……」
「実は……俺、『魅了』は受けていなかったそうなんだ。君に言うべきことかはわからないが、俺はココロを心から愛してる。一目惚れだった。だから彼女が修道院に行くなら、俺は一生独身でいい。家のことは他の誰かに任せる」
その時、私はようやく気づいた。
——『思い込み』って、こんなに恐ろしいものなんだ。
てっきり私は、アシュレイ様が『魅了』で気持ちを操作されたのだと思っていた。ほんの少しの好意を膨らまされて、愛してもいなかったココロを『愛している』と思い込まされたのだと。
でも違った。
本当に、心から愛していたのだ——。
もしかしたら、愚かだったのは私の方かもしれない。
私自身が『思い込み』にとらわれて、真実を見抜くことができなかったのかもしれない。
◇
アシュレイ様との会話を通じて、私の心に小さな変化が生まれた。
魅了されずともココロを愛した人がいるのなら——。
攻略対象を『傷つけられた被害者』と決めつけるのは、やめた方がいいのかもしれない。
そして私は、ダンスホールを作る目的を見直すことにした。
若い貴族たちが健全に交流し合える社交の場——
それが、目指すべき形だと思ったからだ。
幸いなことに、王太子殿下が共同経営者として協力してくださることになった。
そして——、
私は、王太子殿下と婚約を前提としたお付き合いを始めることになった。
お父様が王家としっかり話し合いの場を設けてくださり、婚約については、私の卒業を待って進めるということで、王家の了承も得られたのだ。
そして、最大の疑問だった「なぜ私を婚約者に?」という話——。
なんと、それに対しては国王陛下が直々に、しかも嬉しそうに説明してくださった。
——兄が勲章を賜った時の祝賀パーティーで、王太子殿下が私に一目惚れしたのだと。
けれどその頃にはまだアシュレイ様の存在があって、必然的に殿下が遠慮してくださったという。……しかもその同じパーティーで、兄に惚れる令嬢まで現れたというのだから、本当に不思議なご縁だ。
「アシュレイとは話せたか?」
「はい。きちんとお詫びできました」
「そうか……これでようやく、誰に遠慮することなく君を愛せるな」
そう言って、吐息まじりに耳元で囁く王太子殿下。
今や、こんなにも情熱的な愛情を注いでくださる方と出会い、その『真実の愛』をまっすぐに向けてもらっている。
——それには私もまんざらでもない。
前世の私は、商社での仕事に追われ、出張と転勤とプレゼン漬けの日々だった。恋をする間もなく、彼氏いない歴30年でそのまま死んだ。
だから、今世は——
恋をして、愛して、愛されて、幸せな人生を送りたい。
前世で『白馬の王子様』を夢見た私は、今世、この世界の現実で『本物の王子様』に出会って、愛されている。
——夢、叶いました!!
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