第五話 新しい友情と兄からの愛情
それぞれの義務に適当な終止符を打った後、私たち3人は互いに驚くほど早く打ち解けていった。親しい友人としての付き合いをスタートしたのである。
今までの私は『転生者』として勝手に自分のカテゴリーを括っていた。
馴染めない感じを克服するでもなく、家族以外には消極的で。
アシュレイ様は私にとって、家族以外で唯一親しい人だったのだと思う。
でも彼にとって私は、女性として魅力的な存在とは言えなかったのだろう。
もし今の状態がココロの精霊による『魅了』だとしても、何もない真っさらな状態から有効な術ではない。『魅了』というのは、胸の内の好意を増長させるにすぎない——と聞いたことがあるから。
パッと見た瞬間ココロに惹かれた、好意の芽が芽生えた。そういうことなんだろうな。
「さぁ、未練はないわ。きゃあーーー楽しいーーー!!」
——そう言って草原を走り出したのはメリッサ様。
「幸せぇええええーーー!!」
——と言って私に抱きついてきたのは、テレシア様。
「みんなの心が無事で良かったぁあああーーー!」
——と泣いたのは私。
「みんな可愛いなぁ♪」
——と見守ってくれているのは、私の兄デミアンだ。
今日は婚約解消3人娘を兄がピクニックに連れ出してくれた。
学者でありながら魔力量豊富な肉体を持つ世界一のイケメン。
銀髪にサファイア色の澄んだ瞳。
しかもほんっといい声で——皆の耳を幸せにする男。
「ほら、ここに座って!お嬢さんたち」
「乾かすから待って!」
——と使ったのは風魔法。
ベンチの埃を払い、雨上がりの草から水滴を飛ばしてくれる。
そして手のひらでボウッと火魔法を使うと、お茶を温めてくれて。
水魔法で洗い物もこなす。
使い方間違っていません?と誰もが問いたくなるだろうけど、私はそんな兄が大好きだ。こんな兄がいるから私は恋愛と無縁なのかもしれない、とさえ思う。
——メリッサ様とテレシア様、見惚れているわね。
ここマジリエス王国は、魔法大国だ。
初代の国王が膨大な魔力で国を興したと言われ、どんなに時を重ねても「魔力量」が尊重され続けてきた。だから魔力量で能力を測られる場面も少なくない。
子爵家の長男で身分は上位と言えない兄が各所からスカウトされるのは、魔力至上主義の職場が多いからだろう。そして何より、彼はエビの養殖で叙勲しているし——。超優良物件だ。
「それにしても君たちが勇敢なおかげで、側近候補の半数が婚約者を失ったんだよね。王太子殿下も真っ青だろうな。代わりになれる女性なんて簡単には見つからないだろうから……、アイツらそのうち決闘で決めるとか言い出すんじゃないの?」
「そういえば、王子たちに魔道具を付けさせる件、王家が前向きに検討してるみたい。よかったわね」
「メリッサ様のおかげですわ。私には王家に伝える方法なんてなかったので」
「どうやら、とても優秀な魔道具師が就任したらしいですよ。学院で教鞭も取られるとか」
「あ、はい!それ俺です」
「え!?」「へ?」「ウソッ!?」
3人の声が揃った。
素直に驚いたのだ。
まさかのデミアン先生——。
「嬉しいだろ?」
デミアンが私を見ながら、口角を片方だけ上げて見せる。
はぁ…たしかに嬉しい。
兄がシスコンなら私はブラコン——。
「お兄様がいてくだされば私たちも安心よ。今や立派な腫れ物ですもの」
そう言って笑うのはメリッサ様。
そもそも彼女にこんなことを言わせる元凶となった聖女見習いも、王子たちが魔道具で身を守るようになれば『魅了』など叶わぬ夢。
後に彼女はどうなっていくのだろう?
——しばらく放っておくことにはしたけれど、興味がないわけではない。
「ここだけの話、リアが心配でね。王家から依頼があった時に交換条件として出したんだ。先生にしてくれるなら引き受けますって」
デミアンが王家と連絡を取っていたのには驚いたけれど、おかげでかなり心強くなるな——それぞれの婚約者が今どんな気持ちでいるか全く分からないから。まさか襲われたりはしないと思ってはいてもね、不安はある。
「報復、怖いんだろ?」
私の頭にポンと置かれる大きくて温かい手。
きっとこの手が私たち3人を守ってくれるだろう。
——それにしても勘の鋭い兄である。
◇◇◇
馬車での帰り道はガールズトーク。
3人でビジネスを始めようということになって、私が進めているヘアケアビジネスにも話が及んだ。
「それなら……」とメリッサ様が思いついたのが、アルジャン侯爵家の領地ウミネッコでのビジネスである。海辺のリゾート地として有名なウミネッコに季節限定の店舗を出店できるよう、メリッサ様のお父上アルジャン侯爵様に相談して下さることになったのだ。——前世の記憶でいうところの『ポップアップストア』ね。
「あと3ヶ月しかないけれど、大丈夫?」
「ええ、兄が協力してくれるから」と、相変わらずのブラコンで。
話を終えそれぞれの馬車に乗り換える頃、私たちはある共通の思いを抱くようになっていた。——他の令嬢にも楽になってもらいたい。
私は不埒だと言われる覚悟で、一つの提案をしてみることにした。
「ダンスホールを開きませんこと?」
「まぁ!仮面舞踏会とかをやるような?」
「素敵ですわ!若手独身貴族専用で会員制にすれば、安全面も確保できそうですわね」
「新しい人生と新しい関係を始められるホールですわ!」
婚約者であっても学院でしか顔を合わせないカップルが多い。
そんな状況では、魅了が解けても壊れた関係を修復するのは難しいだろう。
だから関係を修復したいカップルだけでもいい。
学院以外で、その可能性を求められる場を設けて応援したい。
状況を進展させられるなら、そのためのサポーターに立候補したい。
それが私の目標になった。
いざ提案してみると思いのほかスンナリ受け入れてもらえて。
資金はどうしよう、場所はどこが良いか、など『魅了』問題が解決したわけでもないのに、プランがグングンと進展していくのだった。
新しい一歩は4人で。
兄も含んでいるのは——ここだけのお話。
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