第四話 ヒロインの知らぬ間に
——攻略対象者 エイガー侯爵家次男 シモン様(3年生)の場合
婚約者は、伯爵令嬢のテレシア・オードリー様
「馬車を降りる時から不埒だったのだから、おそらくもっと先までやろうとしているに違いないわ!この痴れ者どもがっ!!」
——怒りを爆発させ、テレシア様は拳を握りしめた。
どうでもいいけど、この人ほんと口が悪い。
私は今まで彼女のどこを見て『淑やか』などと思っていたのか?
けれどその日、彼女の『芯の強さ』と『信念』を、私は思い知ることになる。
シモン様が、噂の『ヒロイン』ココロ嬢と街に出かけると聞いた私たちは、こっそり尾行を決行した。目的はただ一つ——それが本当にデートなのか、確かめるため。
放課後の校門前。
彼は彼女をエスコートして馬車に乗り込んだ。
そこまでは……まあ、許そう。
——だが問題は、到着後だった。
ココロ嬢がよろめいたのを支えたその瞬間、シモン様は顔を寄せ、頬にキスをしたのだ。
——開幕キス…………
そりゃもう、テレシア様が引き下がるはずもなく。
私たちはそのまま、二人が宝飾店に入るのを確認した。
しかも、よりによって私の父の店。
これ幸いと、裏口から入って休憩室で待機する。
そして、シモン様がネックレスを買い、「似合うよ」なんて囁きながらココロ嬢の腰に手を回した、その瞬間——私、登場。
「いらっしゃいませ……まあ、シモン様? おやまあ……婚約者以外の方に、宝石の贈り物とは?」
「こ、これは……なっ……」
突き放されるココロ嬢。
あら、ちょっとは罪悪感あるのかしら。
でも、許すか否かはテレシア様が決めること。
「ちなみに、今日は私の友人もご来店でして……」
合図と同時に、テレシア様がご登場。
無表情で、堂々と——。
——ここからはもう、ココロ以外は喋らない。
「あら!?テレシア様、これご覧になって!!シモン様からの友情の証ですわ!お高いのに……私にプレゼントしてくださったんですのよ。……ありがとうございます、シモン様」
甘え声で絡むココロ嬢と、それを受け入れるシモン様。
それを見たテレシア様は——微笑んだかと思うと扇子で口元を隠し、豪快に笑いながらこう言った。
「さようなら、シモン様。今日中に我が家からお手紙を差し上げますわ」
それから数日後。
エイガー侯爵家はオードリー家に謝罪の意を示し、婚約は正式に解消。
オードリー家が派遣していた優秀な騎士団は引き揚げ、王都のゴシップ紙にはこう踊った。
『宰相家、空き巣からも身を守れず』——。
◇
——ポシェット公爵家長男 アレクサンドル様(4年生)の場合
婚約者は、侯爵令嬢のメリッサ・アルジャン様(4年生)
その日、私たちは上位貴族専用の会員制サロンへ向かった。
メリッサ様のご招待で、テレシア様と私はアルジャン家の個室に通されたのだ。
王国一の美貌、知性、センス——すべてが揃った完璧な令嬢。
でも私にとって彼女は、校門前でヒロインに毅然と立ち向かった『気高き女戦士』だ。
あの声は今でも忘れない。
「婚約者のいる殿方に、そんな馴れ馴れしく触れてはなりませんわ!!」
それほどまでに潔く、清廉な人ですら、今は悩んでいる。
勿体ない——彼女の時間を時給換算したら、たぶん私の学費が吹き飛ぶ。
「さあ、食べながら話しましょう」
サロンでの談笑もそこそこに、私たちは本題へ。
「実は……私たち、婚約を解消しました」
「知っているわ。勇敢だったわね、二人とも」
「メリッサ様……私、気づいたんです。ココロさんの本命は王太子殿下。間違いないと思います」
私の『個人的な見解』として、ゲーム的ヒロイン・ココロ像を語る。
•すべてを自分の信者にしたい支配欲。
•王国女性の頂点に立ちたい虚栄心。
•そして、“魅了”の魔術の気配——。
「ですから……王族とアレクサンドル様に、『魅了除け』の魔道具をお渡ししたいのです」
「……話はわかったわ。幸いにも王子たちと幼馴染だから、話してみる」
メリッサ様は静かに笑った。
「でも、残念ね。アレクサンドルはもうダメ。もともと感情的で、自分で考えるのが面倒なタイプ。『魅了』にかかったら、イチコロよ」
彼女の笑いは、どこか哀れみと痛快さが混ざっていた。
——あの日、アレクサンドル様がココロ嬢を連れてサロンに来たとき。
唇には口紅の跡、そして腕は彼女に絡みついていて。
それを見た瞬間、メリッサ様は決意したのだと言う。
「私も、婚約を解消するつもり。今はポシェット家からの返答を待っているの」
重い沈黙を打ち破ったのは、テレシア様の明るい笑い声。
「……私たち、本当の愛を見つけましょう」
「恋愛結婚でも、家門に利益があれば何の問題もありませんわよね」
「そうそう、そうよ。前向きに行きましょう!」
こうして二日後、ポシェット公爵家は正式に謝罪。
メリッサ様とアレクサンドル様の婚約も、正式に解消された。
——こうして、ヒロイン・ココロの知らぬところで、ふたりの攻略対象が婚約者に見放されたのである。
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