表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/10

第三話 ヒロインの入学

 ——また一年半が過ぎた頃(私14歳、アシュレイ様15歳)。


 ついにその日がやって来た。

 途中入学という超イレギュラーな形で、ヒロイン・ココロ・マックーロが学院に転入してきたのだ。


 もちろん、主な登場人物に転生者などいるわけがない。

 だからこの先に何が起こるのか、知っているのは私だけ。


 ——そう、乙女ゲームの『筋書き』を。


 彼女の登場と同時に、まず起きるイベントは 王太子との出会い。

 私の婚約者アシュレイ様は、王太子の側近候補として常に彼のそばにいる。

 だから当然、出会いもセットで訪れる。


 設定どおり、王太子が好んで使う庭園の東屋に、偶然を装ってココロがいる。

 そこへ王太子とアシュレイ様がやって来て、彼女は慌てて立ち上がり、可憐に頬を赤らめて謝罪するのだ。


 ——これで好感度は軽々クリア。


 そこへ彼女の精霊が『魅了』の術をひとつ。

 はい!超が付くほど簡単に、二人の信奉者の出来上がりです。


 この頃にはもう、私は悟っていた。

 この流れは止められないと。


 だから『魅了されるのは仕方がない』と割り切ることにした。

 むしろ、魅了された後どう立ち回るのか——それを重視するようになった。


 ちなみにこの時期からアシュレイ様は、月一の面会ミッションから離脱。

 自然消滅の一途を辿るのである。


 そして交換日記——それも彼の手に渡ったまま、二度と戻らなかった。



 ◇


 

 ——さらに一年が過ぎた今(私15歳、アシュレイ様16歳)。


 気づけば学院内は、ココロ派(男性中心) と 婚約者派(女性貴族中心) にはっきりと二分されていた。


 私が己の研究と投資計画に夢中になっているうちに——

 ココロはしっかりと、ゲーム通りの影響力を発揮していたらしい。




「兄様、研究の進捗は?」


「リア、すごく順調だよ。……でもさ、なんで『デミアン』って呼ばないの?」


「逆に、なんで呼んでほしいの?」


「うーん、特別っぽいから?」


「ふーん。じゃあ……デミアン、進捗を教えて?」


「ふふ、いい気分。あと半年もすれば製品化できると思うよ。販路と資金、工場の準備は大丈夫?」


「もちろん!相談したあの時から、全部計画してたもん!」



 そうして朝のほのぼのタイムを終え登校してみると——。

 すでに校門前では、お馴染みの小競り合いが発生していた。


 ココロ率いる男子軍と、婚約者を奪われつつある女子軍がバチバチと火花を散らしている。



「まぁ!エミリア様っ!!ちょうどいいところに!!!」


 駆け寄ってきたのは、攻略対象シモン様の婚約者、テレシア・オードリー嬢。


「おはようございます、テレシア様。……どうかなさいました?(ひぇ、目が本気だ)」


「どうもこうもありませんわ!あの聖女見習いがぁぁっ!!」


「まぁまぁ、落ち着いて。今日の昼食をご一緒しましょう。無闇に騒げば、貴女が悪者扱いされかねませんわよ?」



 ——そろそろかしら。


 筋書き通りの展開。ずっと静観していたけれど、そろそろ私も動く時かもしれない。……そう思うと、少しだけ気が重くなった。



「ココロさん、何度も申しましたよね? 婚約者のいる男性と不必要に親しくしてはいけないと!」


 私がテレシア様と教室へ向かう背後ではまだ、別の令嬢が声を荒げている。

 ここは、あの令嬢に任せれば良い。


 さぁ、ヒロインさん!

 私の婚約者をどう料理なさるのか、見届けさせてもらおうじゃないの!?



 ◇


 ——攻略対象者 コーニャック伯爵家長男 アシュレイ様(4年生)の場合

 婚約者は私、オマール子爵家長女エミリア


 それは、朝の校門前バチバチ事件と同じ日の食堂。

 昼食の時の出来事だった。


「エミリア様、今朝は失礼いたしました。取り乱してしまって……」


「いえ、いいのよ。なんてことないわ」


「どうしてエミリア様は、そうも落ち着いていられるのですか?」


「そうですわね……強いて言うなら『騒いでも解決しない問題』だからですわ。だってあちらには、我々の婚約者たちが付いていて。ゾッコン真っ最中。逆に私たちはココロさんに冷たい『ヤキモチ焼きな女たち』っていう構図なわけですよ? 騒げば騒ぐほど、ココロさんの思うツボ……私達に不利な状況になるに違いありませんもの」


 テレシア様は、黒髪に琥珀色の瞳を持つ色白の美少女である。

 小さくてもふっくらとした唇を尖らせて、いかにも不満げな表情だ。


「テレシア様は、シモン様のことを慕っておられるのですわね?」


「ええ、まぁ……。幼い頃に婚約して、ずっと一緒に育ってきましたから。その絆を無視されたようで、モヤモヤするのです」



 などと私たちが存分に、女子トーク……いや、陰口に花を咲かせていると——。

 癪に障るほど幸せそうに登場したのである。

 にっこにこ笑顔のココロさんが。



「あら? テレシア様、こんにちは」


「…………」


「はじめまして、ココロさん。私、エミリア・オマールと申します。アシュレイ様の婚約者ですわ」


「わぁ!そうなんだ!ねぇアシュレイ〜、婚約者さんだって〜!」


「ちょっ……ちょっとあなた!エミリア様の前でアシュレイ様を呼び捨てにするだなんて……はぁ……想像以上に……」


 顎に手の甲を添えてドヤるココロさん、二の句を継げないテレシア様と気まずそうにするアシュレイ様。

 この3人を見て、急に笑いが込み上げた。

 そうして思いもよらず、私はゲラゲラと笑ってしまったのだ。


 あまりにも幼稚で、あまりにも品のない聖女見習いを前にして——。

 なぜか自分の方が『劣勢』であることを、気付いてしまったからだと思う。


 そんなふうに笑う私を見てギョッとする婚約者を、私が見逃すはずもない。

 意気揚々と、笑顔で話しかけた。


「アシュレイ様、大変なご無沙汰で。お元気そうで良かったですわ」


「ああ……」


「アシュレイ、行きましょう!」


 ——この女、私の目の前で婚約者の腕に絡みついた……!!



 目を丸くするテレシア様を手で制しながら、私は笑顔でその場をおさめる。


「まぁ、仲がおよろしいこと。ごゆっくりどうぞ——(王太子より先に落とすつもり?)」


 私の前で何の弁解もなく、他の女性と腕を組んで去っていくアシュレイ様の背を、私は呆れながら見送った。



「……(もう、潮時だわね)」


「エミリア様……大丈夫ですか?」


「ご心配ありがとう、テレシア様。でも、はっきりわかりましたの。——婚約者である私への無礼は、もう愛情がない証拠です。父に、婚約解消を申し入れてもらいます」


「まぁ……素敵。実は私も……夢は、私を愛してくださる方と結婚することですの」


「その際は私が証人になりますわ。さあ次は、シモン様の『現場』を押さえましょう!」



 ◇


 その夜、状況を知ったお父様は烈火のごとく怒り狂った。


「身分はあちらが上だが、経済力はこっちが上だ。安心しろ、父が必ずお前を守る!」


 その気迫が、なぜか嬉しかった。


 そうして申し入れからわずか二日後——

 コーニャック伯爵家から謝罪の意が届き、婚約は正式に解消された。


 そして同時に、オマール子爵家が提供していた全融資は完全に引き上げられたのである。



 ——お父様の怒り、パーフェクト。


 あまりにも清々しい幕引きに、思わず頬が緩む。


 さて、次は誰を追い詰めましょうか?



 ◇


 ──勇気とは、連鎖するものなのか。


 エミリア・オマールの婚約解消は学院に波紋を広げ、女子生徒たちに『勇気』をもたらすことになる。


 やがて、学院で最も冷静な彼女たちが、決意することになったのだ。



 —— 乙女ゲームの筋書きなど、もう誰もなぞらない。


 ココロ嬢の『恋愛攻略』は、静かに崩壊を始めた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ