第九話 告白
庭園でクライス様が打ち明けてくださった胸の内——。
その想いに応えるかのように、私のなかにも一つの決意が芽生えた。
今こうして夜になってもまだ、私たちは庭園にいて。
クライス様の瞳が、静かに私を見つめている。
まるで、一切の先入観を置き去りにして、ただ私の言葉だけを受け取ろうとしてくれるような眼差しだった。
「私は……『ふたりの私』なんです」
そう口にした瞬間、月明かりが雲の隙間から差し込んで。
石畳に淡い光の模様を描いた。
風が一筋、枝葉を揺らす。
その音さえ、今の空気を静かに見守っているようだった。
「信じられないって思われても仕方ありません。でも、どうしても黙っていることはできないと思ったんです。私の全部を、知っていてほしくて……」
小さく息を整える。
自分でも驚くほど、落ち着いた声だった。
——だって、これから語ることは、私自身の真実なのだもの。
「私は、生まれてからずっとエミリアとして生きてきました。ごく普通に泣いたり笑ったり、兄に振り回されたり振り回したりしながら……でも、ある日突然、『前世の記憶』が蘇ってきたんです」
言葉の重みを噛みしめながら、私はそっと視線を月に向けた。
その記憶は、今でも私のなかに鮮明に息づいている。
「前世の私は、日本という国で生きていました。仕事に忙殺される毎日でしたが、息抜きに『乙女ゲーム』という物語を楽しんでいたんです。そして思い出してしまったのです……そのゲームの舞台が、まさにこのマジリエス王国だったことを」
クライス様の横顔が、一瞬、月のあかりを受けて浮かび上がる。
私はその姿に、言葉を重ねた。
「その物語の中で、殿下は『ヒロイン』に出会い、恋をして、幸せな未来を迎えるはずでした。……そのヒロインが、マックーロ男爵家のご令嬢、ココロさんです。そして私は……背景にすら映らない、ただのモブ……脇役。だから、何も関係ないと思っていた。でも、そうではなかったんです」
自分の胸にそっと手を当てる。
鼓動が少し速くなっていた。
「私の中には、たしかにその『もう一人の私』がいました。名前も、家族も、考え方さえ違ったけれど、それもまた紛れもない私自身だったと、今ではそう思えるんです」
少しだけ空を見上げ、深呼吸してから続けた。
「最初は怖かった。何が正しいのかわからなくて。でも……あなたに出会って、あなたに選ばれて、私は初めて『この世界にいてもいいんだ』って思えたんです。家族ではない誰かに、自分の存在を認めてもらえる。そんな奇跡のような感覚を、私に教えてくれたのは……殿下、あなたでした」
まっすぐ彼を見て、言い切った。
「前世の私の記憶も、この世界で生きる今の私も、どちらも私です。そして私は、エミリアとして、この国であなたと共に生きたい。だからすべてをお話ししました。……あなたに、知っていてほしかったから」
そのとき、クライス様の指がそっと私の手に重なった。
包み込むようなその手のひらは、静かで温かくて……。
まるで私の過去も未来も、肯定してくれるようだった。
「ありがとう。話してくれて」
彼の声は、月明かりよりも柔らかかった。
「今、僕はもう一人の『君』にも恋をしたよ。そして、これから先も、君のすべてと一緒に生きていきたい」
どうしたら良いかわからないほど胸が熱くなって。
込み上げるものをこらえるように、私は彼の胸にそっと額を預けた。




