第一話 兄の覚醒
10話以内で完結予定です。
短いお話ですが、どうぞよろしくお願いします。
この物語は——前世でやり込んだわけでもない、タイトルも忘れてしまったような乙女ゲームの世界に転生した、いわゆる転生令嬢15歳(本当は30歳)が、異世界で『脇役』の生を必死に全うしようとするなか、夢を叶え、婚約者を無意識のうちに救い、学園を救って(?)、果てには真の愛に出会う。極めてシンプルで真面目な異世界ラブストーリーである。
◇
「エミリア様、アシュレイ様を止めなくてもよろしいの?」
またか?としか感じなくなった、婚約者の行動。 それを繰り返し報告される日々に、辟易としている。
私はオマール子爵家の長女エミリア。 ここマジリエス王国の貴族学校『ブリリアンス学院』の3年に在籍する15歳だ。
容姿は、金髪碧眼の典型的な愛され顔で童顔。 背丈は普通で華奢な体型、間違ってもグラマラスにはならないタイプ。
——そして転生者である。
この世界は、私が前世で生きていた日本という国で流行ったゲームの世界。私が学ぶ学院に途中入学してくるヒロインの『聖女見習い』が、王太子から『真の愛』と呼ばれる謎の寵愛を受けるに至り、その王太子は素晴らしき婚約者である公爵令嬢に冤罪を被せ、果てには婚約破棄まで突き付ける——という、極めてありがちな物語だった。
しかもそこに辿り着くまでの間、その聖女見習いは他の男子生徒たちのことも翻弄し、それぞれの婚約者の心を乱してはトラブルを起こす。極めて悪質なオマケまで付いている。
ちなみに、この他の男子生徒たちは『攻略対象』と呼ばれ、ヒロインが王太子の攻略に失敗した場合や、ちょっと他のイケメンも摘み食いしたいと思った時に、気分次第で攻略できる。そんな対象なのである。
ヒロインの名はココロ・マックーロで、黒髪のロングヘアに琥珀色の瞳が可愛らしい少女だ。身分は田舎の貧乏男爵の妾の子で、いわゆる庶子。愛されるわけでもなく、貴重な労働力として、使用人と同様の仕事をさせられていたと聞く。
それがわずか一年ほど前、突如として精霊と契約したことにより『光魔法』を発現、同時に聖女としての権利を得たというのだ。そうなると神殿に入らなければならないのがこの国の決まりで、下準備として『聖女見習い』という立場が与えられたそう。
——かくして彼女は、我々の学び舎に預けられることとなったのである。
ああ、そうそう。ヒロインが翻弄する男子生徒には私の婚約者アシュレイ様も含まれていて、どうやら二人で街へ出かけるんだとか何だとか。それを「止めなくてもよろしいの?」と身近な令嬢が心配してくれて——。
今この瞬間、まぁまぁ返事に困っているところである。
◇
思い返せば7年前、この世界の『私』に変化が起きた。
「あぁ、この顔知ってる。誰だっけ?……何かのヒロインだ……」
この世界で前世の記憶を取り戻した7年前、8歳の時。 私も例に漏れず、お決まりの台詞——『転生モノ』によくある台詞で新しいステータスを始動した。しかしこの自己評価は大いに間違っていて、私はそもそもゲームの画面にすら映らない『脇役』令嬢だったのである。
お顔が可愛いから勘違いしてしまった——。
走馬灯の如く前世を思い出してから7年が経つ今、2人分の記憶を混ぜ合わせながら上手く生きてきたなぁ——と、我ながら感心しているところだ。
そして私の婚約者は、コーニャック伯爵家の長男アシュレイ様。 いわゆる政略の相手であり、ゲームの記憶を得た私にとっては『別の女に現を抜かす』と分かっている男でもあるわけだ。
そんなことだから特別なトキメキも感じなくて。 8歳で迎えた初対面の時、心の中でポンと手のひらをグーで叩くポーズ——『なるほど』のポーズをする自分に気付くと同時に、中身の年齢に見合った発想が脳裏をよぎった。
脇役令嬢としての人生、けっこういいかも。 誰にも注目されずに何でもやれちゃう、そんな設定なんじゃない? なんて不純なことを考え始めると、格別にワクワクしたものだ。
その頃の私は、髪を両耳ちょうど上のあたりでツインテールに結っていたのだけれど。それを盛大に揺らしながら、屋敷の図書室へと走ったのだった。
少しでも早く学び始めれば、それだけ早く優秀になれると信じて。
こうしてよぎった発想は宝で、それを無駄にしたくない私のこと。 その日からひたすらに、活発な子供時代を過ごしたことは言うまでもない。
◇
それからまた二年が経ち、10歳を迎えた私は、アシュレイ様との月一面会ミッションをきっちりとこなしつつお父様の事業に同行し、商売や契約の話にも詳しくなって。ちょっとどころかかなり変わった子どもに育っていた。
そして——この頃だった。
私が、五つ年上の兄を「うまく使う」というスキルを、うっかり身につけてしまったのは。
今は天使、いずれ超絶イケメンの美丈夫で、学者志望の天才!
この世界の宝と言ってもいい兄——デミアン。
そんな兄を、私の野心が見逃すはずもない。
ある日突然、ひらめいたのだ——「東国のエビを、この国で養殖できたら、絶対イケる」と。
前世商社勤務だったバリキャリの私、当時の担当がまさにエビの仕入れだったことが、見事にマッチしたかたちである。
知識もルートもバッチリ!!
そうしてさりげなく、兄に調査と計画を丸っとお任せしてみたところ——これが思いのほかうまくいった。
デミアン兄様の優秀さと、私の裏アドバイス。
この二つが絶妙に噛み合って、なんと、この王国でエビの養殖事業を成功させてしまったのだ。
当時わずか10歳と15歳の兄妹による快挙とあって、王国中の注目を集めることになってしまい、プロジェクトの顔として表に立った兄様はなんと!王様から勲章まで賜った。史上最年少の偉業である。
それをきっかけに、特待生でアカデミーに迎えられたと聞いた時。
私は本気で、こう思った。
——「うん、それは当然だよね」
兄様はそのくらい、いや、それ以上に神がかっていたのである。
もうね、光り輝いて見えたの。
というか、テッカテカだった——。
眩しくて目がチカチカした!!
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