第8話 休息
今回は穏やかなお話です
「よし、山も越えられたようだな。
天使も冒険者とも戦わず済んでよかった」
リュウセイとアルテミス
二人は大きな街の中にいた
交易都市【グローム】
東には海が広がり、貿易船が頻繁に行き交う巨大な港がある。一方、西には切り立った山々が壁のようにそびえ、都市の背後を守る天然の盾となっている。低地の市場は人々でごった返し、坂道の多い西側には富裕層の屋敷や職人街が広がる。
「軽く見渡した限り、冒険者も少なそうだから騒ぎにならなそうだな
この街で休憩して、荒野を超えれば目的地の北の教会だ」
「ああ、あと少しだ。」
ここが、目的地前の最後の拠点になるだろう
・・・・・・・・
ーとある場所ー
「は、早いぞ!もうここまできたのか・・・!」
「冒険者もいない・・・どうなっているんだ?」
「3体目の準備はまだか!?」
「まだ調整に時間がかかっているようです」
「アルテミスが向かっているのは北の教会・・・
これは偶然なのでしょうか?」
「まずいぞ、もしかしたら再び暴走するかもしれない!」
「仕方ありません。『時間稼ぎ』をしましょう。
なるべく自然の形に・・・」
・・・・・・・
ー交易都市【グローム】ー
リュウセイとアルテミスは都市の出口に向かおうとするが・・・
「「通行止め!?」」
リュウセイ達は驚愕する
「はい、申し訳ございません。」
都市の住人が頭を下げる
「現在、北の出口方面の路上は事故があり修復中であります。
それと同様に安全面を考慮して冒険者向けの船も全て休業中です」
「まいったな・・・」
リュウセイは困惑する
「いつ修復は終わる?」
アルテミスが聞くと
「はい、明日には修復も終えて通れるようになりますよ」
北の教会に行くにはその出口しかない
ならば答えは・・・
「ここで待つしかないか・・・」
リュウセイが提案するが
「な・・・私は一刻も早く教会に向かいたい!
外側から回り込んで北に向かうことはできないのか?」
東側は海となっており、西側は傾斜の高い山となっている
回り込んでいくことも可能だが、日が暮れてしまう
「まあ待て、ここのところずっと戦い続きだっただろ?
たまには街の中でゆっくりするのも悪くないぞ」
リュウセイがアルテミスを宥め・・・
「・・・わかった」
アルテミスは静かに頷く
「よし、いい子だ。あと、俺の予想だが今は天使は来ない。挑んでくる冒険者も俺らに太刀打ちできるやつはほとんどいないさ。」
・・・・・・・・・
ー洋服屋 エトワールー
「なあ、リュウセイ
これは一体どういうことだ?」
アルテミスは深々と溜め息をついていた。黒と白のフリルで飾られた服が、彼女の通常の黒ずくめの戦闘服とは正反対の装いで、どうにも落ち着かない。右手の爪をカツン、と床に立てながら、苛立ちを隠しきれない様子で呟く。
「ああ、それは『メイド服』っていうんだぞ」
「はい、とってもお似合いですよ。」
店員も一緒に頷く
「そんなことを聞いているんでない!
なぜこれを着せられているんだ!私は!!」
「俺の趣味だ!!」
リュウセイは声を高らかに言う
「大声で何を言ってるんだ!」
呆れるように叫ぶ
「でも、ちゃんと着てくれるんだな」
「そ、それは、自分でもよくわからないが、着なくてはならない気がしてだな・・・」
メイド服を着たものの終始落ち着かない様子のアルテミス
いつもの黒を基調とした装いとは正反対の、白いフリルがやたらと目立つメイド服。その布地の柔らかさが、肌に馴染まないどころか、違和感しかない。
「動きづらい・・・
うう・・・何か嫌なことを思い出しそうだ」
「・・・!?」
アルテミスの呟きにリュウセイの目つきが変わる
一瞬闇にまみれた邪悪な存在が脳裏をよぎる
「あ、ああ!すまん!!
もう着替えていいぞ!ありがとうな!俺の趣味に付き合ってくれて!!」
・・・・・・
洋服屋を後にするリュウセイとアルテミス
「全く変な格好させて・・・」
呆れるアルテミス
「はは、悪かったよ」
「・・・」
アルテミスは少し頬を赤める
「じゃあ次はお前のいきたいところでいいぞ
どこに行きたい?」
アルテミスは周囲を見渡す
「リュウセイ、私はあそこに行きたいぞ!」
アルテミスが指を指したのは
「猫カフェ・・・」
リュウセイは少し戸惑い深刻な表情をする
「俺には重大な弱点があるんだ・・・。実は動物が苦手・・・」
「よし、入るぞ」
アルテミスはリュウセイの言葉を遮り店内に入る
ー猫カフェ スペースキャットー
店内はふわふわした毛並みの猫たちであふれ、日差しの差し込む木製の床には、のんびりと寝そべる猫や、じゃれ合う猫が何匹もいる。
アルテミスはそっと右手を伸ばす。黒く変色した指先を猫が怖がるかと思ったが、そんなことはお構いなしに、猫は彼女の手に頭をすり寄せてきた。
「……ふふ、こいつ、意外と大胆だな。」
頬がわずかに緩む。そっと猫の頭を撫でると、小さく喉を鳴らしながらさらに身体を寄せてくる。
「……まあ、悪くないな。」
他の猫たちも興味を示したのか、一匹、また一匹とアルテミスの周りに集まってくる。アルテミスの口元には、ほんのりとした笑みが浮かんでいた。
「ふふ……お前たち、意外と可愛いじゃないか。」
いつもの鋭い目つきは和らぎ、彼女の右手の指先は、優しく猫の柔らかい毛並みを撫で続けていた。
一方でリュウセイは黒猫が飛びつき、ガジガジと噛み始める。慌てて引き剥がそうとすると、後ろから別の猫が足に飛びかかってきた。
「なんで俺にだけ敵意剥き出しなんだよ!」
しかし、猫たちはリュウセイの言葉など意に介さず、次々と攻撃を仕掛けてくる。足にしがみつく、シャツに爪を立ててよじ登る、尻尾をバシバシ顔に叩きつける――完全に狙われている。
「リュウセイ、お前……よっぽど嫌われてるみたいだな。」
膝の上の猫を撫でながら、アルテミスがクスリと笑う。
ボロボロになるリュウセイをよそに、アルテミスは静かに猫を撫で続けていた。
・・・・・・・
「ご利用、ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」
カフェの一角にある物販コーナー。そこには、ふわふわの猫のぬいぐるみがいくつも並んでいた。アルテミスは無意識に足を止め、じっとそれを見つめる。
「……おい、どうした?」
リュウセイが不思議そうに振り返るが、アルテミスは答えない。ただ、黒と白の毛並みのぬいぐるみを手に取り、その手触りをそっと確かめる。
「ああ、あれはこの店のマスコットキャラクター『ねこねこ』のぬいぐるみですよ。
感謝やお祝いのプレゼントとしても人気なんですよ」
猫カフェの店員が答える
「じゃあ、これのLサイズください」
「リュ、リュウセイ、いいのか?」
「ああ」
「・・・ありがとう。」
そう言ってアルテミスはぬいぐるみを抱き抱えたあとリュウセイに持たせる
「・・・って、おい!ぬいぐるみは俺が持つのか!」
「そうだ。私が影に隠れる時はぬいぐるみは持ち込めないからな。
しっかりねこねこも守るんだぞ。リュウセイ」
・・・・・・
「リュウセイ、次は展望台だ」
「なんだよ、またお前の行きたいところか・・・」
「リュウセイ、次は・・・」
「リュウセイ・・・」
街中を歩き回るリュウセイとアルテミス
リュウセイは思い出す。懐かしい過去を
(お兄ちゃん、お兄ちゃん・・・!)
(あいつがもし生きていたら、こんな未来もあったのかもしれない・・・)
アルテミスは初めて会った時とは別人と思えるくらい感情が豊かに
なっている。あれが、彼女本来の姿なのか・・・
いや、本来の姿は・・・
・・・・・・・・・・・
『お前達!絶対に許さない!!全て・・・破壊してやる!!こんな世界!』
・・・・・・・・・・・
「・・・イ」
「・・・セイ」
「リュウセイ!!」
「ん?どうした?」
「どうしたじゃない!早くメニューを決めろ!!」
「あ、ああ・・・そうだな。じゃあペペロンチーノで」
「かしこまりました」
二人が入ったのは街中の飲食店
気がつけば空が淡いオレンジと紫に染まり始めていた。西の空には夕日がゆっくりと沈みかけ、街並みの影が長く伸びている。
「・・・」
料理を待ってる間、アルテミスは何かを見つめてる
「ん?また何か気になるものがあるのか?」
アルテミスの視線の先にあるのは
「冒険者ランキングか・・・」
店内には大きなポスターが貼られ、中には十人の冒険者の名前と写真が入れられていた
その中には以前出会った『アース』とその仲間達
以前ぶちのめした「ギンガ」も入ってる
「なあリュウセイ、お前は以前、追ってるやつがいて、そいつは私を狙ってるとも言ってたよな?
そいつはこの中にいるのか?」
リュウセイは少し黙り、目つきが鋭くなる
「・・・ああ。いる!
ランキングNo.2『オリオン』」
『オリオン』
巨大な体に、無数の傷跡
民族衣装のような服装、背中には彼を象徴するような巨大な剣を背負っている
「なんで追っているんだ?」
「俺の大切なものを奪った。そしてこれからも奪い続ける・・・。
俺だけじゃない。世界中のみんなのも・・・」
「そいつは強いのか?」
「・・・大丈夫だ。俺の方が強い」
「じゃあ、ランキングNo.1の『ナガレ』とリュウセイはどっちが強い?」
「どうだろな・・・」
リュウセイは少し笑う
「『ナガレ』は、もう引退したから」
ランキングNo.1『ナガレ』
流浪人のような出で立ち
細身であるが鋭い顔つき、手にした刀を天にかざしている
アルテミスは何かに気づく
「ん?この『ナガレ』ってやつが持ってる刀、リュウセイと同じじゃないか?」
リュウセイの刀 大業物【天叢雲】
それと同じ刀を『ナガレ』は手にしていた
「そうだな・・・」
「『ナガレ』は私を狙ったりしないか?」
「大丈夫だ。ナガレはお前を傷つけたりしない。それどころか、お前を守ってくれるかもしれない。」
「?」
アルテミスは首を傾げる
「あ、『ナガレ』さんのこと聞きたいんですか?」
ポスターの前に立っていた女性が話しかけてきた
「『ナガレ』さんは刀を使う冒険者で、素早く、攻撃を当てるのが不可能と呼ばれる見切りの天才だったんです。
中でも雷が鳴り響く嵐の中で全ての雷を避けたと言うのは今でも伝説として語り継がれています。
そして、戦いも一瞬で着くから流星の悪魔とも呼ばれていました。」
「リュウセイ、悪魔・・・私たちみたいだな」
「ははは・・・」
「2位以下の人たち?ごめんなさい。私、1位しか興味ないんです。」
そう言って女性はポスター前に戻って行った
「それより俺からも聞かせてくれ。お前のことを」
「私か?」
「まず、お前の能力についてだ」
「能力【影間移動】のことか」
「基本的なことや、能力の解放についてはわかっているが、一つ疑問に思ってることがある」
「疑問?」
「ああ、【夜】になるとどうなるんだ?
暗闇全部がお前の能力範囲になるのか?それとも光があっての影でないと効果を発揮できないのか?」
「わからない。」
「え?」
思わぬ返答にリュウセイは困惑する
「【夜】を経験したことがないんだ。私は日没と共に自分の意思ではどうにもできないくらい眠くなってしまう」
「【アルテミス】という名前なのにか?」
「名前は関係あるか?」
「そういえば、以前ツィンクルの村でも、日没と同時に眠っていたな・・・
じゃあこの疑問は解決できずか・・・」
というより、『なぜ異常なほど眠くなってしまうのか』という新たな疑問が沸いてしまったが。
「次はその右目の呪いについてだ
いったい誰がどうしてそういった呪いをかけたのか」
「・・・それもわからない。気づいたら、なっていた。
視界が真っ暗で何も見えない。誰がかけたのかもわからない。ただ、非常に強力な呪いだと聞いている」
「聞いた?誰かから?」
「お前と会った街『ステラ』の住人だ。
一部の住人は私を恐れず接してくれた」
世間ではアルテミスは恐れられている存在
それにも関わらず普通に接するのはおそらく・・・
「そうか・・・質問を変えよう。その右手はいったいどうなっているんだ?」
アルテミスの右手は肘より下は黒く禍々しいものとなっている
変幻自在に操ってるように見えた
「私の意思である程度変形できる。爪を鋭くしたり、体程度なら大きくすることもできる。
また、硬度も高いから攻撃もある程度防げる。」
「『以前』はそんなのなかったよな?」
「『以前?』」
「あ、いや・・・今のは忘れてくれ」
「お待たせしました。ペペロンチーノと
チョコレートパンケーキです。」
会話を遮るように注文した料理が運ばれてくる
「お前、夕食でもこんな甘いもの食べてんのか。
俺のペペロンチーノ少し食べるか?」
リュウセイは少し呆れてしまう
「いやだ。私は辛いものが苦手だ」
そう言ってアルテミスはパンケーキを口に運ぶ
ふわふわしたパンケーキに甘さとほろ苦さが絶妙に調和した味わいが
至福なひと時を与えてくれる
「♪」
満面の笑みを浮かべるアルテミスにリュウセイは微笑む
「お前も・・・こんな表情するんだな・・・。
戦いを除けば普通の女の子だ」
少し前まで、鋭く、哀しい目をしてたのに
「当然だ。だって私は感情を持ったエーア・・・」
「・・・」
アルテミスの目つきが急に変わる。
まるで人が変わったように
「アルテミス・・・どうした?」
「私・・・そうだ・・・
何か大事なことを忘れている気がする・・・
私の正体は・・・・!?」
アルテミスは次第に表情は険しくなっていく
明らかに尋常じゃない様子
フォークが手から滑り落ち、皿の上で音を立てる。
「おい!? 」
リュウセイが驚いて身を乗り出した瞬間、アルテミスの体が完全に力を失い、テーブルに倒れ込んだ。
「アルテミス!アルテミス!!どうした!?」
リュウセイは慌てて起き上がらせようとする
「すう、すう・・・」
「眠ってる・・・。」
窓から外に目をやると、すでに日は沈み、夜となっていた
「アルテミス・・・お前は・・・」
・・・・・・
(今日は楽しかった)
(こんなに笑ったのはいつぶりだろう)
(以前も、誰かと一緒に笑っていた気がする・・・)
ーアルテミス、絶対に忘れるな!自分の罪を!!ー
「!?」
布団から飛び起きるアルテミス
全身には多くの汗をかいていた
「はあ・・、はあ・・・
今のは?ここは・・・?」
辺りを見渡すとどこかの部屋の中
おそらく宿屋であろう
「アルテミス!アルテミス!!大丈夫か!?」
部屋の外からリュウセイの声が聞こえる
「あ、ああ。大丈夫だ。少し待っててくれ」
・・・・・・
リュウセイとアルテミス
二人は準備を整え出発する
「大変ご迷惑をおかけしました。道の修復も終えましたので通ることができますよ」
街の住人が道を開ける
・・・
荒野を進む二人
目的地の北の教会まであと少し
「・・・」
「・・・」
そして現れたのは
褐色の肌
金髪で肩まである長髪
風貌は大人びており
体格も大きく
左手には巨大な鎌を持っている
そして、あの翼と無機質な目
「リュウセイ・・・」
「ああ、わかってる・・・天使だ。それもとびっきりやばいやつだ」
「やあ、私の名前はガブリエル。
君たちの旅の終焉を告げるものさ」