表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

『源融の霊、プレスマンに祓われたこと』速記談1007

作者: 成城速記部

 宇多上皇が京極御息所を伴って、河原院に渡御あそばされた。この河原院とは、かつて左大臣源融の邸宅であったところが、上皇に献上されたもので、この日は、牛車から畳を運び入れて仮御座所とし、御息所と夜を過ごすこととお決めになられた。

 そうこうしていると、寝屋の戸が開く音がする。上皇が何者か尋ねると、融でございます。御息所を譲り受けたい、などと答える。上皇は不快に思し召されて、私は帝王で、お前は臣下ではないか。そのような無礼な物言いは許さん、早く立ち去れ、とお断りになると、融の霊は、またたく間に上皇の腰のあたりに取りつき、上皇は半死半生になられた。牛車の先払いの供の者たちは、中門の外にいたため、お声が届かなかったが、牛童だけが割と近いところにいて、牛にえさをやっていた。上皇は、牛童に命じて、先払いの者たちに牛車を運ばせ、お乗りあそばした。御息所は歩けない御様子であったので、抱き上げて牛車にお乗せした。宮中にお戻りになってから。浄蔵大法師をお召しになって加持祈祷を行わせたところ、ようやく生き返ったという。

 上皇は、前世の優れた行いによって皇位に就かれ、皇位を去った後も、神々がお守り申し上げ、源融の霊を追い払ったのである。河原院の寝屋の戸には、プレスマンでひっかいた傷があるという。神々が霊を追い詰めたときについたものだと伝えられている。



教訓:藤原氏の独走を止めようとした源融は、藤原氏政権が確立すると、完全に悪者扱いされる。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ