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弥助 Powerd by 鳥取ジョン  作者: 元野ハイジ
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1582年 晩春「安土」

 脳内混線めいた謎の現象はさておき、日常は続いていく。東海方面への視察が終わったことで、一行は安土に戻ってきていた。

 信長公の俺への扱いは玩具のようでもあるが、きつく当たられることもない。その他では、奥方の帰蝶様に絡まれることが多かった。実際には、料理についての前世知識と、アフリカ、インド、マカオでの調理経験によって培われた料理スキルが求められているのだが。

「お主だけでなく、黒人というのは皆、料理がうまいのかえ?」

「いえ、人によりますね。この地でも、料理を得手とする者もいれば、苦手とする者もいるでしょう。同じことです」

 そう応じた俺は、仕上げたカレー風味の海鮮汁を卓上に置く。

「ふむ、いい香りじゃの」

 優雅に匙ですくう姿は美しい。滅亡した美濃の斎藤家出身のこの人物は、既に子を成そうとする年齢でもなく、悠々自適といった風情である。害のない小者認定された俺は、気軽に接せられる相手なのだろう。

 これが武士身分であれば、自然と家中での出世争いに参加し、領地運営に奔走する必要が出てくるのだから、願い下げというものだ。

「それで、妻女の件だがな」

「どうかご放念ください。それがしと連れ添った女性が幸せになれるとは思えません」

 帰蝶様は俺に妻を宛てがおうとしてくれているのだが、主筋の命令となっては抗いようがない。好かれていない相手と夫婦になるというとは、ぞっとしない展開である。

「堅いのぉ。褒美だと思って、受け取ればいいものを。……なにも、意向も聞かずに押し付けるわけでもなし」

「どうか、ご勘弁いただければ」

「抱えている子どもらで用が足りるというのなら、無理にとは申さぬが」

「あの子らは、食べていけなさそうだったから拾っただけです。いずれ生業を身に着けさせて、自立させるつもりです」

「離れる気になれば、じゃな」

 にやりと笑う奥方様の言う通り、そこはやや心配なところだった。


 安土城下の武家屋敷群からは少し離れたところに、俺の家は存在していた。信長公から与えられた、我が居宅ということになる。

 俸給はもらっているものの、家人の手配までしてもらえるわけではない。これが武家ならば、そちら向けの窓口が存在しているのだが、小者扱いである俺にまで対応する義理はないわけだ。それでも、頼めば対応してくれていたのかもしれない。

 ただ、俺は幸いにも、ゴアやマカオで細々とした調整役を担当してきたことから、その辺りは得意分野である。そもそも、前世からして庶務系の仕事だったしな。

 ただ、日本語は……、俺は前世での現代日本語の素地があったので、俺にはどうにか理解できた。これが、もしも最初からアフリカで生まれていて、ポルトガルの連中に拉致されて奴隷となり、ゴアでイスパニア系の主人に買われ、さらにはイタリア人イエズス会幹部の従者になり、信長公に譲り渡されていたとしたら……。ここまでの一年での習得は難しかっただろう。

 いずれにしても、俺は既に安土の土地に馴染んでおり、見物人がやってくることもない。そして、同居人たち……、浮浪児だった子どもたちとの共同生活も穏やかなものになっていた。というか、むしろ寮監っぽくなっている。戦国時代の子どもに人権なんてほとんどないし、目についた数人を救うのはただの自己満足かもしれないが、しないよりはいいだろう。

「あ、弥助だー。おかえりー」

 迎えてくれたのは、身軽な物腰の短髪の少女である。

「よお、貴実。代わりはなかったか?」

「うん、ここにはね。……ただ、ちょっと不穏な話があるみたいで」

「不穏?」

「うん。こないだ、故郷に帰ったら、不穏な噂を聞いたんだ」

 この娘は、甲賀の藤林家の出身だが、嫡出でない子であるため、色々あって里を飛び出してきたらしい。安土で生活する目処が立ったので、弟を迎えに行っていたのだった。安土から甲賀はすぐ近くではないが、山を越えた先でもある。

 前年に伊賀への侵攻が起きているが、藤林家は伊賀と甲賀に両属していたような形であるため、影響はさほどでもなかったらしい。

「不穏とは?」

「家臣の中に、叛心を抱く者がいる、と」

「……本能寺の変か」

 信長といえば、延暦寺の焼き討ちか本能寺の変か、というくらいは俺でも知っている。ただ……、発生年、あるいは流れまでは、はっきりとは覚えていなかった。前世なら、覚えていような気がするのだが、後に弥助だとなるんだという認識のない二十数年の中で、抜け落ちてしまったのかもしれない。

「心当たりあるの?」

「ないわけでもない。……介入できるかな」

「でも、誰かって特定もできてなくて、証拠もなくて」

「だからこそ、俺の立場が役に立つのかもな」

 明智光秀による本能寺の変が近いのだとしたら、注意喚起をしてみてもよいのかもしれない。



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